第三話 八生、バズる。


 ザップ、アルシ、エハクの3人はダンジョン入り口へと戻っていた。

 ザップはだらしない髭面を出して兜に座るかのようにしゃがみ、端末を弄っている。

 その向かいにエハクが立ち、端末を弄っていた。

 アルシは握っていた短剣を腰の鞘にしまい、2人に声を掛ける。


「これで上手くいったかしら。モンスターを引き寄せる道具、八生の袋に入れといたし……死んでくれてるといいんだけど」

「ああ。アイツの配信みたけどそれ程強くはないし、レベルも低い。二層で誰の目にも触れずに死ぬはずだ」

「でもアルシ、よく考えたよね。端末を取り替えるなんて」


 アルシは腰のポーチから端末を取り出し、空中に放り投げてキャッチする。


「鍵開けとか改ざんとか得意なのよ。ヤエの端末はザップのとデータ入れ替えた後、壊してダンジョン内に捨てといたし。国がこのダンジョンへ掃討しに来るのは半年後。アタシらが嵌めてたことなんてバレやしないわ」

「まあ、これでランキングを抜かれて手当を減らされるなんてことにはならないな。解散、解散っと」


 スマホを懐にしまうザップの目の前に、八生と鏃が転送された。

 ザップは八生を見て苦笑いする。


「よ、よお。はぐれちまって心配していたが、無事で何よりだ」

「皆さんもご無事で何よりです!」


 八生の無邪気な笑顔に、ザップはより引き攣った笑顔を返す。

 鏃が八生の服に付いた砂埃を手で払う。


「そこの逞しい方は?」

「この人はダンジョン内で修行していた鏃刺蔵さんです、さっき知り合いました」

「へえ。……まあ、ヤエちゃんの無事を確認できたことだし。オレらは先に帰るわ」


 ザップは端末を籠手に取り付け、その場から離れようとする。


「待て」


 鏃の声にザップはビクンと肩を揺らして振り向いた。

 鏃はザップを見下ろし、自身の鼻の穴を指差す。


「鼻毛が出ているぞ。その姿を町のみんなに見せる訳には行かないだろう」

「え、ああ。ありがとう。じゃあな」


「あの、ザップさん。打ち上げは……」


 ザップは八生を無視して道の先へと向かう。

 アルシとエハクは鏃を睨み付け、アルシが舌打ちする。


「……アタシも帰る。打ち上げは2人でやってろ」


 アルシも道の先へと向かうが、エハクはその場から動かず鏃から八生へと目線を移す。


「ヤエ子。ヤエ子の奢りなら打ち上げ行くぞ。ここの町はな、焼肉がうめえとこあんだ」

「おいエハクお前……ふざけんな!」

「2人ってウチとヤエ子なんじゃ」


 アルシが叫びながら戻ってきて、エハクを道の方へと引き摺って行った。




「何だか感じの悪い連中だな」

「何を仰いますか、あの方々は配信者ランキング3位から5位の凄腕です! プロの威光ってヤツですよきっと」


 鏃は腕を組み、涎を垂らし低く唸りながら不動で引き摺られていくエハクを眺めている。

 ギュ〜と鏃の腹が鳴った。


「鏃さん、良かったらごはん奢らせてください! 助けて頂いたお礼ですっ」

「……いいのか? ワタシは一銭も持たない故、本当に奢って貰うことになるが」

「ふふっ。構いませんよ」


 ……そして八生と鏃は酒場へ向かった。

 ケットット野ねずみ酒場とルーン文字で書かれたゲート看板が2人の目に映る。

 その敷地中心には厨房とカウンターが設置されており、周囲にはテーブルと椅子が並べられていた。


「おお、小洒落た酒場だな。……だが高級そうだ、本当にいいのか?」

「ふふふ、私は兼業でここのバイトをしているのです。遠慮なく頼んで下さい」

「なんと……。しかしだな、ワタシは字が読めん。オススメをくれないか」


 八生は目をキラキラさせる。


「では注文してきます!」


 そして椅子から立ち上がると、カウンターの方へと駆け寄った。

 

(とても謙虚な人じゃありませんか……!)


