第16話 エクルストンの聖女

 通されたのは屋敷の特別な応接。ここにいた時は入ったことなかったけど、こんな部屋があったのね。入って一番奥の窓際に玉座っぽい椅子があり、そこに教皇様がお座りになる。その脇を二人の騎士が固め、私とアミールはそこから少し離れて立った。周りより高くなっているこの場所の下では、うやうやしくエクルストン卿以下三名が膝を付いて頭を下げた状態で、このピリピリした空気……何も悪くないエクルストン卿には気の毒でしかない。


「面を上げよ。お前が新しい聖女だな? 皇都では面会しなかったが、金で資格を買ったのか?」

「は、はい」


 消え入りそうな声で答えるララは、もう泣き出しそうだ。彼女の顔はどこか青白く、私を追い出した時よりもげっそりしている様に見えた。


「どうした? 顔色が良くないぞ」

「いえ、ご心配頂く様なことは……」


 あー、教皇様はララがどうしてこの様なことになっているのか分かっておられるわね。私も大体想像は付いている。私を追い出す時に魔力がしょぼいとか散々馬鹿にしたララだけど、いざ私の代わりをやってみてこの街の防衛装置を維持するのがどれほど大変かを思い知ったのだろう。


 防衛装置の核となっている魔石には魔力を貯めておける。この街の防衛装置は五本の柱から成っていて、私は各柱に三ヶ月分ほどの魔力を蓄積していた。それだけで防衛装置が万全に動作するわけではなく、五本の柱の均衡を保ちながら結界を維持する魔力も必要になる。要は電池である魔石は防衛装置を起動、動作させるための動力にはなるけれど、実際に結界を維持しようと思うと臨機応変に魔力を提供しなければならないのよ。


 魔石が魔力を消費していった場合、それを補う方法は二つ。皇都のみで提供されている魔力が込められた魔石を買い求めるか、聖女が魔石に再度魔力を充填するか。魔石は魔力を込め直せば何回でも使えるけど、メイヨールの魔石の様にその内劣化していく。ホント、前世の充電池だわ。私がここを追い出されたのはそろそろ充電が必要になる時期だったから、ララも苦労したでしょうね。って言うか、ちゃんと皇都で聖女の試験を受けていれば、こんなことは常識なんだけど。


「エクルストン卿、そこの聖女は心配する必要もないと言っているが、このままでは防衛装置もすぐに動作しなくなりそうだな。どうする? 聖女を派遣してやっても良いのだぞ。ここの魔石はかなり大きなものだし数も多い。並の聖女であれば……そうだな、三名ほどか? 月々金貨六十枚と言ったところか」


 高ぇ! とは思うけど、皇都から聖女を派遣してもらうと実際一人頭月に金貨二十枚ほど必要になる。こちらの金貨一枚は前世の十万円ほどの価値だから……二百万円! その内聖女に支払われるのは百万円分ほどなので、聖女と言うのは本当に高給取りなのよ。これが領地の負担となっているのも事実だけ解消する手段はあって、それは聖女が領地内の人間と結婚して且つ聖女を続けること。そうなると聖女には国から給料が出ない代わりに、領主も国に派遣料を支払わなくても良くなる。その後聖女に給料を払うかどうかは領主次第で、私の母は領主様のご厚意で結婚前と同じだけの給料をもらっていた。エクルストンほど大きな街だからこそできることね。


「恐れながら教皇様に申し上げます!」


 領主様が慎重に言葉を選んでなかなか口を開かないことに痺れを切らせたのか、あろうことかバカ息子のガイが唐突にそんなことを言い出した。領主様が慌てて止めさせようとするが、喋り続けるガイ。


「そもそもララがこの様になったのは、そこの前任者がろくに引き継ぎもせずに辞めたことによるもの。その者に責任を取るように言って頂きたい!」


 何を言い出すかと思えば、言うに事欠いてメチャメチャ言ってくれるわね。クビにしたのはあんただし、引き継ぎに現れなかったのはそこの性悪妹の方なんだから。呆れて言葉を失っていると、勘違いしたのか更に暴言を重ねるガイ。


