第六話 配信準備。

 2人の青褪めた顔に八生は首を捻る。


「どうされました?」


 折草は顔色が変わらないまま笑顔を見せると、金をせびるかのように手の平をこちらへ差し出した。


「借金代で所持金が飛んでのお。今すぐ金が必要なんじゃよ」

「八生どのすまない、ワタシにダンジョン配信のやり方を教えてはくれないか? 頼む!」


 深々と顔を下げる鏃の勢いに八生は驚きの声を上げ、一歩退いて見せる。


「わ、分かりました。まずは端末を買いに」

「おいおい、ワシらは金を持たんのだぞ? 何も買えぬわ」


 八生は折草が差し出したままの手の平を、首を動かさずに眺めた。


(この人はまずい、子供のような顔をしてるけど中身は汚れた服装に見合う人だ。……でもダンジョン配信者が増えるのは嬉しいし、修理ついでに一緒に買いに行っちゃおう)


 そして折草に笑みを返し、開いているドアの取手に手を伸ばす。


「準備して、朝食摂ってから買いに行きましょう」

「おっ! 奢りか? 気が利くのお〜」


 八生は笑顔のまま無視してドアを閉じ、弓使いの服装に着替えて弓矢を持たずに出てきた。


「お待たせしました。宿屋のご主人とは知り合いなので……それより鏃さんのお師匠様、お名前は……?」

「折草丸じゃ。お主はヤエだったかの? いい名前じゃな」

「ありがとうございます」


 宿屋の新築のような廊下を進む八生に、折草と鏃は付いていく。


「ヤエはなぜダンジョン配信者になったのかのお」

「えと……私の親は2人とも冒険者で、まあ村を守って死んじゃったのですが。それからは村の皆さんから可愛がって貰っていて」


 ふむ? と折草は返事し、八生の背中を見上げる。

 鏃は深刻そうな目を八生に向けた。


「私がまだ小さい頃、国によって各地に配信端末のショップが設置されたのです。その時、村の皆からのプレゼントでこれを貰いまして」


 八生は端末を取り出し、思い出に浸るかのように眺める。


「ダンジョン配信が始まり出してからは、毎日のように配信を見ました。そうしてる内に憧れが強くなって、弓の稽古をして。ダンジョン配信者になったのです」


 ニコニコしながら頷く折草の横で、鏃は苦い顔をした。


「しかし八生どの、ダンジョン配信というのをやると何故金が稼げるのだ?」

「まず、ダンジョンは国を治めている鍛冶ギルドが作ったものでして。モンスターたちの求めているエネルギーを生成する装置で引き寄せているのですが、ダンジョンと装置の規模ごとにモンスターの収まりきる数が決まっているのです。私たちダンジョン配信者は、モンスターがダンジョンの外へ溢れないように倒しています」


 八生は2人の方に振り向いて、続きを話す。


「そして報酬の種類は大きく2つです。配信動画内で倒したモンスターの種類とレベルに応じた金額、それとスポンサーさんの広告宣伝費を配信視聴数に応じて受け取れます」

「……ほお」

「要はお使いと売り込み、そしてエンタメを兼ねているのがダンジョンです」


 自慢げな様子で胸を張る八生に、鏃、それと折草は拍手を送った。

 八生は振り向き廊下を抜けて、受付内の宿屋主人におはようございます、と挨拶する。


「おはよう。八生ちゃん、お仲間がいたんだねえ。これからまたダンジョン配信かい?」

「いいえ、今日はお買い物します」

「おお。町を守る弓精霊さんには、タダでいろいろくれてやってもいいんだけどねえ。お小遣いはいらないかい?」


 八生は顔を赤くし、それを誤魔化すように自身の後ろ髪を撫でた。

 その背後で、鏃は宿屋主人から目を逸らす。


「そこまでして頂くのはさすがに。私ももう一人前ですから、自分で稼いだお金でお買い物します!」

「偉いねえ。それじゃ、今日はゆっくりしておいで!」

「はい!」


 笑顔で親指を立てる主人に、八生は笑顔で親指を立て返し宿屋から出ていく。

 2人はそれに付いていった。


「……そうだ、さっきの話の続きになるのですが。配信したら必ず報酬を受け取れる訳ではなく、ルールがあります。端末を売っているショップでパンフレットを配布していますので、よくご覧になってください」


