第5話

カチャカチャしながら洗い物をする.

口の中もカチャカチャ.

兄が,これを忍ばせろって口の中に黒曜石を入れてきてる.

いいからとしか言われなかった.

全然良くない.

甘くも何ともない.

だって石だよ.

あーあ…洗い物なんてした事ない.

ママと僕ちゃんは遠からず.

「口の中,もっと巧く隠せよ.

音を立てるな.手の内は明かさず事を有利に運ばせる.」

肩に手を置かれてる.

兄の声ではない.

誰だ.

「馴れ馴れしい誰だあんた」

「ねずみが接触させてくれないから.」

「ねずみ?」

「好きなあだ名で呼ぶんだよ.」

「はぁ…」

「もう俺ら名前なんて無いんだから」

ナマエナンテナインダカラ…

背中が痒くなった.

さっさと食器洗って,ここ後にしよう.

それがいい.

こんな知らない奴と無駄な話はしない方がいい.

「あのさ…」

「何?

何か話す事があるのかって…

思ってる…

そっちとこっちは全く接点が無い…」

「あぁ…」

肩に置く手が小刻みに揺れてる気がした.

「それの使い方知ってるのか?」

「お椀?箸?」

「違う.口の中の」

「いや聞けてない.

そもそも何で,こんな事してるのか分かってない.」

呑み込むなよって口に入れられた.

歯に当たればカチャカチャする.

「なんだ,ねずみ抜けてるな.洗礼浴びてくるんだろ?.

くまの.」

「くま?洗礼?」

「お前は何だろうなぁ…

んー…」

頭の先から爪先まで,まじまじ見られる.

品定めのようで失礼に感じる.

「ななふし辺りか」

もっとカッコイイのが良かった…

昆虫?

振り返って見る辺り…

たぬきとか…その辺りな…

お前をたぬきと呼ぼうとか…

宣言がいるのか…

きっと,こいつは今お前をナナフシと呼ぶって

いう話をしてきてるんだろう.

「細いのに力強いよな.

体痛いとこ…無いか」

「俺はっ

そういえば」

「ねずみの奴だから…

歯がかかるとこ作ってるはずだ.

そこを一点集中で噛み砕け.

落として跳ね返った所を,また掴むなんて…

出来ないよな?

口ん中切ったら,もう出していけ.

鋭利な方を残して,他は外に.

派手に汚しちゃえばいい.」

聞きたくないのか訊いてきたのに遮られる.

なんか木刀が刺さった右手の甲が痛い事に気が付く.

あーあ,変な色してる.

多分,みぞおちも変な色してるんだろう.

「何の話か分かんねー」

何で,こいつが分かったかのように言うのか不思議に思う.

「出来なきゃ認められない」

「え?」

「海の底へ戻んなって話だよ」

「え?」

「そもそもその口の中の石は,

いいものだから.

お前が,へましなきゃいいだけの話」

「え?」

「他の語彙も勉強しとけよ.」

また肩をポンポンって叩いて音もなく去った.

わざわざ…

名付けて,どっかに行く神経が分からない.



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