「ナオミ! 貴様、我々を騙していたんだな! 魔力も弱いふりをしていたし、ろくに仕事もしてなかったではないか!」


 まあ、母の教えに従って魔力は本気を見せてなかったのは確か……でも、仕事はちゃんとしてましたけどね! あんたが見てなかっただけだろう。だんだん腹立ってきた! ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ! そう言おうとしているところに、先に反論したのは私でも教皇様でもなく、アミールだった。


「ナオミさんはそんな無責任なことをする人ではありません! いかに領主様のご子息とは言え、僕の大事な人への暴言は許せません。取り消してください!」

「アミール……」


 まさか彼がそんなことを毅然と言ってくれるとは思っていなかったので、怒りも消えて顔が熱くなる。ヤダ、カッコいい!


「貴殿は関係なかろう!」

「関係あります。ナオミさんは僕の伴侶となる人です。彼女への暴言は僕への、いえ、メイヨール家への暴言と同じです! それに聞いていればなんですか! 無理やりナオミさんをクビにしてこの街から追い出したのはあなた方でしょう? 防衛装置のことだって聖女としての常識を身に着けておけば、最初から明らかだったはずです。責任を取るのはあなた方の方でしょう!」

「やかましい!」


 痛い所を突かれて反論できなくなったガイは、凄い形相でアミールに掴みかかろうとする……が、そんなことを私が許すはずないでしょう? 考える前に反射的に体が動いて、ガイの腕を取って床に組み伏せていた。


「アダダダダッ!」

「エクルストン卿、敏腕と名高いそなたも息子の育て方は間違えた様だな。目障りだ」

「申し訳ございません」


 騎士に両脇を抱えられ、何やら喚きながらも部屋からつまみ出されたガイ。ララも若干ふらつきながら後を追う様に部屋を出ていってしまった。


「ナオミ、息子の不祥事は全て我が不徳の致すところ。嫌な思いをさせて申し訳なかった」

「頭をお上げください、領主様。あなたには大変お世話になりました。ご挨拶もなしに街を離れてしまったこと、私も申し訳なく思っています」

「厚かましいことは重々承知しておるが、今の聖女では足りない魔力を補ってもらうことはできぬだろうか。日々の調整程度であればあの者でもなんとかなるだろう。もちろん、報酬は支払う。君が金貨百枚と言うなら支払おう。ナオミの魔力であれば、一度魔力を注げば三ヶ月は持つであろう? 都度ここに来てもらうことにはなるが……」


 まさかそんなお願いをされるとは思ってなかったのでちょっとびっくり! でも教皇様も派遣してやるとおっしゃっていたし……彼女の方をチラっと見ると、ゆっくりと頷かれた。


「どうやらナオミちゃんの価値を分かっていなかったのは、あの二人だけの様ね。あなたの好きにするといいわ」

「有り難うございます、教皇様。それでは、領主様のご依頼を謹んでお受け致します。但し、二つ条件があります」

「条件?」


 一つは、今までと同じ給料をもらうこと。本当は只でもいいんだけど、それではガイとララの戒めにならないからね。そしてもう一つはフレーザーからメイヨールまでの街道の整備。普通は両端にある街が出資し合ってやるものだけど、フレーザーもメイヨールもそこまで裕福な街ではない。エクルストンの様な大きな街が工事費を負担してくれれば助かるし、三ヶ月に一度ここに来るのも楽になると言うもの。


「承知した。早々に手配しよう。教皇様と聖女様、それにアミール殿の温情に感謝致します」


 やっぱり領主様は凄いお人だ。この親からどうやったらあのバカ息子が生まれてくるのか不思議だけど、甘やかされて育ったんだろうなあ。願わくは今回のことで心を入れ替えて、彼にも将来立派な領主になってもらいたいものだわ。

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