第17話 メイヨールの聖女

 エクルストンの領主様との契約に従い、以前の様に街の防衛装置に魔力を注ぎ込む。これであと三ヶ月は大丈夫ね。一応妹だしララの治療も……と思ったけど、ガイとララはどこに行ってしまったのか屋敷に姿がなかった。大方、ウィンスレットの屋敷にでも避難したんだろう。教皇様の前であれだけの失態を晒してしまっては、領主様からの処分は免れないだろうなあ。


 以前の職場の同僚たちに挨拶を……と思ってアミールと向かっていると教皇様も付いてきてしまって、部署にいた全員が起立して凄い状態に……結婚することを報告したかっただけなんだけど。遠慮しながらも女子たちは私たちの元に来てくれて、結婚を祝福してくれた。


「お前たちは参列せぬのか?」

「よ、よろしいのですか!? でも、仕事が……」

「領主に了承を得ておいてやろう。出発は明日。遅れるでないぞ」

「あ、有り難うございます!」


 教皇様の鶴の一声で、彼女たちも私たちの結婚式に参列してもらえることになった。教皇様、それは職権乱用では!? とも思ったけれど、これもきっと教皇様なりのサービスね。今は有り難く受け取っておこう。


 同僚の女子たちも一行に加わって、メイヨールまでの旅が続く。途中で寄る街、寄る街、それはもう大騒ぎで、その都度街の領主に会っていたので、「メイヨールの聖女」としてすっかり有名人になってしまったわ。


「ナオミさん、疲れてないですか?」

「ええ、大丈夫よ。アミールは大丈夫? ランニングに付き合えなくてゴメンね」

「いえ。ナオミさんはもう充分強いですし……エクルストンで領主様のご子息を組み伏せたナオミさん、格好良かったです!」

「フフフ、有り難う。ガイに毅然と意見してくれたアミールも格好良かったわよ」

「そんな……」

「コラコラ! 私がいるのに二人でイチャつくでない!」


 あ、そうだ、教皇様の馬車の中だった! 何となくお互いに手を取り合ってたいたが、慌てて離れて下を向く。ちょっと恥ずかしい。


「す、すみません」

「フフフ、でもナオミちゃんがちゃんと女性らしくて安心してるわ。良い旦那様を見つけたんだし、幸せになりなさい」

「はい。有り難うございます、教皇様」


 教皇様の優しい眼差しは、まるで母親の様。前世でも現世でも本当の母親にはウェディング姿を見せられなかったけれど、教皇様に見守って頂けるので幸せだわ。ここまでアミールは少し頼りない感じだったけれど、エクルストンであのバカ息子から私を庇ってくれた時は本当に嬉しかった。彼ならきっと生涯私のことを大切にしてくれるに違いないし、もちろん私も彼のことを大切にするわ。


 いよいよメイヨールに到着すると、物々しい行列に街の人々もアミールの家族も大慌て。皆に教皇様を紹介して今後自分がここの聖女になることも説明し、アミールや以前の同僚たちにも手伝ってもらって防衛装置に新しい魔石をセットして……と、まずやるべきことをこなすだけで三日ほどかかってしまって、教皇様たちにはお待ち頂くことに。ちょうどいい休暇になるからゆっくりやればいいとは言ってくださったけど、流石にあまりお待たせするわけにもいかない。


 作業を終えていざ結婚式! ドレスは作ってなかったので聖女の正装でいいやと思っていたけれど、前夜にお母様とお姉さんからドレスを渡された。泣いてしまった私を二人して抱きしめてくれて……私はこの領地に来て本当に良かったと改めて実感する。お姉さんはダイエットと簡単な運動メニューをしっかりこなしてくれていた様で、私たちが皇都に発った時よりも少し痩せていた! 以前よりも健康的に見えるし、この調子ならもっといけるはず。これからも頑張りましょう!


