第7話 来訪者
街に買い物に出て、顔馴染みの店員や街の人と挨拶したりちょっとお喋りしたり。少し前に比べて街の活気はなくなりつつあるものの、僕はこの街の雰囲気が大好きだ。できれば昔の様にもっと多くの人で賑わって欲しいんだけど……教国の端っこ、皇都ベレスフォードから遠く離れたこの街ではそう簡単ではない。領主の弟として兄さんの力になりたいけれど、僕はあまりにも非力だ。
僕はアミール・メイヨール。ここ、メイヨールで領主の息子として生まれて、少し貧しい領地ながら不自由なく育ってきた……そう、数年前までは。その時はまだこの街にも聖女様がいて防衛装置がちゃんと作動していたから、街も安全だった。ところが聖女様がお亡くなりになり、防衛装置の維持が難しくなって……新しく聖女様をお迎えするほど裕福でもないこの街では、魔力を使える人もほとんどいない。唯一母さんに魔力があり、本当はダメなんだろうけど母さんが防衛装置の維持に当たることに。しかし魔力が足りないのか防衛装置の故障か結界がちゃんと動作せず街の端から魔物に侵食されて、今では街の西側三分の一ほどが住めない場所になってしまった。
魔物は年々大きく凶暴になってきていて、兵士たちを率いて討伐に出た父さんも帰らぬ人に。跡を継いだ兄さんが頑張ってくれてなんとか魔物の進行を食い止めてくれているけれど、それもいつまで持つか分からない。防衛装置を維持している母さんも最近では体調を崩し気味だし、街を離れる人も増えてきている。僕ももう十六歳だし討伐に参加したい気持ちはあるんだけど昔から本ばかり読んでいたせいかひ弱で、剣も満足に振れない自分が役に立たない自覚はある……こんなことなら、もっと真面目に父さんや兄さんに剣術を教えてもらっておくんだったな。
そんなことを考えながら大通りに面した店を覗きつつ歩いていると、向こうから馬の駆ける音が近付いてくる。その音は僕の知っている馬の足音ではなく、とても力強いもの。音のする方向に目をやると一見黒い塊が、凄いスピードでこちらに向かって走ってきていた。ま、魔物!? 驚いている間にもどんどん近付いてきたそれはあっという間に僕の前を駆け抜け、街の人達も慌てて道を空けていた。一瞬すぎてはっきりは分からなかったけれど、それは見たこともない巨大な馬で背中には人が跨っていた。顔までは分からなかったけど髪は短め。でも服装は女性だった様に思う。
「な、何だい、今のは!?」
「馬だった様だけど……」
「領主様の屋敷の方に走っていったよ! 何かあったんじゃないのかい!?」
そう言われると不安になる。確かに街中をあんなスピードで駆け抜けていく馬なんて、何か緊急事態を告げるためとしか思えない。
「僕も戻るよ!」
「何か分かったら教えておくれよ!」
「うん!」
急いで屋敷に戻ると黒く巨大な馬がいて、門番が近寄りがたそうに少し離れて馬を見つめていた。
「誰か来たの!?」
「いや、それが女性だったんだけど、どうやら領主様を訪ねてきたらしいぜ」
「兄さんを?」
「今中に入っていったから、きっと応接室だろうな」
「分かった、僕も行ってみるよ!」
屋敷の中に入って応接室へ。ちょうど部屋からメイドが出てきたところで、どうやら兄さんはまだ来てないらしい。中に入るとソファーに座っていたのは落ち着いた感じの女性。白……いやシルバーの短髪。とてもキレイな女性だけど、どこかの貴族のご令嬢だろうか。あんな大きい馬に乗っている令嬢なんて聞いたことがないけれど。
「あなたがフォーブス・メイヨール様ですか?」
「いえ、フォーブスは僕の兄です。僕はアミールと言います」
「そうですか。私はナオミ・ウィンスレット。エクルストンから参りました」
