新人ダンジョン配信者鏃編
第九話 上位動画。
「昼から酒場とは、お前さんも分かるようになったのお」
「師匠。これは八生どのとの打ち合わせです、金はもう1マニもありませんよ」
「そうは言うが、待ってる間暇じゃし腹も減るからのお」
太陽が真上に登る頃、丁度酒場に着く。
酒場のカウンター席には着ている弓矢衣装に馴染まない白いリュックを背負った八生が1人、ポツンと座っていた。
八生はこちらに気付き、笑顔で手を振ってくる。
「こんにちは。ささ、こちらの席へお座り下さい」
八生の様子を見て、鏃は顔の曇りを晴らした。
「八生どの! 声が出るようになったのだな!」
八生は笑顔を引き攣らせながら首を横に振る。
「体と端末を連動させて……口を動かしたりすると、端末から音が出るようになってます」
「ほお。随分と精巧だな」
「へへ……。すごいですよね。しばらく使わさせてもらうつもりです」
鏃と折草はカウンター席に着く。
折草はカウンター席から厨房を覗き込み、顔を顰めた。
「なんじゃ、戸締りされとる。それじゃワシは川で釣りでもしようかのお」
「おっ、頑張ってくだされ」
「おう。鏃よ、今日は大量じゃぞ? 期待しておれ」
折草はニコニコしながら帰っていく。
鏃は表情を曇らせる。
(恐らく釣りにはすぐ飽きて、町で盗みを働くつもりだろう……まだ分からぬが、謝りに行く心構えだけはしておくか)
「鏃さん、まずはダンジョンの予約をしましょう」
「それなら済んでいる」
鏃は八生に端末の画面を向けた。
八生は驚いた表情を見せつつも、真剣に画面を眺めながら親指を動かし操作している。
「なかなかのやる気ですね。それにしても、鏃さんには簡単すぎるダンジョンな気がしますが……仕方ありませんか。コツコツやっていきましょう。あ、よかった。予約したダンジョンはそこまで遠くない所にあります」
「この氷の洞窟とはどんな場所なのだ?」
八生は腕を組み、息が抜けるかのように唸る。
「当然ですが寒い場所でして、それを好むモンスターたちが集まっています。アイスレモナスとかの虫ちゃん系が多いかと。では、町の方から馬車を借りて向かいましょうか」
「そのような金は……」
八生は鏃の端末と自身の端末を操作し始める。
戻ってきた端末には、1,000,000マニと表示されていた。
「とりあえずの援助金です」
「……これ程の額、どうやって返せばいいのだ」
「へへ、利子は付けません。2年後には簡単に返せますよきっと。それじゃあ馬車へ向かいましょうか」
——ビル群の中にある歩道を歩く。
中央の道路では、車が行き来していた。
歩道を進み、バーガーショップに辿り着く。
そこで若葉のような髪色で巻毛、長耳の店員からバーガーを受け取り、口の中へと入れようとする——
……揺れる馬車の中で、涎を垂らしながら鏃が目を覚ます。
(腹が空き過ぎていたか……)
体を起こそうとすると、八生が涎をハンカチで拭い取り、口におにぎりを押し込んだ。
「は、はへほほ……! はんほふひふはひほほほ」
「一度、上空都市でご飯買って来ますから。食べてからまた打ち合わせしましょう」
鏃がおにぎりを飲み込むと、八生は苦笑いした。
鏃は空に浮かぶ大地、そこからさらに上へと伸びるビルを睨む。
馬車が止まり、2人は降りて御者にお辞儀した。
八生が紙袋の中に包装紙を突っ込み、ゴミをまとめリュックの中へとしまう。
鏃は満足げに自身の腹を撫でた。
2人はやや黄緑の植物が目立つ森で、木陰に座り込む。
(まさか夢に見たアレが実在したとは……。抗えなかった)
「さて。腹ごしらえもすみましたし、まずは配信のスタイルを決めましょう」
「スタイル……?」
「うーん、他の配信者の方の動画はご覧になりましたか?」
鏃は顔に影が張るほど表情を曇らせ、端末を八生に手渡す。
「見てみたのだが……真似しなければならないのだろうか」
端末には配信者ランキング3位、【
