第2話 覚醒のスメルズゼット
「まけぇ……まけぇ……」
先ほどから剣先はコレしか言わない。なにが「まけぇ」なのか全然伝わってこないので、俺はスメルズゼットを突っつく。
「まけぇ、だけじゃ何も判らないぞ。もうちょっと人間に優しくしてくれ」
するとスメルズゼットは少し黙り、それから元気よくカチカチと剣先を鳴らした。
「儂にストッキングを巻けぇ~! と言いたかったのだ! これで通じるかの!?」
「通じる! お前もストッキングが欲しいのか!?」
「新品は要らん! 熟れて臭ければ臭いほど、儂が強くなるぞ~! がっはっは!」
「ホントかよ……? でもまぁ、クサル神からの品だしなぁ……」
俺はTシャツをめくってハーフパンツを脱ぐ。チャンカナが「キャー!」と叫んだ。
「すまん、これもスメルズゼットのためだ! 俺はこのストッキングの最下層をコイツに捧げてみる!」
「は、はい! その長い穿き物がストッキングですね!?」
「そうだ! 蒸れ蒸れだぞ! お前は臭くないのか!?」
「年がら年中、鼻詰まりなんですよ~」
「なるほど、神の人選は悪くないな!」
俺は少々ねっとりし掛けているストッキングを一枚一枚脱いでいく。最下層を剣に渡したら、第四層をいちばん内側にせねば。なので伝線などに気を付け、緊張感を持ちながらの作業だ。
やがて。
「来たぞ最下層! 我ながら臭い!」
「それこそ儂の見込んだ男よ! はやくそのストッキングをグリップ部分に巻くのだ!」
「ちょっと待て、先に俺が穿かせてもらう!」
先ほどの第四層を一番内側に。そして楽しみにしていた新品の白を外側に。
「ほほう……白……色艶ともに申し分ない」
これでハーフパンツを穿けば、チャンカナも視線に困らないであろう。
俺の心遣いの一方で、スメルズゼットは焦れていた。
「この臭い! 早く儂に寄越せぇぇ!」
「解った解った……どう巻けばいいんだ?」
「起動スイッチに二つの爪先部分を差し込んで、あとはカバーするように巻いてくれぇぇ!」
先ほどチャンカナが披露してくれた起動スイッチの知識。俺はそれを使い、熟成されたストッキングの爪先を入れた。どこかからカチッと小さな音がする。そこで、スメルズゼットが蒼く輝き始めた。
「うおおーん、蒸れしストッキングが来た~!! そのまま早く巻いてくれぇ!」
さっきから巻け巻けうるさいので、お望み通り起動装置を包むように巻いてやった。すると輝きが最高潮という感じになる。
「ぷはーっ、儂は天にも昇る気分じゃー! そなた抜きでは生きていけん!」
「そうか、喜んでくれて嬉しいぞ! おいチャンカナ、スメルズゼットの起動に成功したようだが――」
見ればチャンカナは、這いつくばるように何かを書いていた。視線はスメルズゼットに釘付け。たぶん研究の資料でも作っているのだろう。
そのスメルズゼットは、かなりの饒舌だった。千年の鬱憤が溜まっていたのか、愚痴だらけだ。剣先がカタカタと止まらない。つまり剣先が人間でいう口なのだ。だとすると、スメルズゼットの口臭は上の中だった。俺のストッキングが極上だとすればの話だけれど。
スメルズゼットはいつまでも喋っていたそうだったが、キリがないので二分割された鞘に納めた。あまりに大きい剣だから、鞘が一つではおちおち仕舞えもしないのだろう。
そうしたら、いきなり静かになる。だというのに、チャンカナは資料を作りまくっていた。
「えへへ、えへへへへ……! いきなり情報の大収穫に涎が止まりません……!」
「よ、よかったなチャンカナ」
「まさか臭いストッキングを用意したら喋るなんて……! ストッキングはこの世界に無いから、神様とゼンのお陰ですね!」
「この世界にも、やがてストッキングが発明されるだろう――ストッキングは、最高の穿き物だからな。まぁとにかく起動は成功だ」
「えへへへ……」
その剣も鞘に仕舞ったし、チャンカナはこんな感じだしで、俺はどうすればいいのか。退屈だったので、置いてあった靴の履き心地を確かめ、皮袋の中身も見た。