エクルストンと言えば皇都にもほど近い、貴族が支配する大きな街だ。じゃあやっぱりこの女性も貴族……しかし、そんな都会からこんな辺鄙な田舎街に一体何しにきたんだろう。初対面なので会話も続かず、部屋に入ったのはいいもののちょっと気まずい時間が流れる。兄さん、早く来ないかな。
目の前の彼女は別段気にする様子もなく静かに紅茶を口に含んだり、部屋の様子を見回したり。時々僕のことをじっと見つめて、目が合うとニコリと微笑んで……ここ、メイヨール領では見たことがないタイプの女性なので、恥ずかしくなって思わず目を逸してしまう。そうこうしている内にようやく兄さんが部屋にやってくる気配が。
「待たせたな、お客人。ん? アミール、お前も来ていたか」
「はい、兄さん」
目の前の女性と軽く挨拶を済ませるとソファーに座った兄さん。もうすぐ魔物の討伐があるから準備中だったはずだけど、着替えていたから遅くなったんだな。
「それで? 貴女がここに来られた理由は?」
「はい。これを……知人に推薦されまして」
「これは……」
女性が取り出して兄さんに手渡した書類の様なもの。兄さんは怪訝そうにそれを受け取って開けるとしばらく内容を眺めていたけど、やがて笑い出した。
「プッ……ハハハハ! ああ、いや、失礼。まさかこんなものを持って女性が現れると思ってなかったものでな」
「兄さん、それは?」
「ほれ」
投げる様にそれを僕に手渡した兄さん。開けてみると……兄さんの結婚相手募集の書類だった!
「これって!?」
「ああ、俺の釣書だ……五年前のな!」
「えっ!?」
それを聞いて驚いたけど、女性はもっと驚いた顔をしていた。そりゃそうだよね、薦められてわざわざこんな田舎にやってきて、来てみたらその資料が五年前のものだったんだから。ああ、それで最初に僕のことを兄さんだと思ったのか。五年前なら兄さんは二十歳。今の僕よりも年上だけど年齢的は近いかな。
「あ、あの、五年前って!?」
「この釣書は五年前に両親が他の領地に配ったもの。まあ、こんな田舎に嫁いでくる女性もいないだろうからダメ元だったんだろうがな。しかしその後良縁に恵まれて俺は結婚している」
「そうでしたか……それは失礼致しました」
「いや、しかし、俺が結婚したことも、それにここの領主になったことも周知しているハズだがな。田舎の領地だから無視されているだけかも知れんが」
「いえ……それを私に渡した知人の策謀でしょう。彼女たちは私を追い出したかった様ですので」
「詳しい事情は知らんが貴女もわけありの様だな。何もない街だがゆっくりしていくといい……そうだ、結婚相手を探しにきたのなら、弟はどうだ? こいつはまだ婚約者もいないから大丈夫だぞ」
「に、兄さん!」
急に何を言い出すんだよ! 確かに僕も結婚できる年齢ではあるけど、こんなキレイな人が年下の僕なんて相手にしてくれるワケないじゃないか!
「ハハハハ、これも何かの縁かも知れんぞ、アミールよ。結婚はともかく、お前がこの方の面倒を見て差し上げろ。長旅でお疲れだろうからな。俺はこれで失礼する」
兄さんは僕に彼女を押し付けて、笑いながら部屋を出て行ってしまった。残された彼女と僕、再び気まずい空気が戻ってくる。
「す、すみません、兄が変なことを……ナオミさん、宿は決まっていますか?」
「いえ、着いたばかりですので何も」
「では、ウチに宿泊していってください。大したお構いもできませんが」
「有り難うございます」
「……」
兄さんが変なことを言うから彼女のことを意識してしまって、余計に気まずい。そりゃこんなキレイな人が僕のお嫁さんになってくれたら嬉しいけど、きっと彼女は僕なんて眼中にないだろう。彼女がここに来たのは何か事情がありそうだし、兄さんが既婚と分かってショックだっただろうし……ここに滞在している間はもうこれ以上嫌な思いをさせないようにしなきゃ。
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