第十話 鏃の初配信。

 壁沿いに洞窟があり、その入口には氷の洞窟と立札が刺されていた。

 入口から中を覗くと、透き通った氷の壁が見える。


「キレイな場所だな」

「そうですね。……では私は待っているので、頑張ってきてください!」

「ありがとう、行ってくる」


 鏃は鞘に入った剣を握り、洞窟に踏み込んだ。

 少し進むと端末が浮かび、鏃の方へカメラが向く。


「えー……初めまして、ご視聴ありがとうございます。ワタシは鏃刺蔵と申しまして、この

ダンジョンを攻略しに参りました。……えー、では挨拶はこれくらいに、進んでゆきます」


 鏃が洞窟内を歩くと、目の前には黄色く透き通ったナスのような形の虫が、数匹床に張り付いているのが見える。


「モンスターがいますね。……で、普通に攻略するのもアリなのですが、今後様々な武器を使い攻略を行おうと思います。今回はこの剣ですね」


 鏃は剣を抜き、アイスレモナスに向かって、両手で力強く振り下ろした。


 ……剣はアイスレモナスには当たらず氷の床は叩き砕かれ、刃先が弾け飛び


キュイイイン!!!


 ……と、高い金属音のようなものが洞窟内に鳴り響く。

 洞窟中にヒビが巡り、透き通っていた氷は白く染まると、鏃の頭上から氷塊が崩れ落ちてくる。


「ま、まずい。配信中断だ!」


 鏃の手元に端末が戻る。


 鏃は洞窟内を走り、何とか入口まで戻り脱出した。

 振り返ると落石で、洞窟は塞がれる。


「危なかったな」

「ど……どうでした? スゴい音してましたが」


 八生がこちらへ近づいてきた。

 ……少し目元が腫れている。


「ダンジョンを破壊してしまった。すまない、剣もこの通りだ」


 鏃は剣を胸元まで持ち上げた。

 それを聞いた八生は、唖然としてから小さく笑う。


「あ、あは……武器を持つと思っていたよりも、スゴいことになってしまうようですね」

「そのようだ」

「剣、そこに置いといてください」


 鏃は剣を鞘へ納め、地面に置いた。

 八生はそれを取り、リュックの中へと戻す。


「し……心配なさらないで下さいね。ダンジョンを壊すなんて前代未聞なので、きっと弁償とかはしなくていいはず……」

「あ……ああ」


(弁償……逆に金が掛かってしまうことを、ワタシはやってしまったのか)


 沈黙の中、八生が鏃に笑顔を向けた。


「そうだ、動画! 配信動画は上手く撮れましたか?」

「ああ。しかし洞窟が崩れる際に中断してしまった」

「まあそれは仕方ないです。とりあえず、投稿できてるか見てみますね」


 八生は自身の端末を麻袋から取り出すと、弄り始める。


「大丈夫そうです。しかし……消されてしまうかも知れません」

「そうか……」

「気を取り直して、町へ戻り次の動画の計画を練りましょう!」


 2人はその場を立ち去り、馬車の待つ場所へと戻った。

 御者が馬の髪をなでながら、落ち着き払った様子でこちらを見る。


「どうも、八生ちゃんと鏃さん。早かったですね。それに物凄い音がしたような」

「その、鏃さんがダンジョンを破壊してしまったんです」

「……ほお。そりゃまた、鏃さんに箔がつくってもんですな。ささ、お乗り下さい」

「はいっ」


 八生が馬車に乗り、それに鏃が続く。

 御者が一瞬こちらを振り向き、引縄のしなる音が鳴り、馬の足音と共に馬車が動き始める。


「ダンジョンを壊してしまったこと、国の方に連絡しておきましたので。多分そこまで大ごとにはならないと思います」

「そうだといいが……」




 町に着き、八生のもとに国からの返事が届く。

 八生の端末画面には、近場のショップから詳細なお話しを伺いますと書かれていた。

 2人はショップへと入り、店員に用件を伝えると、八生は連絡用にと端末を渡され、耳に当てる。


「……はい。上空都市付近にある氷の洞窟を壊しました。……はい。……そうなりますか。……ええ、分かりました」


 八生は店員に端末を返し、硬い表情を鏃に向けた。


「とりあえず修復に向かうそうです。費用は大体5千万マニ……だそうで、エネルギー生成装置が破損したりしていた場合は別途お金がかかるみたいです」

「八生どの、すまぬ……」

「いえいえ、鏃さんの強さを計らず武器を持たせた私が悪いので。この費用はワタシが受け持ちます」


 鏃が肩を落としていると、八生がその両肩に触れる。


「こんなこと、気にする必要ありません。むしろチャンスですよ! 鏃さんに適正な難易度のダンジョンが明日から表示されるはずなので、攻略に3泊は必要なダンジョンへ行って配信すれば、すぐに収益化できるかも知れません!」

