第八話 治るまで。

 鏃は折草と共に、真新しいテントの横で野営を行なう。

 そこへアルシを捕まえていた猫耳が、くたびれた様子で歩いてくる。


「ええ……何してるんだ? ここ、わたしのキャンプなんだけど」

「何言うとる、片付けず捨てられていたものをワシらは有効活用しとるんじゃ。分かったら帰れ」


 猫耳は折草を睨み、尻尾をピンと立たせた。

 その場へ鏃が、木の実や果実を両手に抱えて来る。


「貴方は八生どのとワタシを助けてくれた……名前を伺ってもよろしいか?」

「あ、アンタ鏃さんのお仲間か。わたしは配信ランキング2位、じゃなくて今は3位なんだった。……名前は調べたら出てくるよ」


 

 何故か頬を赤らめる猫耳を前に、鏃は木の実などを地面に置く。

 そして端末をズボンのポケットから手に取り検索機能を使い、配信ランキング2位の名前と指先で入力する。


「……調べてるなら後にしてくれないか!? それよりわたしはテントを取りに来たんだ、缶詰も返してくれ」

「ああ、すまない」


 目を瞑りながら怒る猫耳を前に、鏃はテントの中から缶詰を手に取り、猫耳に差し出す。

 猫耳は手の缶詰を握るが、なかなか手に取らない。


「は、離してくれないか?」

「ああ、申し訳ない。持つとつい力が入ってしまう。地面に置くから持って行ってくれたまえ」


 鏃が床に置いた缶詰を猫耳は手に取ると、鏃をジットリとした目で見つめた。


「もしかしなくても、2人は貧乏なのか?」

「そうだ。それより犯人を捕まえてくれてありがとう。八生どのも感謝していたよ」

「いいよ、感謝なんて」


 猫耳は缶詰を幾つか手に取ると、その中から真黒魚缶を鏃の方へ渡す。


「減ってんな……。これ、八生をダンジョンで助けてくれたお礼な」

「……ん? いいのか?」

「うん」


 しかし何故、とつい洩らす鏃に猫耳は小さく唸った。


「わたしは八生の配信見てるリスナーだから。まだ見続けていたいんだよね、それじゃ」


 猫耳はテントを素早く片付け、置いてあったリュックにしまい立ち去る。


(何だか慌しい娘であったが、八生どのはもう……配信できる様子では)


 鏃はそう思いつつ、缶詰を開ける。

 すかさずスプーンを取り出し中身を掬おうとする折草の手を、鏃は掴んで止めた。


「鏃? 何故止める」

「これはワタシが頂いたもの。師匠のではありませぬ」

「それを言えば、先に見つけたのはワシじゃ」


 折草はもう片方の手でもスプーンを持ち、両手の塞がった鏃の缶詰を狙う。

 鏃は折草の手を離し、缶詰を折草のスプーンから避けスプーンを奪い食べ始めた。


「行儀が悪いですぞ。……ふむ、この缶詰は昨日酒場で食べた真黒魚マグロというものか。うまいな」

「鏃……覚えておれ。食べ物の恨みは深いぞ」


(そうは言うが師匠のことだ、見つけた瞬間に何個か食べていただろう。先ほどの猫耳もそれを分かっている様子だった)


 鏃が折草をじっと見つめると、折草は鏃から目を逸らした。


「まあいい。木の実を頂くとするか」

「師匠、ワタシはダンジョンの予約をしておきます。火の用意を」

「ああ、そっちも頼むぞお」


 折草はニコニコ顔に戻る。

 鏃は木に背をもたれ掛け、端末を持ち上げて眺めた。

 空には夕明りが差している。


(これで送信ボタンを押せば、八生どのの端末にもこの文が表示される訳か)


 端末にはチャットアプリが開いている。

 鏃は右下の送信ボタンを押した。


        八生どの、具合はどうだ?>


<こんばんは

へへ、宿屋のご主人にすごく心配さ

せちゃいました


<ご飯は食べましたか?


               心配ご無用>


<それなら良かったです


(面白い機能だな)


 八生の弓矢アイコンを眺めていると、端末から光が消える。

 ふと端末を裏返すと、ナイフの時についたであろう擦った傷が入っていた。


(手で防いでいれば、八生どのは傷付かずに済んだだろうか)


 鏃は自身の手のひらを眺め、握りしめる。

 端末が振動し、画面にメッセージの通知が表示された。

 そこに触れ、端末のロックを解除して再びアプリを開く。


<アルシさんたちの件、ニュースに

出てましたね


              何のことだ?>


<検索エンジンのトップに載ってま

す、国外追放だそうです


 八生のメッセージにはリンクが貼られていた。

 鏃はそこに触れ、ニュース記事に目を通す。


<私、こうなってしまった以上は配

信者をやめるつもりです


     アルシとは、ナイフを投げた女か>


<はい、あの方たちのファンは私の

ことを恨むかも知れません

鏃さんのことも


           気にすることはない>


<私も、恐いわけではないのですが

体はそうではなくて

病院に行ったら、声が出ないのは

ストレスが原因だそうです


              治りそうか?>


<時間が経てば治るかと

と、すみません

私のことより鏃さんでした

ダンジョン配信、本当にやれます

か?


                  やる>


<分かりました

では約束通り、明日のお昼に


                分かった>


 鏃は端末を頭上から降ろし、画面を伏せる。


(八生どのの代わりに夢の続きを見せる、というのはおこがましいかも知れぬが。……八生どのがダンジョン配信に復帰するきっかけになれればよいか)


「何をしておる鏃。今日はもう寝るぞ、昨日の昼に飲み過ぎたわい」

「師匠。ダンジョン配信で稼ぎましょうぞ」

「おうよ。鏃、ダンジョンの予約は済んだかの? ガンガン潜って……何申請じゃったかのお。金が貰えるようになるヤツを通すのじゃ」


 金以外はどうでもいいと思っているであろう折草の笑みに、鏃は睨む。


「収益化のことですか」

「それじゃ。まあそう気張らんでもよい、あと少し辛抱すれば、お前さんは一人前じゃ」


(そうではないのだが)


 鏃は黙ってダンジョンの予約に取り掛かった。

 専用のアプリから、近場で未予約のモンスターが溜まっているダンジョンを検索し、リストからの自動予約申請を行なう。

 予約完了の画面には


・入場可能残り期間

47:59

・難易度

新人配信者向け

・ダンジョンガイドオプション

なし

・場所

空中都市入口付近(ここをクリックするとマップが開きます)

・ダンジョン概要

氷洞窟


 と書かれていた。

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