第13話 皇都へ
あの夜のアミールは男らしかったなあ。必死になっているところも可愛かったし、何より私のことを心配してくれているのが良く分かったし。出会ってまだ間もないけれど、彼はきっといい旦那さんになってくれるわね。私のことを女性として好きなのかどうかはまだ良く分からないけれど、そうなる様に私も彼に対して誠実でいなければ。なるべく心配は掛けないようにしなくちゃね。
あの事件のお陰でお姉さんとの仲も改善して、屋敷の雰囲気も格段に良くなった気がする。お姉さんはダイエットしたいらしいから、これでもっと彼女とは仲良くなれそう。本当はすぐにでもトレーニングメニューを組んで一緒に頑張りたいところだけど、私は皇都に行かなくちゃいけないから本格的には帰ってから。私がいない間は食生活を改善してもらって、帰ったらすぐにトレーニングに取り組める様にしておいてもらおうか。
出発までは日にちがなかったけれど、ダイエットメニューと簡単な運動メニューをお姉さん用に作って手渡しておいた。こういう時は前世でジムのインストラクターをやっていたことが大いに役立つわね。メニューは食事の量を落とすものではなく、食材や食べる順番を変えるもの。運動も日常生活の延長でできるものばかりなので、お姉さんならきっと続けられるはず。私の経験ではお姉さんの体型なら一ヶ月で三、四キロは落ちるはずだわ。
そしていよいよ出発の日。私とアミールの二人だけだし馬車も用意できなかったので、それぞれが馬に乗って皇都へと向かうことに。私はトリスタンと一緒に行くことにしたけれどアミールの馬は当然トリスタンより小ぶりな普通の馬で、その体格差にちょっと不満そうなアミール。並んで歩くと自分が小さく見えるのが嫌なんだとか。背はアミールの方が私より少し低いぐらいだけど、そういう所に拘るのもちょっと可愛い。
「お、大きいですね」
「格好いいでしょう? この子はこの筋肉が自慢なのよ。ねえ、トリスタン」
「ブルルル」
筋肉を誇示するように胸を張ったトリスタン。アミールが乗っている馬も整った体型のいい馬だけど、トリスタンが特別なのよね。兵士に聞いた所では、どうやら馬の種類も違うらしかった。さあ、いよいよ出発よ。よろしくね、トリスタン。
「ナオミさん、アミールを宜しくお願いしますね」
「母さん! 逆! 逆だから!」
「アミール、ナオミさんの言うことを良く聞くんだぞ」
「危険なことがあったらナオミさんに任せて、あなたは逃げるのよ」
「もう! 兄さんと姉さんまで!」
家族にからかわれてアミールは少し拗ねて見せていたが、私からすれば実に微笑ましい光景だわ、家族から大事に思われている証拠だもの。私なんか寄ってたかって追い出されたんだからね! 防衛装置には魔力を込めておいたので、恐らく一ヶ月程度なら大丈夫なはず。お母様に負担を掛けたくはないけれど、もしもの時は魔力を込めるからと言ってくれた。皇都までは片道で一週間程度だから、あちらにしばらく滞在することを考えても少し余裕はありそうね。
道中、フレーザーまでは魔物が出たり盗賊が出たりで危険とされているけど、今回も遭遇せず。多分私が聖女で護符を持っているからだろうけど、これって盗賊除けにもなってる? 前回メイヨールに来た時も盗賊には遭わなかったから、実は盗賊なんていないのかも知れない。無事フレーザーに着いたので、ここからは旅のもう一つの目的、アミールの特訓開始よ。彼の筋力をアップしたいと言う要望に応えて、私が特訓することになったわけ。
「どうやったら筋肉が付きますか?」
宿の部屋でアミールが聞いてきたので、取り敢えず服を脱いでもらうことに。
「えっ、ここで!?」
「夫婦になるのだから、恥ずかしいことはないでしょう? 下着は着ていてもいいから」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいなあ」
