第15話 故郷への帰還

 教皇様が聖女を選定してくださり、私とアミールもこれでようやく当初の目的を達成。先送りになっていた結婚式も行えると言うものよ。


 メイヨール領に向けて出発する当日、準備を済ませて皇城から出てみると豪華な馬車が停められていた。普通とは違い魔法で浮いているその馬車は、この街では時々見掛けるもの。乗せてもらったこともあるけれど、その乗り心地たるや前世の自動車以上だ。車輪もないんだから当たり前よね。私の感覚からすると、魔法で推進力も備え付ければもはや馬で引っ張る必要もないとは思うんだけど、そうなると操作できないからダメなのかな。


 しかしこんな馬車が用意されるとはよほど経験のある聖女様か、もしかして神官様が来てくださるのかも知れない。そう思いつつ近付いてみると、騎士や御者が何やら騒いでいる。どうやら馬車の前にでっかい黒い馬が立ち塞がって、御者の連れてきた馬を繋げずにいる様子。立ちはだかっているのは……トリスタンだ。


「どうされました?」

「この馬が動いてくれず、別の馬も怖がってしまって」

「ブルルルッ」


 チラッと私の方を見て鼻息を立てたトリスタン。え? 何? もしかして……


「あなた、この馬車をひきたいの?」

「ブルル」


 コクッと頷くトリスタン。もう、ワガママなんだから。でもどうしよう、流石に引かせてやってくれとお願いするのも厚かましい様な……でも引く気満々だし。


「どうした? まだ準備できておらぬのか?」


 そこにやってきたのは教皇様。わざわざ見送りに出てきてくださったのかしら? 一人の騎士が事情を説明すると、トリスタンの方に寄っていく教皇様。


「立派な馬ではないか。お前はナオミがこの馬車に乗ることを分かっているのだな」

「ヒヒィン、ブルルル」


 教皇様に撫でられてご満悦なトリスタン……それより、私が馬車に乗るんですか!? トリスタンに乗って帰ろうと思ってたのですが。


「あの、教皇様。私もこの馬車に乗ってよろしいのですか? 聖女様がお乗りになるのに」

「何言ってるの、あなたも聖女様でしょ。一緒に乗りましょう。アミールもね」

「は、はい!」


 こんなお心遣いを頂けるなんて……ん? 今『一緒に乗りましょう』っておっしゃいましたか?


「そうよ、メイヨールには私が行くから!」

「えーっ!」


 教皇様に失礼とは思いつつ、アミールと一緒に驚きの声を上げてしまった。教皇様と一緒に出てきてくれていた神官の方を見ると、呆れた様な諦めた様な表情。どうやら冗談ではないらしい。


「私では不満?」

「いえ、とても光栄ですが恐れ多いですし、前例も聞いたことありませんので」

「でしょうね、初めてだもの。でもナオミちゃんの結婚はちゃんとお祝いしたいの」

「……有り難うございます」


 私の手を取った教皇様に、もう感謝しかない。この世界でラケシス様と再会してから十年あまり、私は彼女の寵愛を頂いていたのだと実感した瞬間だった。


 恐れ多くも教皇様の馬車に同乗させて頂き、トリスタンに引かれてゆっくりと出発する。気難しい馬だけど、ちゃんと御者の言うことを聞いている様子。偉いわ、トリスタン。私の横に座ったアミールは、対面に座られた教皇様の高貴なお姿にガチガチだった。彼ほどではないが、私だって教皇様を前に緊張しているもの。


「アミール、お前は運が良かったな。ナオミほどの聖女が街を出ることなど、まずあり得ないのだから」

「は、はひっ! これも女神様のお導きと、感謝しております」


 その女神様は、実は目の前にいる教皇様と一体なんだけどね。アミールの言葉を聞いて教皇様はこちらに目線をやりつつ、クスクスと笑っておられた。バラしちゃダメですよ!


「メイヨールに行く前にエクルストンに立ち寄ろうと思うが、問題ないな?」

「エクルストンにですか!? あまりお勧めはしませんが……」

「まあ、ナオミちゃんは嫌でしょうけど我慢してちょうだい。私としてもあそこの新しい聖女は見ておきたいし」


 私に対しては友達の様な口調の教皇様。喋り掛けられる度に親近感を覚えてしまうんだけど、いつも『馴れ馴れしくしちゃダメ!』と自分を戒めている。それにしてもララを見ておきたいだなんて……正直、お金を積んで聖女になったララには会う価値もないと思うんだけど。そう言えばあの子はちゃんと聖女の仕事をしているのだろうか。今回皇都に行って分かったことだけど、私はまだエクルストンの聖女として登録されていた。それはつまり、ララが登録切り替えをしていないと言うことで、現在皇都での管理上はエクルストンに聖女はいないことになっている。メイヨールの様な地方都市であれば聖女不在の状態で防衛装置に魔力を注入することは黙認されているが、エクルストンほどの大都市となるとそうは言ってられないだろう。恐らく教皇様はそのことをご存知の上で、エクルストンに立ち寄るとおっしゃっている。


 皇都ベレスフォードからエクルストンまでは普通二日ほどかかるけど、トリスタンが頑張ったお陰か一日半で着いてしまった。教皇様の護衛として同行していた騎士たちの馬も付いてくるのが大変だったでしょうね。魔法の馬車は浮いているだけに揺れることもなく快適で、私たちはあまりスピードを感じることもなかったけれど。黒い巨大な馬に引かれた白い魔法の馬車は案の定門番に止められてしまったが、私と顔見知りの兵士だったため顔パス。三十人ほどの騎士を引き連れた馬車が大通りを走る様は否が応にも人目を惹くわね。


 領主様の屋敷に着くと、領主様や息子のガイとララ、隣の役所からも人々が出てきて興味深そうにこちらを伺っていた。教皇様に言われてまず私が降り、その後にアミールが続く。


「ご無沙汰しております、領主様。お戻りだったのですね」

「ナオミ! これはどういう……いや、まず君には謝罪をせねばなるまいな。そちらは?」

「アミール・メイヨールと申します、エクルストン卿。お会いできて光栄です」

「ほう、と、言うことは現メイヨール領主殿の弟君か。お初にお目にかかる」


 流石領主様だ。バカ息子と違って対応がしっかりしていて、アミールのことを年下だからと見下すことなく握手して迎え入れてくれた。


「久しいな、エクルストン卿」


 そこへ満を持して教皇様登場。最初こそ状況が飲み込めずキョトンとしていた領主様だったが、慌てて跪く。


「父上、こちらの女性は?」

「馬鹿者! こちらは教皇様だ。頭が高い!」


 父親にそう言われて慌てるガイとララ。フフ、ちょっといい気味と思ってしまった。反省、反省。


「ナオミほどの聖女をクビにしてまで代わりに据えた聖女だ。さぞ優秀なのであろう? 見に来てやったぞ」


 教皇様も意地悪だなあ。彼女の言葉にガイはマズいと言った表情を浮かべ、ララに至っては小刻みに震えていた。


「立ち話も何だ、中に案内してくれるか?」

「ははっ!」


 恐らく野次馬で集まった役所の人たちは教皇様を間近で見るのも初めてだろう。ザワザワすることもなく、その美しさにただただ感嘆のため息を漏らすだけだった。教皇様に続いて私たちも屋敷の中に入ろうとすると、少し離れたところから声が。


「ナオミ様! おかえりなさい!」


 そこにいたのは仕事仲間だった女性たちで、小さく手を振って挨拶をする。また後でアミールを紹介しに会いにいくから、待っててね。

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