第2話 突然のクビ

「ナオミ・ウィンスレット! お前との聖女契約は今日までだ! ご苦労だったな」

「……」


 は? 何言ってるんだ、コイツ。ニヤけ顔で私に宣告したのはこの地の領主の息子、ガイ・エクルストン。金持ち貴族の息子らしく派手な服を着ていて、二十四歳だと言うのに少し腹が出ている。筋肉好きの私としては遠慮したい相手だ。こいつだけなら口論して今言ったことを取り消させることも可能だろうけど、この部屋には他に二人私の良く知った人間がいる。一人は他でもない私の父リー・ウィンスレットと、そしてもう一人は異母妹のララ。父は若干居心地の悪そうな顔をしていたが、ララはガイと同じくニヤニヤしていた。あー、そういうことか。皆まで聞かずとも、どうしてこういう状況になったか大体理解できた。それでもまあ、言い分は一応聞いて上げましょうか。


「ガイ様、聖女は皇都の教会と領主の契約により派遣されるもの。あなたの一存で契約解除できないことはご存知でしょう? あなたは領主でもありませんし」

「フン! 父は外遊で領地を離れていて、今は私が領主代理として全権を預かっているから問題ない! 確かに教会と領地の契約により派遣された聖女は、教会の許可なく契約解除も交代もできない。しかしそれはその聖女がこの領地外から来ている場合だ! この領地出身の場合、命名権は領主にある」

「それでも契約解除にはお互いの了承が必要なはず。私は契約破棄に関して同意しておりませんよ」

「ナオミ……その、なんだ……」


 今まで押し黙っていた父が口を挟む。私のことが苦手な父にしては珍しい。その様子では大方、あなたの大好きな妹に無理やり引っ張ってこられたんでしょうね。私がキッと睨むとハッとして言葉を飲み込もうとした父だったが、横から妹に突かれてたどたどしく話を続けるのだった。


「お前も聖女になって十年以上、ペトラの後を継いで六年だろう? そろそろ結婚しても良い歳だし、この辺りで他の聖女と交代してもいいんじゃないか?」

「他の聖女とは?」

「それは……」

「私! 私よ、お姉様! 私、ガイ様と婚約しましたの!」


 でしょうね。先月、ようやく聖女の資格を得たあなた以外、私の代わりに該当する人間はこの街にいないんですもの。つまりはこういうことよね。ここ数年聖女試験にトライし続けたにも拘わらず落ち続け、三ヶ月前に父とあなたの母親が再婚したのをきっかけに父に金を出させて試験にも合格したから、今度は私を追い出してあなたがこの領地の聖女の座を奪うと。もう呆れて反論する気もないわ。


「な、何よ! 文句があるなら言いなさいよ!」

「別に。もういいわ」


 男の前ではキャピキャピして女性であることを完全に武器にしているララ。私にはマネできないし、その武器で聖女の座まで昇り詰めようとしてるんだから大したもんだわ。でも聖女と言う職業について何か勘違いしてない? 周りから持て囃される楽な仕事だと思ってるかも知れないけれど、体力と魔力勝負のハードな仕事なのよ? 私はちょっと特殊なのでそうは見えなかったかも知れないけれど。


 私は母から受け継いだこの職業に誇りを持っているし、この街の人々のためにと頑張ってきたつもり。今はおられないが領主様は立派な方で、母にも私にもとても良くしてくださった。この出来の悪いバカ息子については『こいつが領主を継いで大丈夫か?』と思ってはいたけれど、まさかこんなに早く弊害が出てくるとは。しかもやっかいなことに、継母とララに激甘な父も絡んでいる。領地内でも有力貴族である父の意向ともなれば、領主様も渋々ながら了承せざるを得ないか……


――そろそろ潮時ってことかしら?