 駆け寄る最中、カウンター席から罵声が飛ぶ。


「おい! おいおい! もっと酒よこさんかい! 金は払ったろーがい!」

「はいよー。カウンター席おかわりでーす」


 あざましー、と厨房にいる目を閉じたエプロン姿の白い巨大ネズミが返事した。

 店員が小柄な男性客から空の木製ジョッキを取り、後ろの棚にある酒樽を開けワインを注ぐ。


「料理長! おつかれさまです!」

「おいすー。八生さん、今日はダンジョン帰り?」

「はい!」


 白ネズミの料理長は八生に親指を立てる。


「おかえりさ〜ん。あとで賄い出すから待っててー」

「ありがとうございます!」


 八生が鏃の元へ戻ろうとすると、叫んでいた客の背後に鏃はいた。


「師匠……? ここで……何をしておられる……」


 鏃の顔に影が差す。

 師匠と呼ばれたその小柄な汚い服とマントの男はヘラヘラと鏃の方を振り向き、紅潮した幼い顔を見せる。

 見た目は長い赤髪の小さな男児ではあるが、曲がった腰としゃがれた声は彼が子供ではないことを裏付けていた。


「おお、鏃ではないか。土産を用意するついでに酒飲んどったわ」

「どこにそんな金が……迎えは……」

「偶然金目の物を拾ってなあ〜。売って儲けたわ」


 鏃の顔の影が一瞬で晴れ、真剣な表情が見える。


「そうでしたか。しかしよく拾いますね」

「ああ、ワシは目がいいからのお〜」

「飲み過ぎないで下さいね」


 鏃はそう言うと、テーブル席へと戻っていった。


「おっ、八生ちゃん。今日の配信見たぞ! 危なかったが……スンゲーのが現れたな。配信の視聴数もスンゲーことになってんぜ!

「マジですか?」


 八生はその客の隣に座り、端末を取り出して弄る。

 その客は楽しげに笑みながら、八生の端末を覗き込む。

 端末の画面には配信日時との時間差である2時間前の表示と、1000万回再生と表示されていた。

 八生の手が震え始める。


「な……これ、大バズりじゃありませんか……! ラ、ランキングの方は……1位!?」

「ほお、こりゃ賄い程度じゃお粗末だね」


 料理長がそう言った後、周囲から八生への歓声が上がる。


「八生ちゃ〜ん! おめでと〜!」

「あざます! あざます!」


 八生は喜びに涙を浮かべながら、鏃の元へと向かう。


「鏃さん! 鏃さんの映った動画、めちゃくちゃバズってますよ!」

「ん……バズるとは何だ」

「凄く有名になってるってことです!」


 八生はテーブルに顔を伏せぐずり始めた。


「6位でしばらく止まってたのに……これは鏃さんのおかげですよ! これから一緒に組みたいくらいです!」

「ワタシは助けただけなのだが……」


 両手を小さく上げ困惑する鏃の元へ、鏃の師匠が酔いの覚めた様子で近付いていく。


「……鏃よ。守破離と教えたのを覚えておるか?」

「ええ。守で師の教えに従い、破で修行を行い、離で一人前となる、ですね?」

「そうじゃ。今この時、離を迎える時が来た。その者と組んでダンジョン配信者となり、ダンジョン配信道を極めるのじゃ」


 鏃は眉を顰めている。


草折くさおり師匠、それは一体……。ワタシはダンジョン配信のことなど、微塵も修行しておりませぬ」

「鏃。これまでの決まり、修行はダンジョン配信へと繋がっておる。それを証明したのはお主自身だ」

「……そうか! そういうことであったか! 師匠、今までありがとうございました!」


 鏃は草折に向かって深々と頭を下げた。

 八生は泣き止み、その様子を黙って見つめる。


(え……? 今なんて)


「ではヤヨさん、鏃を頼みましたぞ。鏃、修行を終えたとはいえまだまだお前はひよっ子だ。2人の金の管理はワシが行う、よいな?」

「はいっ、お任せ致します!」


 鏃と草折の会話を遮るかのように、テーブルには巨大な焼魚や三角チーズの浮かぶスープに刺身が運び込まれる。


(何だか嫌な予感が……まあ気のせいか)


 八生は手を合わせた後、箸を焼き魚の方へと伸ばす。


 その様子を酒場の外から、ローブを着たアルシが鋭い眼光で眺めていた。

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