第12話 約束

 僕は怒っていた。ナオミさんが誘拐された姉さんを助け出してくれたことは、素直に凄いと思うし感謝もしている。それは兄さんや姉さんも一緒だろう。でも、どうして一人でそんな危険な場所に赴いたのか……皆で手分けして姉さんを探すことになった後、彼女は真っ直ぐ姉さんが囚われていた場所に向かったらしい。夫婦になるんだから僕に相談ぐらいしてくれても良かったのに……僕では何の役にも立たないと思ったのかも知れないけれど、それでも家族には相談して欲しかったと思ってしまう。


 姉さんにどういう状況だったのかは聞けなかったけれど、後からその場所に向かった兵士が発見したのは気絶した状態で捕縛された悪党たち。ルパートだって傭兵上がりの兵士なんだからきっと剣で襲いかかってきただろうに、ナオミさんはどうやって彼らを制圧したのか。彼女には魔力があるから魔法? それとも実はすごく強い?


 モヤモヤしつつも、自分の思っていることを彼女に伝えるべく彼女の部屋へ。部屋に招き入れられると彼女は少し薄いパジャマを着ていて、その姿にドキドキしてしまう。我ながら童貞はこれだから……いや、そんなことではなく、ちゃんと自分の思っていることを伝えないと!


「どうしたのアミール、こんな時間に。夜這い?」

「そ、そんなんじゃありません!」


 ダメダメ! 彼女のペースに巻き込まれたら言いたいことも言えなくなってしまう! ただでさえベッドに隣り合わせで座って心臓の鼓動が速くなっていると言うのに。


「コホンッ……ナオミさんは、どうして一人で姉さんの所に向かったんですか? 姉さんがあの場所にいたこと、知ってたんですか?」

「そうね。防衛装置を見にいった時、あの辺りに魔力を感じたから、誰かいるだろうとは思ってたわ。それが悪党の中の一人だったみたいね」

「じゃあ、どうして僕たちに相談してくれなかったんですか!?」

「……」


 そう言うとジーッとこちらを見つめるナオミさん。少し怒って見せたつもりだったけど怯んだ様子もなく、薄っすらと微笑んでいる様にも見える。


「大勢であの場所に行ったら、相手も警戒してシャロンさんを盾にして無謀な行動に出たでしょうね。相手の要求が来るのを待ったとすれば、今度はお兄さんが一人で行くことになって二人の命が危なかったでしょう。私一人で行って相手が油断したところを叩くのがベストの方法だったのよ」

「でも、それじゃあナオミさんが危険な目に遭うかも知れないじゃないですか! そりゃ僕では何の役にも立たなかったでしょうけど、ナオミさんを危険な目には晒したくなかったです」

「フフフ、有り難う、心配してくれて」


 そう言いながら僕の手を取って立たせ、少し離れて向かい合わせになる。


「私をベッドに押し倒してみて」

「えっ!? いや、そういうことは結婚してから……ってなんでそういう話になるんですか!」

「いいから。押し倒せたら、私のことを好きにしてもいいのよ。まあ、夫婦になるんだからいつだって好きにしてもらってもいいんだけど」

「ナオミさん!」

「さあ、どうぞ」


 挑発されているのか、ひ弱だから馬鹿にされているのか……ちょっとムキになってしまって言われた通り彼女に掴みかかるよう向かっていき、ベッドに押し倒そうとした。が、結果的に押し倒されたのは僕だった。


「???」


 何が起こったのか分からない……ただ、僕は押し倒されてナオミさんに胸を押さえつけられていて身動きできない。彼女は僕に跨る様な姿勢で上から僕のことを覗き込んでいて、その冷たい視線に一瞬恐怖すら感じる。でも、次の瞬間にはいつもの優しい雰囲気のナオミさんに戻っていた。


「どう? 私はある特殊な武術を体得していて、それはとても実践的なものなの。正直あの程度の相手では物足りないぐらいだったわ。今のままだったら、アミールは私に守られる側よ」


 それは分かっている……まさかナオミさんがそんなに強いとは思ってなかったけれど、今の自分では彼女を守ることすらできないことは最初から分かっていた。でも以前に告白したことは嘘じゃない。


「それでも……僕は強くなってあなたを守れる様になってみせます! だから、ナオミさんもあまり危険なことをしないで欲しいです。待ってもらうので申し訳ないんですけど、守る相手がいなくなったら困るから」

「フフフ、そうね。今後は一人で黙って行動したりしないと約束するわ」

「絶対ですよ! ……有り難うございます」


 そう言うとナオミさんに引っ張って起こされ、ベッドの上で向かい合わせに……そしてそのまま抱きしめられてしまった。彼女の胸に顔を埋める形になってしまって、忘れていた興奮が押し寄せてくる。


「んー、んー!」


 恥ずかしさからもがいているとやがて開放されて、彼女の手が僕の股間に伸びてきた。


「!!」

「結婚後と言わず、今すぐしてもいいのよ。私はあなたのものなんだから」


 理性が吹っ飛びそうになりながら、なんとか彼女の肩を掴んで少し体を離した。もう! なんでそんな意地悪するんですか!


「だ、ダメです! 僕はちゃんと結婚式を上げるって決めたんです! だから……」


 必死に自分自身の欲望に抗っていると、またナオミさんに引き寄せられて唇を塞がれてしまった。こ、これが女性とのキス!? 柔らかくて温かい彼女の唇の感触で、完全に思考停止してしまう。


「アミールは真面目なんだから。でも、そんなあなたも好きよ。でもキスして一緒に寝るぐらいはオーケーかしら?」

「……」


 ボーッとしたまま無言で頷く。そのまま二人で彼女のベッドに入ったものの……彼女に手を繋がれたり抱きつかれたりしてほとんど眠れなかった。女性経験のない僕には刺激の強すぎる出来事……ナオミさんに告白した時には色々と決意したつもりだったけれど甘かったと思い知る。いや、それでも僕は彼女を守れる男にならなきゃダメなんだ。とにかく皇都に行って成すべきことを成さなければ。

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