第11話 圧倒的
突然エクルストンから私の夫の嫁候補!? として訪ねてきたと言う女性。どうやら古い釣書を持ってきたらしいけど、彼女はとてもスマートで知的で、何より美人な女性だった。私はこのちょっとぽっちゃりな体型がコンプレックスで、常々痩せたいとは思ってはいても痩せられず……夫であるフォーブスは『そんなの関係ない、今のままでも充分可愛い』と言って私のことを愛してくれてはいるんだけど……ナオミさんの様な女性が近くにいたら、そちらになびいてしまうかも知れない!
幸いにして彼女は義弟であるアミールの婚約者と言うことになって一安心……だけど、最初に抱いてしまった印象から、どうしても仲良くできないでいた。ナオミさんに悪気がないことは分かっている。でも、彼女のスラッと引き締まった体型を見ていると、どうしても嫉妬してしまうの。
そんな時、想像もしていなかった災いが自分の身に降り掛かった。街で買い物をしていたらわけも分からないまま馬車に押し込まれてしまい、連れて行かれたのは多分結界の外。猿ぐつわをされて柱に縛られ、必死で声を出して抵抗しようとしたら頬を叩かれてしまった。恐怖からもう黙るしかなく、ただただ涙が頬を伝う……私をぶった男には見覚えがある。確か、最近兵として雇ったルパートと言う男だ。その部下なのか仲間なのか、人相の悪い男女が計四人。彼らの話から、どうやら彼らはこの領地を破滅に追いやろうとしているらしかった。
なんとかフォーブスにこのことを……いえ、もし彼が呼び出されてここに来たとしても、多分私共々殺されて終わり。それはきっと彼らの思うツボだわ。もう絶望しかないけれど、私も領主の妻として腹を括らなければ。私の命だけでこの状況を乗り切れるのであれば……もし、フォーブスが領地のためにその様な選択をしたとしても、彼を恨んだりしないわ。
実際、悪党どもはフォーブスを一人でここに呼び出す算段をしていて、私もいよいよかと覚悟した頃、不意に部屋の扉が蹴破られた!? フォーブス、どうして来てしまったの! 最初はそう思ったけれど、そこに立っていたのは女性……ナオミさん!?
――ダメ、逃げて! どうしてあなた一人でこんな所に!?
と、猿ぐつわをしたまま叫んでも彼女に伝わるわけもなく……彼女は逃げるどころか悪党たちから今回の目的を聞き出すと、あろうことか戦う構えをしたのだった。しかも指には何か武器の様なものをはめているけれど剣も持たず丸腰……ああ、どうして神様はこんな残酷なことを……ここに来たのが夫や兵士であったなら、まだ助かる可能性があったのに。
しかし私の思いなど関係なく戦いが始まってしまう。最初に仕掛けたのは自らを聖女と名乗った女性で、彼女はその魔力で火の玉を作り出しナオミさん目掛けて放ったのだった。
――ああ、ナオミさん!!
