第10話 誘拐事件

 アミールからの告白は想定外だったけれど、とても嬉しかった。少し幼さの残るその顔はいつになく真剣で、必死に説明する彼に母性をくすぐられてしまった。私……年下好きなのかも! 前世では年下の男性と付き合ったことはなかったけれど、アミールのことはとても可愛く思える。正直まだ恋愛感情とまではいかないけれど、これから付き合っていけば愛おしさも芽生えるに違いない。彼は誠実だし、きっと私を大切にしてくれるわ。


 アミールの家族も二人の結婚、いや、まだ婚約かな? を祝福してくれたけれど、兄嫁のシャロンさんだけは別。なんだろうなあ、ちょっと敵視されてると言うか警戒されていると言うか。アミールと婚約して旦那さんを取らないことは分かったんだから、そこまで警戒しなくても……それとも、何か別の理由があるのかしら?


 兄嫁と仲良くなりたいと思いつつ、なかなかきっかけを掴めないまま数日が過ぎた。アミールと私が皇都に向けて出発するのは三日後だから、兄嫁さんのことはまた帰ってきてからかなあ……そんなことを考えている時、事件が起きる。


「アミール、ナオミ、シャロンを見なかったか?」

「姉さん? 姉さんなら街に行くと言って出掛けていったけど……帰ってないの? 一時間ぐらい前だったから、そろそろ帰ってくるんじゃない?」

「そうか……いや、すまなかったな。もう少し探してみる」


 この時間、兄嫁さんは自らお茶を入れてお兄さんのところへ行き、一緒にお茶を飲みながらお喋りするのが日課になっているらしい。それが今日は来なかったのでお兄さんが探しにきた様だ。と、しばらくして屋敷に走り込んできたのは兄嫁さんではなく、街の人だった。


「た、大変だ、領主様! シャロン様が馬車で連れ去られた!」

「なんだと!」


 息を切らせながら男性がその時の様子を説明してくれる。兄嫁さんが買い物をしていると、いきなり現れた馬車から数人の男が降りてきて彼女を連れ去ってしまったらしい。


「一体誰が!?」

「わ、分からねえ。でも、他のヤツが言うには、馬車の中に一人兵士が乗っていたと……」

「!!」


 お兄さんは凄い勢いで部屋を出ていき、兵舎の方へ。しばらくすると走って戻ってきたお兄さん。どうやらいなくなった兵士が分かったらしい。


「ルパートのヤツがいない。今朝から姿を見ていないそうだ」

「ルパートって……最近入った、確か傭兵上がりの?」

「そうだ。最近の討伐では良い戦力になってくれていたんだが……」


 この街は結界が衰えているせいもあって、最近は兵を集めるのも一苦労らしい。しかし魔物討伐には戦力が必要なので財政がギリギリの中少し高めの値段で兵を雇っているため、傭兵上がりの兵士も応募してくるんだとアミールが説明してくれた。


「兄さん、心当たりはないの!?」

「ない。しかしシャロンをさらったと言うことは、領主である俺に恨みだか要求だかがあるんだろう。とにかく探さなければ!」

「僕たちも探すよ! ナオミさん、手伝ってもらえますか?」

「ええ、もちろん」


 お兄さんが信頼している古参の兵士たちにも声掛けして、手分けして兄嫁さんを探すことに。でも、私には大体の見当が付いていた。この服装での戦闘は不利だから、着替えてから行った方が良さそうね。この世界に転生して、記憶を取り戻してから十年ほど。ようやくこの戦闘術を試せる時がきたわ!