「しかし、ルール上そんなことがあり得るのか?」

「特例が起こる可能性ありますから! ……とにかく次も頑張りましょうっ」


 鏃は顎先を上下に揺らした。


「まあいいんじゃないの〜? ダンジョン壊すなんて、他の配信者に真似できっこない偉業だろ〜し」


 ショップ店員が呑気な口調で話しながら、鏃へ顔を近付ける。


「そうだな……。様々な人に迷惑をかける結果にはなったが、前向きに捉えるとしよう……」

「そうです、その意気です! とりあえず今日は休みましょう」


 鏃は再び顎先を揺らした。

 2人はショップを出る。


「ではまた明日。明日は酒場でお仕事があるので、いつでも来てくださいね」

「ああ。また……」


 八生は微笑みを鏃に向けると、道を進んでいった。

 鏃は森の方へと向かい、途中で流れていた川を眺める。

 辺りは草花が生い茂っており、蝶が舞っていた。


(今朝、酒場へ向かった時は見ていなかったが。この町は実にのどかだ)


 川下の方から折草がニコニコしながら歩いてくる。

 その両手には何もない。


「おお、鏃ではないか。もうダンジョンへ行ってきたのか?」

「はい。師匠、釣りはどうされたのですか」

「森の木や蔦で釣具を作ろうと思ったが、上手く行かんくての。その辺に使い捨てられたのが落ちとらんか探しとったんじゃ」


(ふむ。大人しくしていたようで何よりだ)


 折草は草花の上に寝転がる。


「見つからんから昼寝でもしようかのお。鏃、釣りはお前さんに任せた。……ん、そうじゃ。素手で捕らえてみるのなんかはダンジョン配信にも役立つのではないか?」

「ええ、やっておきましょう。師匠は休まれてください」

「ヒヒヒ、悪いのう」


 鏃はボロボロの革靴を脱ぎ、ズボンの裾を巻き上げて川の中へと入り、魚を待ち構える。

 そして足元を泳いできた魚を殴り上げ、打ち上げられた大きな魚が折草に直撃した。


「イタタ……生臭いのお」

「すみません、しかし立派なのが採れましたよ」

「おお。そんじゃ、活きのよいうちに下処理して焼こうかのお」


 折草は何処からか小さなナイフを取り出し、草原の上でピチピチ動く魚に掲げたナイフをきらめかせた。




 薄暗い森の中に焚火の光が灯る。

 鏃がそこに木の棒で口から貫いた魚を立て掛け、燃え盛る火に当てた。


「……鏃、八生についてどう思う」


 折草は目を細めながら火を眺めている。

 火の中で集めた木の枝が一つ、パチっと音を立て崩れた。


「かわいいかと」

「そうではないわ。あの子は幼いがしっかりしとる。それに妙だと思わぬか? この村にはあの子しか子供がおらん。他の村に渡ったとしても妙じゃありゃせんか」


(気が付かなかった……流石は師匠)


 顔に影を作る鏃に、折草は咳払いする。


「この村の奴らはお前さんと同じく去勢されとるな。国の息がかかっとる」

「なるほど。すっかり忘れておりました、師匠は自分を上空都市から追い出した国に復讐なさるおつもりでしたね」

「復讐ではなく再び住みたいだけじゃ。……あの子はおおよそ、家族と共に旅をしておった。しかしこの村に滞在中、家族が死んでこの村の連中に、運良く可愛がられておるのだ」


 鏃はつい、おお、と感嘆の声を漏らす。


「ワタシたちと似ていますね」

「そうじゃな、いや違うわい。……詰まるところそこに漬け込めば、八生はワシらに心を許し、金を分けてくれるかもしれぬ」

「……師匠は八生どのを馬鹿にしておられるのですか?」


 折草が首を横に振ると共に、炎が揺らめく。


「違うんじゃ、幼いというたろう。……鏃よ。鏃は八生とワシ、どっちの味方じゃ?」

「無論、師匠です」

「よしよし。とにかく今の関係を維持するよう努めるのじゃ」

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