容易に想像できた悲惨な結果に目を背ける。が、次の瞬間耳に入ってきたのはドカンッ! と言う何かが壁にぶつかる音。
「ウグッ……」
短いうめき声がした方を見ると、恐らく強烈な力で壁に叩きつけられた聖女が、気絶して床にドサっと崩れ落ちる姿。えっ!? 一体何が!? その答えは直ぐに目に飛び込んできた。
ある男は足を払われ、体勢を崩した所をナオミさんに蹴られて気絶。別の男は剣を振り下ろした腕を簡単に取られ、あらぬ方向に曲げられてボキボキと嫌な音を立てた。
「ギャーッ!」
と、悲鳴を上げるものの、次の瞬間には後頭部を殴られて気絶。すぐ傍にいた男はボコボコに殴られた後に窓を突き破ぶるほど吹き飛ばされて戻ってこなかった。残りの一人はもっと悲惨で、股間に強烈な蹴りを入れられた後に顔面に膝蹴りを食らっていた。残ったのはルパートのみで、傭兵としての経験が豊富なハズの彼でさえ、目の前で起こった一方的な戦いに恐怖し後退っている。
「お、お前! 何者だ!」
「さあ、何者かしらね。ただ一つ確かなのは、今からあなたを殴り倒すと言うことよ」
「ク、クソッ!」
もうダメだと思ったのか、ルパートは彼女に背を向けて、剣を振り上げながら私目掛けて走ってきた。計画失敗を理解し、私の命だけでも……と言うことか。この距離ではナオミさんは間に合わない! 私の命運もここまで……と思ったが、次の瞬間にはナオミさんが私の前に立ちはだかっていた。
「!?」
そこからは何が起こったのか良く分からなかったが、ルパートの剣は折れ彼の体は反対側の壁まで吹き飛び、更に追い打ちを掛けるナオミさんの膝蹴り。壁を突き抜けるんじゃないか、と言うぐらい大きな鈍い音がして、声もなくルパートの体が床に落ちる。ナオミさんはその足で私の所に走ってきて、猿ぐつわと体を縛っていたロープを切ってくれた。
「シャロンさん、大丈夫ですか!?」
頭の整理ができていなくて呆然としていたけれど、彼女にそう言われて安堵から涙が込み上げる。
「ううう……うわーん、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「もう大丈夫、大丈夫ですから」
自分が冷たく接していたのに救ってくれた彼女への謝罪だったのか、とにかく謝りながら彼女にしがみ付いて大声で泣いてしまった。彼女はそんな私をしばらく優しく抱きしめていてくれた。
ナオミさんが気絶した悪党たちをローブで縛るのを待って、二人で屋敷へと向けて夜道を歩く。まだ少し恐怖心が残っているけれど、彼女の隣にいると何故か安心できた。まずはちゃんとお礼を言って、謝らないと……
「有り難う、ナオミさん。あなたは武術を?」
「えっ!? ああ、えーっと、以前いた街で少々」
「そう、でも凄かったわ。その……すごく格好良かった。あなたが男性だったら惚れちゃってたかも」
「もう、お姉さんは冗談がお上手ですねえ。あれぐらい普通ですよ! ハハハハ」
全然普通じゃないから! 惚れちゃった、と言うのは冗談じゃないわよ。現に、私はあなたのこと、好きになっちゃったんだもの。
「あのね……屋敷では冷たくしてごめんなさい。私その……この体型に少しコンプレックスがあって、キレイなあなたを見て嫉妬してたんだと思う」
「お姉さんも充分お美しいと思いますけど?」
「そんなことない! 本当は痩せたいんだけれど、なかなか……」
そこまで言うと、彼女は私の前に回り込んで私の手を取った。
「痩せられますよ! もし本当に痩せたいのなら、私がお手伝いします! 無理なく、太りにくい体を作りましょう!」
「えっ!? あ、うん、お願いします」
どうして彼女が痩せることにそれほど反応するのか分からないけれど、とても嬉しそうにキラキラした瞳で私を見る。な、何!? 人を痩せさせることが好きなの!? でも彼女に協力してもらえるのなら、本当に痩せられそうな気がする。それぐらい心強い。
そうこうしている内に屋敷に着くと、私の姿を見るなりフォーブスが駆けてきて力強く抱きしめられた。それで一気に緊張の糸が切れて、ヘナヘナとその場に座り込んでまた泣いてしまう。ナオミさんに助けてもらったことや、ルパートたちが話していた隣の領地のこと、魔石のこと、伝えたいことは沢山あるのに言葉にできず、ただ彼の腕の中で嗚咽していた。それと同時に、フォーブスや家族が私のことを愛してくれていることを実感する。私もこれからは彼らを、そしてナオミさんをもっと大切にしなければ! そんなことを誓った夜だった。
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