第5話 母の教え
この世界に生まれた私は非常に健康体で魔力も強く、小さい頃から聖女になるべく母に色々と教えてもらっていた。魔法なんかは簡単に使える様になったので、殆どはその他の知識……防衛装置の構造であるとか、魔石の扱い方であるとか、母にくっ付いて色々と実際に見て学べたのは大きかったかな。お陰で十歳と言う若さで聖女資格試験に合格できたし。
私とは反対に母は体が弱く、聖女と言う仕事はかなり負担になっていたみたい。そして私が十五歳の冬に三十七歳で亡くなってしまった。そんな母が生前、耳にタコができるぐらい繰り返し言っていたことがある……それは『結婚相手として貴族はやめておけ』『魔力は実力を見せるな』『体を鍛えろ』の三つ。
ウィンスレット家はエクルストン領でも有力な貴族で、昔から領主とは親密な関係にある。父と母の仲が悪かったと言う印象はなかったけど一つ問題があって、それは父が浮気していたこと。その相手と言うのが現在の継母シアーラであり、いつの間にか子供を作っていた。父は隠していたつもりだろうが、母は随分以前からそのことを知っていた様子。この世界の結婚様式は領地ごとに決まっていて、一夫多妻が許容されている所まである。要は領主が女好きかどうかで決まるわけだ。エクルストン領は一夫一婦制のはずだけど、妾がいる貴族は少なくない。全く男ってヤツは、前世でもこの世界でもどうしようもないわね!
それは置いておいて、父がそんなだったから母も貴族との結婚を反対したのだろう。記憶を取り戻した私からすると、貴族の御曹司は体型的にちょっと……やっぱり結婚相手はマッチョじゃないと! ってことで今まで何度か貴族から求婚されたけれど、聖女の仕事を優先すると言う名目で断りまくった。領主の息子であるガイもその一人だ。こいつはマッチョだったとしても性格がアレだから結婚は無理だけどね。
魔力に関しては母の言いつけ通り、聖女になってからも必要最低限の使用しかしていない。私の魔力があれば防衛装置の出力をバリバリに上げて強固な結界を張ることも可能だけど、まずもってそれをやる意味もないし。だから現在のこの領地における防衛装置は、言わばレベル1とか2の状態だ。因みにララは全力を出すとレベル3ぐらいまで上げられるそうで、それを根拠に私の魔力が弱い、私に勝った、私は聖女に相応しくないと言っているらしい。私ならレベル10ぐらい出しても余裕で防衛装置を維持していけるけど、ララの場合レベル3を出し切ったら維持どころではないと思うけどね。金で資格を買ったものだから、きっとその辺りも良く分かってないのだろう。
体に関しては前世の記憶を取り戻す前から運動が好きだったので、記憶を取り戻した後はそれを活かして本格的にトレーニングを始めたわ。あまりムキムキになると聖女らしくなくなっちゃうから加減はしたけど、現在は前世で死んだ時かそれ以上に筋肉が付いている。今、もし前世のあの時と同じ様な状況になっても、死んだりしないんだからね!
あの時はちょっと悔しかったので、ここ数年は片霧流を独自に発展させてみた。接近戦でより素早く敵を殲滅できるようにキックボクシングのスタイルも取り入れたわ。ナックルダスターを隠し持ってる聖女なんて、私ぐらいでしょうね。片霧流は無形の戦闘術と言われていて、敵の人数や急所を瞬時に判別し如何に殲滅するかに重きを置く武術。戦国時代は一騎当千の活躍をしたらしいけど……やっぱりストーカーに刺されたことが悔しすぎる。
この屋敷であった色々なことを思い出しながら、大きいカバンに荷物を詰める。何でもかんでも持っていけるわけでもないし、必要な物はあちらでも買えるだろうし……と、持っていく物を選択していくと、結局カバン一つで収まってしまった。うーん、嫁入りするのにこんな少ない荷物でいいのかしら? お金は母の遺産や自分で稼いだ貯金がある。それに加えて流石に悪いと思ったのか、継母に内緒で父が結構な量の金貨をくれたし。贅沢しなければ、きっと一生働かなくても暮らしていけそうね。
さて……荷造りは終わったし、挨拶回りも済ませた。あ、ララには申し送りできてないけど、私を避けてるみたいだからまあいいか。いよいよ明日の朝出発だけど、誰か見送りに来てくれるだろうか……そう思っていると部屋のドアをノックする音。
「はーい、開いてるわよ」
「お嬢様、失礼致します」
入ってきたのは執事のパトリックとメイドのマイラを先頭に十名近いメイドたち。ゾロゾロと、しかし静かに部屋の中に入ってきてドアを閉めた。
「どうしたの!?」
「奥様のご命令で、明日お嬢様を見送るなと……本当に申し訳ございません」
「……」
まったく、あの継母はろくでもないことを。何かしら嫌がらせをしてくるのでは? と予想していなかったわけではないけれど、ここまであからさまに嫌がらせしてくるとは。
「あなたたちが謝ることではないのよ。でも、私もあなたたちにはお礼を言いいたかったから、ちょうど良かったわ。皆、今まで有り難う」
パトリックやマイラは私が生まれる前からこの屋敷に仕えていて、母も随分と世話になったはず。その他のメイドたちとも仲が良かったから、一人一人手を取って感謝の意を伝えると泣き出す子もいて……私までちょっともらい泣きしちゃった。
「我ら一同、お嬢様にお仕えできたこと、誇りに思っております」
「やめてよ、オーバーね。それに少し離れた領地に嫁ぐだけで、頻繁に……とはいかないだろうけど、また帰ってくるから。その時はよろしくね」
「もちろんでございます!」
「お嬢様の花嫁姿を拝見できないのが心残りではございますが……」
「そうね、お母様には見せられないから、マイラたちには見て欲しかったんだけどなあ」
そんなことを話している内に世間話も交えて和やかな雰囲気となり、最初のしんみりした空気はどこへやら。彼らとも笑顔で別れることができた。継母の嫌がらせはムカつくけど、彼らとゆっくり話ができたのは逆に良かったかも知れないわね。これで心置きなく旅立つことができそうだわ。
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