第七話 妬みの傷。

◇◆◇◆◇


 ショップの中の様子を伺うローブ姿の女を見て、小柄な茶髪ショートの猫耳が立ち止まる。


「アヤシイ……。オセロー、追跡モード!」


 猫耳の腕に取り付けてある端末が宙を浮き、ローブ姿の女へと向かった。

 端末の外れた後の固定具には、端末からの映像が浮かび上がる。


「お"っ、見失った! ……あ"っ、ショップの中に八生ちゃとワイシャツマン! あと知らんヤツ!」


 猫耳は独り言を呟きながら、物陰に隠れた。


◇◆◇◆◇


 説明を受け終わった鏃、そして折草は青褪めた顔をし、八生と共にショップから出る。


「八生どの……ワタシたちはすぐに稼げないと困るのだが」

「そうじゃ。端末をくれる金があるのなら、その金を譲ってくれた方が良かったわい」


 八生は端末を操作し、預金通帳を折草に見せつけた。


「な、なななんじゃこの額は!? ダンジョン配信者というのはこれほど稼げるのか!?」

「私の場合、配信を始めて2年でこのくらいです」

「ヤエ様! その金を100分の1でいいから分けてはくれぬか! いいや1万分の1でも構わん!」


 土下座する折草に対し、八生は首を横に振る。


「絶対に嫌です。私はこの口座内のお金を封印しておいて、ケット村のためにどう使えるかを考え中なのですから」

「くそお、それ程の金があれば上空都市に再び住めるというに……。鏃、収益化までどうにか耐えるのだ。ワシは村の外で寝泊まりできそうな場所を探す」


 折草は元気な様子で道を走ってゆき、森の中へと向かう。

 鏃はその様子を呆然と眺めた。


「師匠が金目のものをまた拾ってきてくれれば、問題なさそうなのだが」

「鏃さん……お師匠さんから騙されてはいませんか? どうも鏃さんは利用されているように見えてなりません」


 鏃は腕を組むと、ショップの側にあったベンチに座り込む。

 八生もその隣へ座り、口を小さなへの字にして心配そうな目を鏃に向けた。


「師匠が嘘を吐いているとでも?」


 鏃の顔に力が入り、怒りに満ちた恐ろしいものへと変わった。

 八生はそれを見て、鏃から目を背ける。


「その、怒らせたい訳ではないのです。ただ酒場での様子などを見るに、あのお方にお金を持たせてしまうのは良くない気がして」

「そうかもな。しかしワタシも師匠も、草を食い、泥水を啜り生活する日々を送ったことがある。時々魔が差すことはあるようだが、ワタシに色々なことを教えてくれたのは師匠だ。その程度は許す」


(……鏃さんにとって折草さんは大事な人なんだ。……でもなあ)


 鏃の表情が元の真剣なものへと戻る。

 そして俯き、両手でおぼつかない指の動きをしながら端末の操作を始めた。


「八生どの、ワタシは正直ダンジョン配信というものに全く興味がない。それにモンスターたちは手強い。武器さえあれば問題なく倒せるが、師匠は素手で倒せるようになれと言い続けていた。素手では未だ……10レベルのモンスターすら倒せぬ」


 鏃は手に持った端末を膝に伏せ、項垂れた。


「それは誰だって……いえ、格闘家の方は素手で倒せるんでした。でも鏃さんは私より強いし、ダンジョン配信者に向いてると思いますよ」

「そうだろうか」


 八生は腕を組み、目を瞑って唸る。


(やっぱり鏃さんと折草さんとの関係は悪影響を及ぼしているような。それにダンジョン配信に興味ないのに、極意なんて教えて伝わるのだろうか)


「とにかく、私がランキング1位になれたのは鏃さんのおかげでもあります。だから鏃さんの収益化が通るまではお手伝いしますよ」

「……ありがとう。悪いな、助けておいて情けない姿を見せてしまった」

「とんでもない、鏃さんは素直で素敵な方だと思います」


 八生は鏃に向かって頬を薄赤くしながら微笑む。


 突然、八生の背後からその首元目掛け、ナイフが飛んでくる。

 鏃が端末を盾にして防ぐが、ナイフに付いていた液体が八生の首や鏃の手に飛び散る。


「ゔっ、あづっ!」


 八生の服と首、鏃の手が焼き爛れてゆく。

 首を抑えて身を屈める八生の前に、鏃が立つ。

 ……ローブ姿の女が逃げていくのが見える。

 鏃は追わず、辺りを警戒するかのように見渡す。


 すると、逃げているローブ姿の女に茶髪ショートの猫耳が飛び掛かり、地面に押さえ付ける。

 鏃は咄嗟に八生の方を向いた。

 八生が手で抑えている指の隙間からは、焦臭い煙が出ている。

 そこに鏃は手を押し当てた。


「八生どの、呼吸はできるか?」


 八生は頷くが、瞳孔を震わせ呼吸を荒くする。


「よく分からぬが、犯人は誰かが捕まえてくれているらしい。……大丈夫だ、次のが来てもワタシが盾になる」

「へ、へしゃ、平気でしゅ。大丈ひゅ」


 八生は冷や汗を垂らし始める。


(あれ……呂律回んない)


「今は無理に喋らなくていい」


 2人が密着していると、そこへローブ姿の女を縄で縛って連れた茶髪猫耳が近付く。


「八生ちゃん。……おいアルシ、薬持ってんだろ? 出せ」


 ローブ姿の女は腰に下げた小瓶を猫耳に渡す。

 猫耳は瓶を開け、一度ローブ姿の女の擦り傷にその透明な薬を塗り込んで反応を見る。

 それから鏃の手に塗り、鏃と八生の手を退け首の傷に塗る。

 その傷は赤黒くなっていた。


「ワイシャ……じゃなくて鏃さん。八生ちゃんを助けてくれてありがとう」

「其方、何者だ?」

「いや、ちょっと通り掛かっただけのネコだわ。それじゃ!」


 猫耳はローブの女を背に抱え、四つ脚でどこかへ走り去る。

 息を荒げていた八生の呼吸が落ち着き始め、鏃は八生から離れた。


「八生どの。歩けるか?」


 八生は立ち上がると、鏃を見ながら口を開けて動かした。

 その様子を見て鏃は息を呑む。


「声が……出ないのか」


 八生は黙って俯いた。

 ……森の方から折草が戻ってくる。


「都合良くキャンプ跡があったわい、缶詰も少しじゃが置いてあった。鏃、木の実集めするぞい」

「はい師匠。しかし……」

「ん? どうしたその傷は」


 折草が2人にトテトテと近寄り、鏃の腕に出来た傷を眺めた。


「何かあったようじゃのお」

「八生どのも傷を負っています。八生どの、自力で帰れそうですか?」


 鏃が八生の顔を見ると、八生は笑顔だった。

 八生は地面に落ちていた鏃の端末を手に取り、少し操作して鏃に渡す。

 それを受け取り画面を見ると、チャットアプリに切り替わっており、弓矢のアイコンと共に八生からのメッセージが表示された。


<声は出ないけど平気です

でもちょっと休みたい


 鏃が端末の操作に手間取っていると、さらにメッセージが表示される。


<ダンジョン配信のやり方

メッセージでまた送ります


 鏃は眉を顰め、八生に目を向けた。


「ええ、八生どの。またお願いします」


<明日の昼に酒場でお会いしましょ

毒のナイフ置いたままにはできな

いし、一度自警団の方を呼んでき

ます


 八生はベンチから立つと、重い足取りで道を歩く。

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