 八生は横目を2人に向けて話す。

 鏃と折草はキョトンとした顔で、お互いの顔を見合わせていた。


「あと、体に何か物を入れられるのって平気でしょうか?」

「高級でない食べ物なら歓迎だが」

「いいえ、ダンジョン配信者登録をするにはショップで手術を受けて、体にチップを埋めないといけないんです」

「それなら平気だ」

「ではこのまま向かいましょうか。あ、手術代は私が出しますね。あと簡単な手術で失敗することはありませんので、そこはご安心を」


 鏃に笑顔を向けていると、鏃は首を横に振った。


「奢って貰う訳にはいかぬ」

「鏃。借金というのはどうじゃ? あとで八生様に手術代を支払うのじゃ」

「なるほど。……八生どの、しばしご迷惑をお掛けすることになるが、よろしいか?」


 鏃は申し訳なさそうに、少し身をすくめている。


「ええ。2年でも5年でも待ちます」

「本当にすまない」


 しばらく歩き、町に馴染まない透明な壁、鉄柱の四角い建物に八生たちは着く。

 自動で開いた入口扉を潜る八生と折草に、鏃は顔の影を濃くする。


「この扉は魔除けか?」

「自動ドアです。わざわざ自分で開ける必要のない扉だそうで、端末と同じく鍛冶屋さんたちしか作り方を知らない、不思議な道具ですよ」

「ふむ。全く理解及ばぬな」


 ショップの受付には、整ったスーツ姿の鉄を組んだ人型ロボットが座っていた。

 頭部には黒い丸メガネが埋まっている。


「ういー。八生ちゃん、何をお求めで?」

「これの修理と、あとこのお方に新しい端末を売ってください」

「把握ー」


 ロボットは八生の差し出した端末を受け取ると、背後にある扉に立ち、扉横のパネルを操作する。

 そして扉奥の部屋が動き、開いた扉の奥へと消えた。

 八生は鏃に耳打ちされる。


「八生どの。酒場の料理長についても思ったが、あれらはモンスターではないのか?」

「はぐれ、というらしいです。エネルギーを空間から摂らずに、私たちと同じように食事などを行います」

「ほお。ダンジョン配信者にああいうのがいたら殺しかねんな」

「そうかも……でもダンジョン配信は予約制なので、大丈夫かと」


(鏃さんがダンジョンに入ってたのは違法なんだけど……説明がある時に言おう)


 その一方で、折草は笑みを浮かべながら、端末やモニタ、PCが展示されている大きなショーケースをこじ開けようとする。

 バチッと音が鳴り、折草は驚いた様子でショーケースから手を離した。


「折草さん、何を?」

「あや〜、この中の物を見ようとしたらバチッと来たわ」


 八生は悲しみを込めた目を折草に向ける。

 鏃が折草の元へ向かった。


「ここはショップです、恐らくこれはこの箱越しに商品を見るためのもの。触れるのは買ってからに致しましょう」

「そうするかのお」


 受付奥から、ロボットが戻ってくる。


「修理完了〜。外部衝撃で誤作動していたようですが、これでもう大丈夫。でも別端末とデータを入れ替えられていたので、保証対象外となりますよ〜」

「え、ええ?」

「ほらこれ、型番が八生ちゃんのと違う〜。でも最新機種だし、いいんじゃないかな〜」


 八生はロボットの指差す端末箇所に、顔を近づけた。


「ホントだ。ではおいくらでしょうか」

「本来は2万マニですがあ〜、ランキング1位を半日維持した八生ちゃんは、一回分無料で〜す」

「マジですか? ありがとうございます!」


 八生は目をキラキラさせながら、ロボットにお辞儀する。

 ロボットは手を小さく振った。


「あとはそちらの方〜。端末購入の際は個人情報が必要となりま〜す。ダンジョン配信を行いたい場合は、冒険者登録の手続きも同時に行いますよ〜」

「ダンジョン配信やります」

「ではそちらの椅子にお座りください〜」


 ロボットは受付前の椅子に向かって腕を指す。

 鏃は椅子に座り、ロボットの差し出す書類とペンで、書類内の項目を埋めていく。


(良かった、字の読み書きできるんだ)


 八生は胸を撫で下した後、握っている端末を眺める。


(それにしても、最新機種とかより今まで使ってた端末、入れ替えた人から返してもらいたいんだけどな……)


「はい〜、これで冒険者登録も完了です〜。お支払いの後に細かい説明をさせて頂きますがあ〜、お時間のほどは宜しいでしょうか〜?」

「はい」


 鏃は真剣な様子で返事をした。

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