服を脱いで丁寧に畳み、パンツ一枚の下着姿で私の前に立つ。色白で肌もスベスベ。腕の毛やすね毛、もちろん胸毛なんかも生えておらず……腕でもう片方の腕を掴む様にして立っている姿は、ちょっと女性っぽい。筋肉が全く付いてないわけではないけれど、今の段階では剣や槍など武器を扱うのは無理そうね。彼の背後に回り込んで背中を見てみると……本当にスベスベで、思わず触ってしまう。
「ちょっ……くすぐったいですって」
「うーん、筋肉が付いちゃうともったいない気もするわね。もうこのままでいいんじゃない?」
「えーっ、でも強くならないとナオミさんを守れないし」
そう言われてしまうと、トレーニングしないわけにもいかないわね。見た所、お兄さんほどムキムキになるタイプでもなさそうだから、まずは持久力を付けましょう。それから徐々に筋力を向上させて、細マッチョを目指しましょうか。戦闘時はパワーで押すよりスピード重視の方がいいかなあ。
「じゃあ、ランニングに行くわよ! 着替えて」
「い、今からですか!?」
「もちろん! 夕飯前に運動して、しっかり食べて、しっかり寝るのもトレーニングなんだから」
「分かりました……」
あまり乗り気ではないアミールを連れて、夕暮れの街中をランニング。案の定すぐにバテてしまったので、そこからは少し早足のウォーキングで宿に戻る。軽くシャワーを浴びてから夕食を取ると、速攻で寝てしまったアミール。最初はこんなものね。でも重要なのは続けることだから、明日からも頑張ってね。
昼間は移動し夕方はトレーニングと言うことを繰り返し、予定通り一週間で皇都に到着する。アミールも最初に比べれば随分長距離ランニングをこなせる様になっていて、ペースも随分上がったわね。まだ筋力向上のトレーニングはしていないけれど、体つきがちょっとしっかりした気がする。以前よりも足腰がしっかりして姿勢が安定したからかしら?
皇都ベレスフォードはエクルストンと比べても巨大な都市。その門の大きさだけでも来た者を圧倒する。私も最初来た時はびっくりしたもんなあ。例に漏れず、アミールもその大きさにあんぐり口を開けて固まっていた。
「こ、ここが皇都!?」
「そうよ。この門だけでも凄い威圧感でしょう? 全てに於いてスケールが違うのよ、ここは」
初めて来た者は煩雑な手続きが必要なんだけど、聖女が一緒だと比較的簡単に通してくれる。門のところで並んでる人たちを横目に、私たちはあっさりと中に入れてもらえた。
「手続きは良かったんですか?」
「フフフ、私は何回か来ているから、簡単な手続きでいいのよ」
「へぇー」
門をくぐるとそこは大通りで、メイヨールの大通りの幅三倍はありそうな道が真っ直ぐ伸びている。その先にある巨大な皇城が教皇様のおられる所で、これだけ広い通りなのに交通量がすごく多いのでちょっと混雑している様にも感じる。そんな中でもトリスタンの大きさは人目を引いて、『凄い!』とか『大きい!』とか言われてちょっと得意げ。ホント、この子は目立つのが好きみたいだわ。一方でアミールは目を丸くしながら周りをキョロキョロ……恐らくは初めて見るであろう高い建物や大勢の人にただただ感嘆するばかりだ。まあ、最初はそうなるわよね。
大通りをしばらく進んだ所で、前方から数人の騎士が馬に跨ってこちらに走ってくるのが見えた。警備か何かかと思いきや、騎士たちは私たちの前まで来て止まる。
「アミール・メイヨール様とナオミ・ウィンスレット様ですね? 教皇様がお待ちです」
「えっ!? そ、そうですけど、なんで教皇様が!?」
教皇様にはそうそうお目通りできるものではないし、用事だけ済ませてさっさと帰ろうと思ってたけど……どうやら私たちがここに来たことは全てお見通しだった様子。わざわざ迎えまで寄越してくださったからには、お会いしないわけにもいかないか。
「行きましょう、アミール」
「う、うん……」
緊張した面持ちのアミールと共に、騎士に従って皇城へと向かう。いつもなら教皇様にお目通りする際は聖女の正装をすべきだけど、今回はその暇もなく……着いて早々に教皇様の間へと通されたのだった。
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