 ウェディングドレスを着て、今までにしたことないぐらいしっかりお化粧もしてもらって……鏡に映った自分が自分ではない様にすら思える。我ながら上手く化けたものだわ。やがて部屋にアミールがやってきて、私の姿を見て呆然としていた。


「ナオミさん、とてもお綺麗です!!」


 興奮した様子でストレートに表現してくれるアミール。そう言う彼の衣装もばっちり決まっていて、メイヨールの一族が結婚するときに代々着てきた衣装なんだそうだ。お母様はその姿を見て泣いておられた。


「こんなに早くあなたのその姿を見られるなんて……あの人にも見せて上げたかったわ」

「メイヨールの名に恥じないように、僕も頑張るよ」


 アミールにエスコートされて礼拝堂へ。古びてはいるけど厳かな雰囲気の屋内には扉の所から奥まで絨毯が伸びていて、その上を二人で静かに歩く。この日のためにわざわざ来てくださった教皇様、そしてアミールの家族……今日からは私の家族にもなるお母様と兄夫婦、珍しく正装の古参の兵士たちにエクルストンの私の同僚たち、皆に見守られながら祭壇に到着する。


「アミール・メイヨール、汝はナオミ・ウィンスレットを妻とし、その命ある限り共に歩むことを誓うか?」

「……はい!」

「ナオミ・ウィンスレット。汝はアミール・メイヨールを夫とし、その命ある限り共に歩み、メイヨールの聖女としてこの街と共にあることを誓うか?」

「はい」


 本来こちらの世界では指輪の交換はしないんだけど、私のわがままでさせてもらうことにした。皇都に行った時に買っておいたのよ! そしていよいよ誓いのキス。アミールに合わせて少しだけ膝を曲げると、ベールを上げる彼の表情から緊張が伝わってくる。腕に彼の手が添えられてゆっくり目を閉じると、不慣れな感じで唇が触れ合ってやがて離れていった。わ、悪くないわね。


「おめでとう、ナオミちゃん。あなたの花嫁姿を見られただけでも、ここへ来た甲斐があったわ」

「有り難うございます、教皇様」

「これからはナオミ・メイヨールとして、そしてこの街の聖女として役目を果たしなさい。ああ、ついでにエクルストンの方もね」

「御心のままに」


 教皇様にもお言葉を頂いて、今はもうこれ以上ないぐらい幸せな気分。皆の方に向いて挨拶すると割れんばかりの拍手が鳴り響き、その中を扉の方へと進む。礼拝堂を出るとそこには教皇様お付きの騎士たちが両側にズラッと並んでいて、その後ろにはいつの間にか来てくれた街の人々。そこでも沢山の歓声と拍手をもらって……私はこんなに祝福されていいものだろうかと、ちょっと恐縮してしまった。通路の先にはトリスタンが引く馬車が待っていて、トリスタンも前足をカツカツと鳴らすように足踏みして祝福してくれる。屋敷に戻ったらイッパイ撫でて上げないと!


 屋敷に戻ってから着替えて、少し休憩したら夜は宴会。もちろん教皇様も参加で無礼講とおっしゃったけど、流石に教皇様に絡める人なんていませんから! なので自動的に私とアミールがお相手することに。お母様と兄夫婦を先頭に、次々に教皇様に挨拶にきて、その間も教皇様はガバガバお酒を……私もお酒は強い方だけど、教皇様には敵わないわね。アミールは弱そうだからあんまり飲んじゃダメと思っていたけれど、お兄さんや兵士たちに飲まされて顔が真っ赤になっていた。


 宴会後にアミールはダウンして速攻で寝てしまったので、私一人で教皇様のお部屋へ。


「明日、皇都に戻られるのですか?」

「そうね。あまり留守にしても神官たちが大変でしょうし。改めて……おめでとう、ナオミちゃん。幸せになってね」

「有り難うございます」


 優しく抱きしめてくださる教皇様……今もこうして彼女の寵愛を受けている私は、本当に幸せなのだと思う。そして彼女の前で誓った結婚だから、アミールや家族、そしてこのメイヨールの街を大切に守っていこう。そう、この街の……メイヨールの聖女は私なのだから。

 


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