第二話 鏃刺蔵、現る。

  八生は干し肉を投げ捨て、目を光らせるスケルトンたちに向かって弓を引き絞る。

 放った弓矢が這い寄るスケルトンの目に入り、核を砕く。

 スケルトンの目は光を失い、動きを止めた。


(落ち着け私。まだ距離はあるし相手は遅いから大丈夫、捌き切れる)


 弓の向きを持ち替え、矢筒から指の間で矢を3本挟み取り、一斉に放つ。

 ——全てスケルトンたちの核に命中した。

 それを繰り返し、数秒で右端の通路が開ける。

 そこへ駆け込み、スケルトンの骨を寄せて通路を塞いだ。

 落ちている矢を回収して見ると、鏃は殆んど溶けてしまっている。


「ふぃ〜。……弓矢使ってて良かったよ。あとはこの瞬間根でまとめて退治しますかっ」


 麻袋から種を取り出し、骨バリケードの向こう側に投げる。

 種が地面に触れると、そこから植物の根が瞬時に張り巡ってスケルトンたちの動きを封じ、核を砕いた。

 そして口に咥えていた松明を手に取り、スケルトンの着ていたボロ切れに火を分け、植物の方へと投げ入れる。

 植物は紙のように、勢いよく燃えて燃えカスだけとなった。


「みんな最下層に向かってるのかな。……矢足りるかな」


 そう独り言を呟きながら歩いていると、地鳴りがし始める。


 ドゴン……ドゴン……。

 ズシャアッ。


 揺れに耐えるよう立ち止まっていた八生の真横にある壁が砕かれ、土煙と共に鉄槌を握った大柄なスケルトンが現れた。

 直後に振られた鉄槌に凪ぎ飛ばされ、壁に背をぶつけ地べたに崩れる。


「な……。何で」


 地べたに散らばる矢、そして麻袋の中から何かがはみ出ている。

 それは二層の入り口でも見た干し肉だった。

 スケルトンの頭上から出たライトの光に照らされる。

 八生は目を見張った。

 

 その光の元には、端末が浮いている。

 足に力が入らず、振り上げられた鉄槌に身構え、目を瞑り小さな悲鳴を漏らす。


「待って、いやだ。まだ配信の収益化通ってないのにっ!!!」


 ……八生が瞑った目を恐る恐る開くと、目の前には白Yシャツがはち切れんばかりの筋骨隆々な大男が立っていた。

 その大男は桃色の髪を靡かせながら、片手の平で鉄槌を防いでいる。


「お嬢さん、矢を借りるぞ」

「は、はい……どぞ……」


 大男が足元の矢を拾い、スケルトンの頭に勢いよく突き刺す。

 ——矢は隕石の如き衝撃派を放ちながら、スケルトンの頭蓋を矢と共に滅し、手足を弾き飛ばした。

 残ったスケルトンの手には鉄槌が握られているものの、動く気配はない。


(強い……。でも1万位以内の配信者にこんな人はいないし、一体……)


