第3話 仲間たち
この国はいわゆる教国で、女神ラケシスを主神とするラケシス教が国をも治めている。その中心が皇都であるベレスフォードであり、そこに赴いて試験に合格すれば聖女の資格が与えられる。試験は学問的な筆記試験から魔法の実技試験、魔力を使わない体力試験、神官との面談などなど多岐に渡っており、毎年多くの女性が受けるが僅か数人しか聖女として選ばれないわ。酷いときには合格者なし、なんてこともあるんだから、狭き門なのよ。
なぜ聖女なんて職業があるかと言うと、それは領地を魔物から守護するため。この世界には魔力や魔法が存在し、魔力を用いた装置、いわゆる魔導具も作られている。魔導具は生活に用いられるものから都市を防衛する大規模なものまで実に様々だけど、共通することは魔力を動力として動作していること。面白いことにこの世界で魔力を持つのは女性だけで、男性はごく稀な例を除いて魔力がないのよ。だから魔導具は魔石と呼ばれる魔力を一定量保持できる鉱石や宝石を核に持っており、魔力のない人でも魔法の恩恵に預かれる。
魔力は大気中や地中などにも存在しているので、特別な方法でそれらを集約して魔法を扱うこともできる。でもまあ魔石と魔導具があれば大概のことはできてしまうので、わざわざそうやって魔法を使う人は少ないわね。聖女になることの条件は魔力があることだから、私は当然魔力持ちで各種の魔法も扱える。そして何より重要な聖女の仕事は、都市防衛装置の維持だ。
都市防衛装置も魔導具の一種だけどとても巨大な装置で、その装置を中心に結界を張って魔物の侵入を防ぐと言うもの。装置一つで都市や領地を全て守る場合もあれば、複数の装置を使って守る場合もある。特に大きな都市になると一つでは守り切れないから、三個、四個と連動させて守る場合が多いわね。これらも核に特殊な魔石を持っていて、この魔石は皇都でしか手に入らない。そして定期的に魔石に魔力を注入して効力を維持するのが聖女と言うわけ。
母の家系は代々聖女であるほど魔力の強い家系で、私もそれを引き継いでいる。私の場合はそれに加えて少し特殊な理由があって更に強力なんだけど、ここエクルストン領では長い間聖女を担ってきた名門だ。エクルストン領は街の規模も大きいので防衛装置の規模も大きく、領主の屋敷を中心として街の城壁の四隅に一機ずつ、計五台の装置がある。これだけの装置であれば普通は皇都から複数の聖女を派遣してもらって対応するところだけど、母やその先代、先々代もずっと一人でこれを維持してきた。
もちろん私もそれをやってきたし、それ以外にもちょっとした治療や健康のためのアドバイスなどなど、様々な仕事をこなしてきたつもり。今回、なんの因果か街を追い出されることになってしまったけれど、私を頼ってくれていた人たちには悪いことをしてしまうわね。そんなことを考えながら自分の執務室へ。
エクルストン領ほどの大きさになると領主だけでは色々と仕事が回らないので、要は役所の様な機関を作るのが一般的。エクルストン領では領主の屋敷の隣に大きな建物があり、ここで多くの人が都市機能維持のために働いている。聖女もその内の一人であり、私もここに執務室をもらっていた。聖女は好待遇職だから部屋も大きい。
部屋に入って椅子に掛けるなり、ドアをノックする音。
「はーい、どうぞ」
答えると少し乱暴にドアが開けられ、複数人の女子たちが部屋に流れ込んできた。
「ナオミ様! 聖女を辞められるって本当ですか!?」
「ナオミ様が辞めちゃったら、私たちは誰に相談すればいいんですか!」
などなど、皆真剣な顔で訴えてくる。まあまあと彼女たちを落ち着かせて、応接スペースのソファーに座る様に促した。彼女たちは私の仕事仲間で、相談者でもある。相談内容は様々で、肩が凝ったとか、少し太ってしまったとか、直ぐに疲れてしまうとか、上司にセクハラされたとか……その都度アドバイスをしたり整体の様なことをしたりして、役所内では重宝がられていた。もちろん男性から相談されることもあったけど、彼女たちとはお昼ご飯を一緒に食べたりお茶したり、前世のOL仲間みたいな感じだった。そうそう、前世の話はまた改めてしないといけないわね。
「流石に耳が早いわね。まだ正式には通達されていないと思うけど……」
「ナオミ様が昨日帰られた後、屋敷のメイド友達が教えてくれたんです」
「そう。でもちょうど良かったわ。これから皆には挨拶に行こうと思っていたから」
事の次第を話すと泣き出す子も。そんなに親しく思っていてくれたのかと思うと、私としても申し訳ない気持ちでイッパイだわ。
「これからどうされるんですか? 聖女様の資格は消えたわけではないですし、また別の場所で聖女をされるんですか?」
「父の後妻と妹は私を屋敷から追い出したいみたいね。ご丁寧に嫁ぎ先候補まで決めてくれたので、そこに行ってみようと思うの」
「そんな……なら、私たちも一緒に!」
行き先がメイヨール領だと告げると、皆暗い顔で黙り込んでしまう。ここからすれば辺境だし、私はともかくこの子たちは移動するだけでも大変でしょうね。道中どんな悪人や魔物が出るかも分からないし。
「わーん、やっぱり辞めないでください!」
隣に座っていた子が泣き出して私にしがみつく。抱きかかえる様にしてポンポンしながら宥めていると、他の子たちも泣き始めてしまった。
「グズン……皆、有り難う。でも別に今生の別れと言うわけではないのよ。あちらで落ち着いたらまた遊びにくるから。それに出発は一ヶ月後よ。引き継ぎや後片付けなんかもあるし」
特に、この部屋の奥には私の瞑想室と言う名のトレーニングルームがある。そしてこの子たちはその存在を知っていて、定時後によく一緒にトレーニングしていた。
「この部屋はどうされるんですか?」
「うーん、どうしようかしら。ララはバカ息子と婚約した様だし、あの子の性格だから役所にはこないでしょうね」
「あー、分かるー」
あの二人は役所内でもすこぶる評判が悪い。ララは最近バカ息子にべったりで、一緒に役所に現れては偉そうにしていた様だし。私がいないときを見計らってここに来ていた様だけど、そういう所も小物感が拭えないのよね。
結局この部屋は彼女たちが瞑想室も含めて維持してくれることになった。トレーニングにはインストラクターがいた方がいいけれど、彼女たちなら大丈夫だろう。その後しばらく、皆で思い出話をしたりして盛り上がって解散。『絶対に戻ってきて!』と念を押されたし、手紙を書くことも約束させられてしまった。でも、こうやって別れを惜しんでくれる人たちがいるだけでなんだか嬉しい。半分追い出される形ではあるけれど、必ずまたここに戻ってこよう。ここは、私の故郷でもあるのだから。
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