第8話 街の様子

 あー、もう! 寝起きも最悪だ……よく寝たけど。継母め、あの釣書がもう無効なものだと知ってて私に手渡したわね。あの女の言うことを信じてホイホイここまで来た私も私だけど。あの時はとにかくあの気持ち悪い人たちから距離を取りたかったから仕方ないんだけど……よく考えたらバカ正直にこんな田舎街に来なくても、皇都にでも行けば良かった。皇都なら聖女として働ける次の街も斡旋してくれただろうし。そう言えばこの街の結界は弱いわね。防衛装置が動いていると言うことは聖女がいるんだと思うんだけど……ララみたいに魔力の弱い聖女様なのかしら?


 それにしても、これからどうしようか。やっぱり皇都に向かう? ここからだと結構時間がかかるけど、トリスタンが一緒なら大丈夫な気はする。でも、しばらくはゆっくりしたいしなー。メイヨールの方々に甘えるのは悪い気もするけど『何泊でも』とは言われているし、しばらくお世話になるかな。その内お茶漬けを勧められたりして。


着替えて部屋を出るとメイドがいて、別の部屋に案内される。ウィンスレット家は貴族なので自分の屋敷ではそれなりの格好をしていたけれど、その手の服は全部置いてきたから今は町娘の様な服装。ちょっと場違いな感じはするけど仕方ない。メイドに付いていくとダイニングの様な部屋に朝食が用意されていた。テーブルに着いているのは昨日も会った弟のアミール、それに中年ながら品のある女性……多分アミールの母君ね。そしてもう一人私と同い年か少し年上ぐらいの若干ぽっちゃり気味な女性。案内されるままに席に着くとそのぽっちゃり女性にキッと睨まれ、彼女はそのまま不機嫌そうな面持ちで立ち上がって部屋を出て行ってしまった。よそ者だし、嫌われてる?


「おはようございます」

「まあまあ、あなたがナオミさんね。良く来てくださったわ。私はフォーブスとアミールの母親で、ステラ・メイヨールよ」

「すっかりお世話になってしまって……改めまして、ナオミ・ウィンスレットと申します。先ほどの女性は?」

「兄さんの奥さんでシャロンさんです。ちょっと昨日からご機嫌斜めみたいで、すみません」


 恐縮しながらアミールが教えてくれる。ああ、領主様の奥さんね。私がいきなり領主様との結婚……なんて言いながら訪ねてきたから警戒されてるのかもなあ。


 朝食を取りながら奥様が色々と教えてくださる。奥様の旦那様、つまり前領主様が魔物討伐で亡くなられて、フォーブス様が若くして領主になったこと、以前はこの街にも聖女がいたけれど今はおらず皇都から聖女を迎えるお金もないため、奥様がなんとか防衛装置に魔力を注いでおられること、それでも徐々に街が侵食されていて人もどんどん減ってしまっていること、などなど。


「ごめんなさいね、昔ならもう少しマシな街の様子を見て頂けたでしょうに」

「いえ、私が勝手に訪ねてきただけのことですので。泊めて頂けたこと、感謝しております」


 朝食を頂いている間、奥様はニコニコしながら私を見ていて、時々隣に座っていたアミールの方も。彼はこういう雰囲気が苦手なのか、どこかソワソワと居心地が悪そうだ。


「ところで、ナオミさんはフォーブスと結婚するためにここに来てくださったと聞きましたわ」

「はい。そのつもりでしたが、どうやら無駄足だった様で……」

「これからどうされるおつもり? 元いた街に戻るのかしら?」

「そうですね……特に何も決めておりませんが、皇都にでも行ってみようかと」

「あなたさえ良ければずっとここにいてくれてもいいのよ。結婚願望がおありだったらアミールはどうかしら? 親の私が言うのもアレだけど、とても良い子よ」

「ブッ!」


 お兄さんと同じことを母親に言われてスープを吹き出しそうになっているアミール。フフ、うぶで可愛いわね。


「か、母さん!」

「あら、こんなにキレイなお嫁さんにはそうそう来てもらえるものじゃないわよ」

「そうじゃなくて! 僕みたいな若輩者じゃナオミさんに釣り合わないし! それに、聖女様もいないこの街じゃ結婚式もできないじゃないか」

「それは……そうね。この街の課題は、まず聖女様に来て頂くことね」


 自分も聖女です……と言い出すべきか否か。いや、自分が聖女と分かったところで、自分自身の結婚に立ち会うわけにもいかないか。それにしても、家族揃ってアミールのお相手探しとは……愛されているのね、彼は。確かにちょっと母性をくすぐられる感覚はあるけど、ひょろひょろだしなあ。私のお相手としては筋肉が足りない。お兄さんはいい体してたわね。昨日会った際、服を着ていてもその筋肉は良く分かった。魔物の討伐で先頭に立って戦っている証拠だわ。


「ナオミさん、アミールとの結婚のこと、前向きに考えてくれると嬉しいわ。さて、私は先に失礼しますね」


 ニコニコしながらそう言った奥様は立ち上がられたが、すぐにフラついて床に座り込んでしまう。


「母さん!」

「奥様!」


 私とアミールが慌てて駆け寄ると奥様の顔色は悪く、頭を押さえて調子が悪そう……貧血? いや、過労かしら。とにかく処置を!


