第3話 最強3K冒険者ストッKING

 『冒険者ギルドすみれ』の中に入ると、俺は大注目された。そりゃあ新顔だからと思ったが、一癖も二癖もありそうなヤツらは鼻を覆い、我が先にと逃げていく。あっという間にロビーのような部屋は空っぽ、逃げ遅れの二、三人は玄関近くで嘔吐した。これは、もしかしなくとも――。

「ゼンとスメルズゼットの合わせ技ですね! みんな臭がってます!」

「フッ、臭いのマリアージュというところか」

「いや、そんなに綺麗な感じで言われても……あ、受け付けこっちですよ!」

 チャンカナに促され、俺はロビーの奥へ向かう。そこにはティッシュで鼻を詰めている中年男性が立っていた。

「チャンカナ、凄い人を連れて来たね。みんな逃げちゃったよ。僕も逃げたい」

「でもマスター! ゼンは伝説の兵器スメルズゼットの使い手なんですよ!」

「ええっ! 信じられない!」

「ゼン、マスターに見せてあげて!」

 俺は無言で頷き、スメルズゼットの鞘を取る。するとコイツはぐーぐー寝ていた。コンコン刀身を叩くと目を覚ます。

「儂の出番か!?」

「出番だが、戦闘ではないぞ」

「む……? どういう事かな、ゼン殿」

「ははぁ……これは……驚きました」

 スメルズゼットが蒼く発光し喋っている事に、マスターとやらは絶句していた。でもチャンカナが催促すると我に返る。

「き、斬れ味の方はどれくらいなんですか?」

「いや、まだ何も斬ってない」

「では、丁度いい物がございますので、こちらへ」

 案内されたのはギルドの裏庭。傷ついた木人や、弓を受けている板、大きな岩を上る為の縄梯子その他があり――ギルドの面々は、ここで訓練をしているようだ。かなり広くて施設も充実だからビックリした。さすがガチギルドである。

 マスターはまず、木人を薦めてきた。硬そうな木で人の形を模したもの。歴史が感じられる一品だ。

「おい、スメルズゼット、行くぞ」

「良かろう!」

 俺がスメルズゼットを木人に宛がう。すると木人全体が音もなく粉になってしまった。おが屑だ。

「うおっ! びっくりした! お前すごいな!」

「もっと歯ごたえのある獲物を出してくだされ」

「マスター、もっと硬いものをゼンに斬らせて!」

「何が適当だろうか……とても立派な斬れ味……ここまでとは」

「斬ってはいない。宛がっただけだ」

「うーん、では、あの岩を斬ってみませんか?」

 マスターが案内したのは、縄の梯子が掛かった岩。かなりの高さがあるので、これが崩れてしまったら危険そうだ。

「おいスメルズゼット、この岩を斬ったらどうなる?」

「大丈夫だから任せてくだされ!」

「ホントかぁ~? 信じるぞ~?」

「応!」

 俺は剣術など知らないから、とりあえずで岩を斜めに斬ってみた。手ごたえは何も無し。でも岩は確かに斬れていて、高さが半分くらいになっている。あとは砂に分解されていた。

「すごいです! ね、マスター、ゼンはどうですか!?」

「素晴らしいとしか言いようが……しかし臭い……ううむ」

「うちってガチギルドですよね!? 臭いと強さだったらどちらを選ぶんですか!?」

「……つ、強さだ! 解った解った、占い婆さんの手配をしよう、チャンカナとゼンさんはここでお待ちを」

「占い婆さんって何だよ」

「チャンカナ、待っている間に説明してあげて」

 そう言ってマスターは室内の方へ向かって行った。多分だが、俺を中に入れると臭いから、占い婆さんを屋外へ派遣するつもりなのだ。

「で? 占い婆さんって?」

「各ギルドが雇っている、まぁ魔力を持っているお婆さんの総称ですね! そのお婆さんが冒険者の能力を視てクラス――戦士とか、魔法使いとかを決めたり、いま何レベルなのかを把握したり、たまに二つ名を付けてくれる場合もありますよ! それを受けて冒険者カードが発行されるんです!」