「レアリーさんの動画ですか! なかなか癖のあるものを見ましたね。私もちょっと見ようっと」
八生はその配信動画リストから一つ選び、動画を再生した。
<ふひぃ♥ レアリィだよお♥ 今日はざこざこなモンスターのおにーさんたちと、この槍で遊びに国外の焦土へとやってきましたあ♥ リスナーのオジサンたちには危ない場所だけどお♥ レアリィにはらくしょ〜♥>
鏃は端末から出る音声に顔を顰めながら、真剣に端末画面を眺めている八生の後ろへ回る。
画面内のレアリーはハルバートを素早く振って見せながら、にやけ顔でこちらを見た。
<シュッシュッ♥ リスナーのオジサンたちにはこんなに早く槍を振れないよね〜♥ ダンジョン配信で稼ぐなんてむりむり♥>
レアリーが赤黄色くヒビの入ったダンジョン内を歩いていくと、カメラの向きが変わりモンスターたちが映る。
そのモンスターたちは緑色をした羊目の小鬼たち、ゴブリンだった。
それぞれ武器は持たないが、黄ばんだ歯を見せて涎を垂らし、長い爪を輝かせている。
<見て〜♥ あのゴブリン勃◯してる♥ でもセンシティブ判定されないなんて、なっさけな〜い♥ はずかしくないのぉ♥>
視点が少し上へと上がり、ゴブリンたちとレアリーの後姿を映す。
ゴブリンたちがレアリーに向かってくる。
レアリーはハルバートで先頭のゴブリンを突いて吹き飛ばした後、後ろへ踏み込むように下がりながら他のゴブリンの頭、胴を切り飛ばす。
あっという間に5匹のゴブリンが肉塊へと変わった。
<よわよわ〜♥ ゴブリンのおにーさんたちがわたしに勝つなんてむりむり♥ 近付いて死にに来ちゃえ♥>
残りのゴブリンは10数匹で、近付かずに様子を見ている。
レアリーが近付いていき、肉塊となったゴブリンを踏み足を滑らせた。
<お"っ♥>
ゴブリンたちが一斉にレアリーへと迫る。
レアリーはハルバートの石突を地面にぶつけて体勢を立て直し、穂でゴブリンたちを薙ぎ切り、怯んだ奥のゴブリンを往復の薙ぎで切り飛ばした。
<ちょろ〜い♥ 一層目のおにーさんたちざこすぎ〜♥ 二層目もよゆ〜♥>
「レアリーさんは配信者トップクラスの実力者です。毎年色々な試みをされている方なのですが、最近はこの聞いてて恥ずかしくなる台詞回しと、下ネタを取り入れた独特なスタイルが、注目を集めています」
「なるほど」
「最新動画、このまま最後まで見たいけど……閉じますね」
八生は動画の再生を止めた。
鏃が渡された端末を受け取ると、八生はリュックからノートを取り出して開く。
「それで、もし特にスタイルを決めていなかったらなんですが」
開かれたノートには文字がびっちり書かれていた。
鏃はそれを見て口元を引き攣らせる。
「これ! 私がやろうと思ってたけど断念した、企画もので行こうかと思います。例えば武器に木の棒を使って攻略とか」
「木の棒か。確かに強いが」
ニタリと笑う八生に対し、鏃は首を捻った。
「どうしたのだ?」
「まあお試しで! 簡単なところですし、攻略よりも撮ることを優先してみてください。意識したら端末のカメラは動かせますので。では。はいこれ、新品の剣です」
八生は人差し指を立てながら説明をし、鞘に収まった長剣をリュックから取り出すと、鏃に手渡す。
「すまないな、何から何まで」
「お気になさらず。では、ざっと脚本を書いて来てますので、それを使って配信動画を1本作ってみましょう!」
「了解した」
八生は嬉しそうにリュックの中を探り始め、スケッチブックを取り出した。
「そうそう。レアリーさんの動画だけでなく他の方の動画も見ておいて共通点を探すと、ダンジョン配信の流れが分かりやすくなると思いますよ!」
「確かにな。終わったら見ておかねば」
「では、ダンジョンの入口へ向かいましょう! 着いたら私は外で待ってますね」
八生は一度、自身の首元まで手を伸ばしてから胸に手を当てた。
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