 三対一のこの状況で議論するのもバカバカしくなってきて、結局私は聖女の任を解かれることに了承した。要はクビである。この後、どうしようか……まず皇都に行って契約解除されたことを報告して……そんなことを考えながら取り敢えずその日の仕事はこなして屋敷に戻ると、今度は父親と継母、それにララの三人が待ち構えていた。


「あら、お帰りなさい、聖女様……ああ、そうだった、解雇されたのでしたね!」


 先制攻撃とばかりに継母。数ヶ月前に再婚しばかりのくせに、すでに我が物顔でここに住み着いている。ニヤニヤした継母とララの奥で申し訳なさそうに肩をすくめている父。娘の私にそこまで申し訳ないと思うなら、この二人に何か言え!


「ただいま戻りました、シアーラおば様。お出迎えとは珍しいですね」


 私はこいつを母親と認めたつもりもないし、同居も許した覚えはないんだが。私の切り返しに悔しそうな顔をして舌打ちをした継母。


「チッ、相変わらず口の減らない聖女様だこと! まあいいわ。あなたも職を失ったことですし、この街にもいづらいでしょうから、私が良い話を探してきて上げましたわよ」


 まあどうせろくでもない話なんだろうと想像しながら、不敵な笑みを浮かべている継母から少し豪勢な表紙の付いた見開きの資料を受け取った。


「これは?」

「結婚相手の募集よ。あなたは知らないでしょうけれど、お茶会に出ればそういう物が良く回ってくるものなのよ」

「そうですか」


 素っ気なく返事するとムッとした継母。そんな彼女のことは無視して中を見てみると、相手の情報が書かれていた。フォーブス・メイヨール、二十五歳。メイヨール領の領主の息子か。しばらく領主の息子は遠慮したいんだけどなあ。しかもメイヨール領ってここからかなり遠い。少し聞いた程度のことしか知らないけど、ここからだと街を何個も経由してやっと到着する、はっきり行ってしまえば田舎で、領主も騎士の家系だったと思う。私に嫌がらせしたい一心からだろうけど、よくもまあこんな募集を探してきたわね。


「お父様!」

「な、何だ!?」

「お父様はシアーラおば様が持ってこられたこの話に納得されているのですか?」

「それは、まあ……」


 歯切れが悪い。昔は頼り甲斐のある優しい父だったのに、いつからか私の前ではおどおどする様になってしまった……まあ、理由は大体分かってるんだけど。ここで父に噛み付いて、この話をなかったことにすることもできるだろう。この領地の聖女をクビになったからと言って聖女の資格を失ったわけではないし、私がこの屋敷の……ウィンスレット家の当主に成り代わることも可能だけど、なんかもう色々面倒くさい。


「行き遅れの姉さんをもらってくれる奇特な人なんて滅多に現れないんだし、田舎にすっこんでゆっくり余生を過ごせばいいんじゃない?」


 可愛い顔でニコニコしながらキツイことを言う妹。この領地の聖女の座を奪い取ってご満悦なのだろう。昨日まで『お姉様、素敵ですぅ』とか『お姉様みたいな聖女になることが私の夢ですぅ』とか言ってたクセに。まあ、その笑顔の裏に黒い表情が見え隠れしているのも知っていたけどね。それにしても……誰が行き遅れだ! 私はまだ二十一よ。この世界で貴族の婚約と言えば幼少期であることが多いし、女性は二十歳までに結婚することが多いけど。私は十五歳から聖女をやっていたし、結婚にもそこまで興味なかっただけなんだから。


「……分かりました。では、準備などもありますので一ヶ月後、私はメイヨール領に向かうことにします。それでよろしいですね、お父様」

「う、うむ」


 『うむ』じゃねーよ、とは思いつつ、もうここにいたくない気持ちの方が強くて自ら去ることとした。継母とララに屋敷を乗っ取られた感もあるが、今の家族構成では私だけが異物の様なもの。さっさと追い出して家族水入らずで暮らしたいのだろう。しかし、昨日まではそこそこ順調だと感じていた二度目の人生だったけど、こんな急展開が待っていようとは……でも不貞腐れてる時間がもったいない。お世話になった人たちへの挨拶などなど、やることがイッパイあるんだからね!

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