「へぇ、俺の能力って『臭い』くらいしか無さそうだが」

「そんな事は……あっ、ゼン、さっきのおが屑と砂を持ち帰ってもいいですか? サンプルにしたいんです」

「どうぞどうぞ」

 チャンカナはどこからか小瓶を幾つも取り出し、研究に余念がない。

 待つ間はヒマなので、スメルズゼットに声を掛ける。

「お前すごいな」

「海も斬れますゆえ」

「嘘つけ」

「臭さ次第でございますれば、ゼン殿のストッキングならこの地も真っ二つに出来ますぞ!」

「また嘘を」

「嘘は申さん。では大地に儂を叩きつけてくだされ」

「いや、それはちょっと止めとこうかなぁ~……本当だったら怖いし」

 こんなやり取りも、チャンカナはしっかりメモしている。砂とおが屑まみれなのに、よほど楽しいのだろう、眼鏡の奥のアメジストがとても綺麗だ。

 その時ふと、こんな研究肌の少女がガチギルドの一員なのに、違和感を覚えた。

「なぁチャンカナ」

「はい!」

「チャンカナは強いのか? ガチギルドの一員なんだよな?」

「私はダンジョンでの罠の解除や暗号を解読できます! あとは弱いですが、灯りと氷と炎の魔法が使えますね! 便利ですよ!」

「ああ~、氷と炎は良く判らんが、その他はダンジョンに必須だな」

「そうみたいですね、S級を貰ってますし」

「えすきゅう?」

 チャンカナによれば。

 この世界のギルドでは、駆け出しのB級からとても強いSS級に冒険者が分類されるらしい。まぁよくある話だ。しかし、チャンカナは瞳をキラキラさせる。

「このSS級の上にですね、なぜか3K級っていうのがあるんですよ! 神が遺した特殊なクラスと言われていて、私もすごく興味があるんです!」

「Kか、SSの上だったらSSRかなぁと思うが」

「その辺は謎なんですよね~」

 そこから十五分。

 ギルドの方から、杖をつきヨタヨタした婆さんが歩いてきた。転ばないようにマスターが手を引いている。つまりこの人が占い婆さんだ。婆さんも鼻にティッシュを詰めている。

 婆さんは俺たちの傍に近づくと、土と砂の地べたに何かを描き始めた。絵だろうか。範囲は結構大きいし、模様も複雑な感じだ。真上から見れば全容が明らかになるのだろうけれど、俺は横から見るしか出来ない。

 やがて。

「ゼンや、何も持たずにココへ立っておくれ」

 占い婆さんにそう呼ばれ、俺は描かれていた絵の中心部分に。すると周囲の様相が一気に変わった。毒々しい赤の縁取りを持つ、黒い炎のようなものが湧き立ったのだ。

「婆さん、どうなってるんだコレは!」

「長生きはするモンだねぇ……! 見てごらん、この冒険者カードを……!」

 婆さんが手元で冒険者カードとやらを浮かせている。そこからは天を突くほどの三本の柱が立っていた。

「おおお……これぞ伝説の3Kじゃ……!」

「だからその3Kって何なんだよ!」

「炎の反応から読み解くと、臭い、汚い、危険という事らしいな」

「危険って! 何が!」

「臭気が毒の域、と出ている!」

 毒の域、と言われ、俺はちょっとだけショックを受けた。嗅ぎ慣れれば良い臭い、グッドスメルなのに。

「はぁ……辛い。もうこの場所から出ていいか?」

「いや、チャンカナにスメルズゼットを渡して貰いなされ」

 それを聞いていたチャンカナが、俺にスメルズゼットを寄越す。すると、赤黒い光がフッと消え、蒼く眩い光に変わった。

「ほほう!?」

 今度も占い婆さんは嬉しそうだ。見れば冒険者カードにまた柱が立っている。今度はかなり太い。

「婆さん、何があった?」

「スメルズゼットを持った途端、『強さ』が雲を突き抜けこの世界の外まで上がっとるわい!」

 まぁ確かに。スメルズゼットは、先が見通せない程の『強さ』である。

「なぜここまでの力を……お主なら王にもなれるぞ」

「神に呼ばれて来たニートが王などと。この地は荒れているらしいじゃないか。俺は最終的に魔王を倒す! そして一生、ダラダラしながらストッキングを穿き続けるんだ!」

「すとっきんぐ?」

「この世界には無かったな。最高の靴下の事さ……」

「ほうほう……よろしい、ではお主に二つ名を授けよう。ストッKINGと皆に呼ばれるが良い」

 婆さんが冒険者カードにサラサラと書き入れる。それはすぐに手渡され、かなりの達筆で『最強3K冒険者ストッKING』と記してあった。ちなみにレベルはゼロである。

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