「応急処置ですが、お許しください」


 治療魔法は聖女の得意とするところ。ただ、ここでフルに力を出してしまうと別の意味で騒ぎになってしまうかも知れないから、出力はセーブして……それでも、奥様の顔はみるみる血色が良くなって、状態も少し落ち着いた様子。


「ナオミさん、魔力があるのですか!?」

「ええ、少しだけ。それよりも奥様を」

「うん!」


 アミールが肩を貸して奥様をお部屋へ。ふと母さんのことを思い出す……きっと奥様も母さんと同様、もともと体がそんなに強くないのだろう。そこへ持ってきて防衛装置に魔力を注ぐと言う重労働。防衛装置を維持することは、魔力が少ないと本当に大変なのよ。


 奥様にはしばらく休んで頂くことにして、私はアミールに防衛装置のところに案内してもらう。一宿一飯の恩と言うわけではないけれど、今日の分ぐらい魔力を注いでおこうと考えた。メイヨール領の防衛装置は三本の柱から成っていて、一本は屋敷の敷地内に、そして残りの二本は街の端にあるらしい。ただ、それらは故障していて実際に動作しているのは敷地内の一本のみ。その一本でなんとか街の半分ぐらいはカバーできているけれど、結界の外になる部分は徐々に魔物に侵食されているとアミールが教えてくれた。


「最近は母さんの魔力も不安定で、ここの結界もいつまで持つか……」

「もう二本は? 三本同時に動かした方が少ない魔力で広範囲をカバーできるはずだけど」

「前の聖女様が亡くなられてしばらくは動いていたんですけど、急に動かなくなってしまって」


 故障かしら? 防衛装置は中に魔石が入っていて、その魔石に魔力を込めることで装置に施された魔法を発動する仕組み。装置が損傷していたら分からないけど、確かここに来る時に二本柱を見た気がする……ってことは魔石がダメになった? まあいい、そっちは後で見に行くことにして、まずはここの装置だ。


 メイヨールの防衛装置はエクルストンのものより小さいもの。しかしこれで街の半分をカバーできるんだから、よほど大きい魔石が入っているか、装置自体が良い物なのか……あまり高い出力で動かすと破損する可能性もあるから、聞いた通り街の半分ぐらいをカバーする魔力でっと。


「ん?」

「凄い! 母さんはいつも大変そうにやっていたのに、ナオミさんはあっさり! ……ってナオミさん、どうかしましたか?」

「いえ、ちょっと動作がおかしい気がして」


 込めた魔力に対して、思ったよりも結界が張れていない気がする。いつもはもっとこう、ビシっと結界が張られた感覚があるんだけどなあ。不思議そうにこちらを見ているアミールを余所に、柱の周りを見て回る。と、裏側に扉の様な部分があって……


「女神ラケシスの祝福を。聖女に扉は開かれん……」


 メンテナンス用の簡単な魔法……と言うより呪文かな。ボソボソと小声で唱えるとガコッと鍵が外れる様な音がして、柱の一部がズズズと音を立ててスライドする。そこから中に入ると中央には台座があり、その上でぼんやりと青白い光を放っているのが魔石だ。普段は外から魔力を注入するので見る機会もないだろうけど。


「これが魔石ですか? ナオミさんはどうして開け方を!?」

「以前いた街で見たことがあるの。魔石の交換作業をしていた知人がいてね」


 と、言うのは嘘だけど。皇都に行ってしっかり試験を受けた聖女なら、防衛装置のメンテナンスの仕方もきっちり教わっている。そしてここの防衛装置が上手く動作していない理由は明白……魔石が古くなっているからだ。先ほど私が魔力を込めたのに魔石の光り方が弱い。魔石は前世の充電池みたいなもので、繰り返し魔力を込めている内に劣化してくるのよ。ここの魔石は思ったよりも大きいから劣化してもある程度魔力を保持できていたんだろうけど、このまま行けば数ヶ月で使えなくなりそうね。

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