 アミールやお兄さんが街中を探す中、私は防衛装置の結界の外へ出て今は動作していない装置の近くへ。この辺りは魔物侵食を受けているので人が住めないとアミールに聞いたけれど、装置の様子を見に来た時確かに誰かの魔力を感じた。その時は『あれ? 誰かまだ住んでる?』ぐらいに思っていたんだけど、兄嫁さんが誘拐されたと聞いて色々と繋がったのよ。


 魔力を感じた辺りに行ってみると、薄暗くなってきた景色の中で一軒だけ明かりが点いている建物が。どうやら私の推理は正しかった様子。ご丁寧に、表に人相の悪い男が見張りに立っていた。


「おうおう、なんだねーちゃん! ここは酒場じゃねーんだぞ、とっとと帰んな!」

「そう。それはご丁寧にどうも。ちょっと寝ててもらえるかしら?」

「何だと!? ……うっ!」


 鳩尾にナックルダスターを付けた拳をめり込ませると、簡単に崩れ落ちる男。うんうん、腕は鈍ってない様ね。邪魔者がいなくなった所で、建物のドアを思い切り蹴破ると、中にいた合計五名の男女はまさに鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていた。そして一番奥の柱にくくりつけられているのは兄嫁さんだ。


「んー、んー!!」


 猿ぐつわをされているので言葉にならないが、私一人で来たのを見て『逃げろ』とでも言ってくれてるのだろう。


「シャロンさん、無事ですね? 大丈夫ですよ、直ぐにこいつらを片付けますから」

「あぁ!? 何だねーちゃん! ん? あんた、確か領主のところに嫁入りにきたマヌケか!?」


 誰がマヌケだ! まあ、五年前の釣書を持って訪ねてきたんだからマヌケはマヌケだけど。悪党のあんたに言われるとムカつくのよ!


「マヌケで悪かったわね。シャロンさんは返してもらいます」

「ここが分かったのは褒めてやるぜ。しかし、一人で来るとは……あんた、やっぱりマヌケだぜ!」


 悪党の仲間たちがいやらしい笑い声を立てる。笑ってられるのも今の内なんだから!


「防衛装置の魔石を抜いたのはあなたたちね。そこの女性は聖女崩れかしら?」

「良く分かったな。しかしそいつはれっきとした聖女さ」

「崩れ、とは失礼しちゃうわ。私は国に従っているより、こうやって彼らに協力した方が儲かるからそうしてるだけ。防衛装置の維持に一生捧げるとか、そんな奴隷みたいな仕事はつまんないでしょ?」


 そういう考え方もあるわね。前の領地ではバカ息子に嫌気がさして、いつか辞めてやろうと思っていたから気持ちは分からなくもない。辞める前にクビになっちゃったけどね。


「あなたたち、この領地を潰したいわけ?」

「ハハハハ、冥土の土産に教えてやろうか? この領地にはなあ、魔石の鉱脈があるんだよ。隣の領主がそこを欲しがっててなあ。俺たちは雇われたってわけさ」


 メイヨール領が弱りきったところで隣の領地が攻め入るなり支援を申し出るなりして、鉱脈を奪い取るのが狙いらしい。もう一息と言うところで私が現れて装置のことに気が付いてしまったので、兄嫁さんを誘拐すると言う強硬手段に出たってことね。


「シャロンさんを誘拐したって、この領地は奪えないと思うけど?」

「領主が死んでしまえば残るは兵士のみ。知ってるか? ここの兵士は元々傭兵だったやつらが多いんだ。金さえ積めば簡単に寝返るんだよ、俺みたいにな!」


 なるほど、街の状態を維持するために傭兵上がりを兵士として雇っていたことも、隣の領主の思惑通りだったってことか。そしてお兄さんもシャロンさんも、皆を殺してしまう予定ってこと……


「手加減の必要はなさそうね」

「手加減? ねーちゃん、あんた一人だろう? しかも丸腰で俺たちに勝つつもりでいるのか? 面白ぇ」


 ルパートと言うリーダー格が指をパチンッと鳴らすと、今まで耳障りな声で笑っていた荒くれ者どもが剣を握って立ち上がる。剣を使う男が四人に、魔法を使う女が一人……肩慣らしにもならないけれど、片霧流戦闘術を存分に味わってもらいましょうか!

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