「いやはや、まさかワタシ以外にも修行者がいるとは」


 大男は矢を拾い集めると矢筒に詰め、壁に立て掛ける。

 そして手を握ると、引っ張って腰に手のひらを叩きつけてきた。


「ぐほっ」

「どうやら骨が外れていたようだ。これで治ったはずだが、歩けるかい?」

「はあ……。とにかく、助けて頂きありがとうございます」


 八生はフラフラしながら矢筒を拾い上げ、背のホルダーに差し込み直す。

 大男はスケルトンの死骸を見下ろしている。


「それより、こんなモンスターは初めて見るな」

「スケルトンです。ダンジョン内でやられてしまった冒険者はスケルトンになるのです」

「詳しいな」


 八生は大男の言葉で元気を取り戻したかのように背筋を伸ばし、自慢げに胸を張った。


「ええ。新人とはいえダンジョン配信者ですから」

「ダンジョンはいじん……? 何だそれは?」

「申し遅れました、私はダンジョン配信者ランキング6位の頃早八生です。ほら、あのカメラが私たちを撮影してダンジョン攻略の様子を町の皆に届けているのです」


 そう言いながら、端末の方に手を振る。

 大男は端末を見上げると、眩しさからか眉を顰めた。


「ふむ、ワタシはやじり刺蔵さすぞうと言う。八生どのは帰って治療するかい?」

「いえ、仲間と逸れてしまったので最深部まで向かいます。幸い、怪我も大したことありませんし」

「ではワタシも付き添いで向かおう」


 八生が鏃の言葉に目を輝かせていると、鏃はその目を見て苦笑いした。


「ここよりも下層にいたモンスターなら全て倒してしまっているが……いいや、そもそも八生どのは修行目的ではないのだったな」

「いえいえ、その方が助かります。しかしなぜ鏃さんは下層から上層へ?」

「師匠の迎えを待っていたのだが、一日経ってもこないものだから出ようとしていた」


 鏃に向かって人差し指を立てて見せ、再び胸を張って目を細める。

 

「わざわざ来た道を戻らなくても、最深部のエネルギー生成装置を3回叩けば、転移魔法が発動して入口に出られますよ」

「ふむ。それは本当か? とても便利な修行場だな」


(あれ? 強いにしても……ダンジョンについてまるで知らないなんて。まさか、立ち入り禁止の文字も読めなかったり……?)


 八生は人差し指を萎ませ、ダンジョン奥へと進む鏃の背中に、不安に満ちた目を向けた。

 鏃はその様子を気にも留めず、こちらの方へ半分体を向けながら歩いている。


「そうだ、八生どの。あなたが他のスケルトンを倒したのか?」

「ええ。弱点である核を壊せば倒せます」

「そうだったか。いやはや、足を粉々にすり潰しても動くものだから驚いたよ。八生どのは凄いな」


(いや、あの数のスケルトンの足を粉々にする方が凄いんですけど)


 つい笑顔を引き攣らせる八生の頭上に端末が浮かび、ライトで行き先を照らす。


(あれ? スケルトンの所有物なのに、どうして私を撮ってるんだろう。端末の外装は……傷だらけで私のとは違うっぽい。取り敢えず鏃さん撮り続けるのは失礼だろうし、配信中断できないかな)


 八生が指を鳴らすと、端末はゆっくりと手元へ降りてくる。

 そして端末の画面に触れると、カレンダーのアプリから『コラボ配信』とイベントの通知が表示された。


「あれ? やっぱり私の?」

「どうした?」

「……何でもありません」


(……今朝から色々変な感じだけど、他の配信者さんたちを疑うのはよくないよね。それより——)


 八生は鏃の隣へと駆け寄り、笑顔で見上げる。


「鏃さんはダンジョン配信のこと、知らないんですか?」

「全く知らないな。先ほど町のみんなに動画を届けているとか言っていたが、何のためなんだ」


 八生はわざとらしく、2度も咳払いをして見せた。

 

「ダンジョン配信の目的は2つあるのです。1つはダンジョン最深部に設置したエネルギー生成装置。そこから溢れるエネルギーを求め集まった、モンスターたちの駆除です」


 再び人差し指を立て説明を始める八生に、鏃は注目する。


「ダンジョンというのは、モンスターにとっての餌場ということか」

「ええ。町からモンスターを遠ざけるために設置されたのですが、ダンジョンにモンスターが集まり過ぎると機能しなくなるので。私たち配信者が定期的に狩るのです」

「もう一つの理由というのは?」


 鏃のあまり興味のなさそうな問いかけに、八生は頬を緩ませ笑顔を作った。


「ふふふ……配信動画の視聴数が多いほど報酬、つまりお金が貰えるのです。色々細かいルールはありますがね」

「なるほど、生業という訳か」

「そうです」


 鏃と八生はダンジョンを進み、最深部に到達する。

 奥には洞窟に似合わない、巨大な培養槽が壁に埋まっていた。

 中身の赤黒い液体が怪しげな光を放っている。


「あれがエネルギー生成装置です」

「……道中に他の者の姿はなかったな」

「私の仲間は先にここへと到達して、出て行ったのかも知れません。とりあえずここを出ましょう」


 八生は手の甲で装置を3回叩く。

 装置内の液体が泡を立て始め、強い光を放ち洞窟内を照らした。

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