「十万円か……微妙な金額だな。二人で泊まったりメシを食うと思えば、あっという間だ……」
「全然足りませんねぇ。クサル神様はきっと、修行せよという意味を籠められたのだと思います」
「うおっ! いきなり会話に参加するな! ビビるだろ!」
「ごめんなさい! やっと資料作りが一段落ついたんです……そしたら十万円という金額が聞こえてきまして」
この世界の事はチャンカナが詳しいだろう。尋ねる事は一つだけ。
「三食付きで引きこもって、魔王だけ倒したいんだが……どうしたらいい? 魔王を倒せば悠々自適な生活が待ってる、とクサル神が言っていた」
「引きこもるなら野垂れ死ぬしか……魔王もどこに居るのか判りませんし、この世界はそんなに甘くないですよ!」
当然のようにチャンカナが言う。つまり生活保護なんかは無いと思われた。引きこもれないのかと俯いてしまう俺に、チャンカナがこんな提案をしてくる。
「せっかく伝説の兵器スメルズゼットも覚醒した事ですし、どうせなら冒険者になりませんか? 比較的、自由ですよ」
「冒険者……ロールプレイングゲームみたいな物か。武器が強いなら、まぁまぁ楽しそうだな」
「私が登録しているギルドがあるので、そこに行きましょう!」
「ああ……しかし、どうやってこの空間から出るんだ?」
俺が少し困ったら、急に視界が開ける。真っ暗だった空間から、いきなり燦々と輝く夏みたいな太陽の下――と思ったら太陽じゃなかった。この世界には恒星が三つあるらしい。もともと引きこもりのニートだし、さっきまで暗い空間に居たしで、まぁとにかく眩しかった俺は、スメルズゼットを即席の日除けにした。すると、剣を振りかぶったと勘違いしたのか、ごろつきに絡まれてしまう。とても怖くて視線を外したがお構いなしだ。
「ようよう兄ちゃん、俺たちに喧嘩でも吹っ掛けようってのか?」
「いい度胸じゃねぇか、ぶっ殺してやる!」
「って、臭っ!! なんだこいつ、めっちゃくせぇ!!」
「うわっマジだ!」
その結果、ごろつきがサーッと蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
「……ふう、戦わずして勝ったな。異世界での初戦は完封勝ちだ。敗因は俺の風下に立ったこと……」
「よっぽど臭いんですね。残念だなぁ、あのごろつき『殺してもいいリスト』に入っていましたよ。せっかく斬れ味が試せたのに!」
「そ、そんな物騒なリストがあるのか!」
「あ、それはギルドで発行される冒険者カードが語りかけて来まして……」
「そうか、ギルドに入らないと冒険は始まらないようだな。案内してくれ」
「はい! こちらです!」
俺はチャンカナの後を追う。そのついでに周囲を見れば、異世界と言うだけあって、日本とは全然違った。自動車ではなく馬車が走っており、町並みはヨーロッパ風に近い。窓にはガラスが嵌まっていなくて、カーテンらしきものがパタパタと風に揺れていた。通行人の服装も地味な感じだ。よくよく見ればチャンカナも、ラフな感じの緑のシャツと裾をまくった薄いズボン。この世界は暑いので丁度いいだろう。俺のグレーのTシャツとハーフパンツも馴染んでいるが、テカテカの五枚重ねな白いストッキングは目立つかもしれない。
「……だが、俺は絶対に脱がん! たとえ伝線しようと穿き続ける!!」
「わぁ! ビックリした!」
「す、すまんチャンカナ」
「大丈夫、着きましたよ~って声を掛けようと思ってた所です!」
俺の眼前に『冒険者ギルドすみれ、ガチ勢です素人お断り』という看板が立っている。
「……俺は素人なんだが?」
「大丈夫です! スメルズゼットを操る人間は、ガチギルドでも通用します!」
「え~? そうかぁ~?」
「まぁとりあえず、入った入った!」
俺はチャンカナに背を押され、ギルドの玄関をくぐった。
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