第15話
「何かお返しがしたいのですが、貴方様方は何をお望みですか?」
女王の問いに我らの答えは決まっている。
「「『十層に続く階段の場所を教えて欲しい」」』
三人の声が偶然にも重なった。
「それだけで良いのですか?」
戸惑う女王に我らはそれだけで良いと頷き返す。
「分かりました。それでは貴方様方をご案内します」
そう、女王が言うと彼女が横たわっていたクッションが浮き、その下には下層に続く階段が現れた。
もしかしなくても女王はこの階層の
「女王様、一つ聞いても良いかな?」
「何なりと」
質問しようとするリトスに女王は穏やかな笑みを返す。
「本来この階段を通るにはどうすれば良いの?」
「私を倒さねばなりませんが、成体になった私は強いですよ」
ふふふと妖艶に笑う女王の姿に背筋に冷たいものが走った。四層の茸など足元にも及ばないほど女王は強いだろう。戦わずに済んで本当に良かった。
『戦わずに済んで良かった』
素直な感想をポロリと零すと女王は真剣な面持ちになる。
「お気をつけください。最下層の階層主は私より遥かに強いです。皆様とまたお会いできることを祈っております」
我らの背中を見送る女王と従者の女性たちはどこか悲しげな眼差しで見送った。
最下層、十層。踏み入れた瞬間、空気の重さに槍を握る手が震える。それは我だけでなく隣に立つリトスの握る短剣がわずかに震えていた。
「これが最下層……」
ゴクリとリトスの喉が鳴る。
「……正直怖い」
ここまで弱音を吐くことなどなかったリトスの口からか細い声が漏れる。
コレほどの重圧を放つ相手、怖くないと思うもののほうが稀だ。正直、我も怖い。それでも……
「それでも!あたし達はここまで来た。ここで引き返すなんて言えない。だからあたし達は進むの」
拳を突き上げ自らを鼓舞するリトスの拳にコキネリが手を添える。
「そうよ。私達は進んで攻略するの」
あぁ、そうだ。だから……
『何があってもコキネリとリトスは我が守る』
誓いを宣言するとリトスが我に向かって拳を向けた。向けられた拳に我も拳を当て返すと、コキネリも我とリトスの拳に小さな前脚を添える。
「必ず、三人で攻略するよ」
リトスの誓いに我とコキネリはおうと応えた。
九層まであれほど襲ってきた木人や茸が出現しない。
ただ、暗さを増し、重苦しい空気を纏った石造りの通路を我らは進む。ここまでの道すがら罠すらない。ここまで来たのなら小細工は無用ということか。
通路の終着点には見上げるほど巨大な扉が待ち構えていた。ここを開けば間違いなく階層主がいるだろう。戦闘が始まれば逃げることは不可能。引き返すならここが最後だ。
リトスの顔を見ると彼女は無言で頷いた。
我も無言でうなずき返す。肩に乗るコキネリも同じだ。
答えはもう決まっている。
三人で一斉に全体重をかけて扉を押すと少しずつ扉が開いていく。人一人通れるほど開くと、この奥に鎮座している物の姿が見えた。
まどろみ眠っているその背は小さな丘ほどもあり、茸の傘を被ったような三本ある首は我の背より長く、首筋から尾まで豊かな鬣が靡いている。
分類としては三首竜に相当されるもの。しかし、体表には鱗がなく殻を割ったゆで卵のようにツルンとして白い。本当にコレは竜なのか?
階層主の部屋に我らが入ると背後の扉がひとりでに閉まり、もう一度三人で押してもピクリとも動かなかった。
階層主、仮称で三首の茸竜に正面から向き各自武器を構えると、何もなかった茸竜の茸の柄のような顔に二筋の線が浮かび上がる。
上の線は開くと縦長の動向の赤い目が一つ現れ、下の線は粘液の滴る口となった。
なんとも形容しがたい咆哮を茸竜が上げ、戦闘の火蓋が切って落とされる。
長い首や尾から繰り出される振り回しは我らを核がある可能性の高い心臓部に近寄らせてはくれない。
巨躯を支える足の踏みつけも、人族なら踏まれれば簡単に圧死してしまう。
どの攻撃一つとっても致命傷となりえる。そんな攻撃を紙一重で躱しリトスは反撃の一撃を茸竜に与える。
炎を纏ったリトスの一撃は少ないが茸竜にダメージを与えていた。しかし、それ以上に竜の再生速度が早い。
我も首の一本を断ち切るも直ぐ様、菌糸のようなものが撚り集まり首の形へと再形成していく。
切っても切り落としても一向に茸竜の再生速度に落ちる気配がない。焦れる我らと同様に、なかなか倒れない我らに竜の方も焦れてきていた。
攻撃パターンが変わる。
今まで首や尾の振り回しや、踏みつけなどの近接的なものだったのが三つの首から同時に溶解性のある毒液を吐いてきた。
毒液を避けたリトスの着地に尾を叩きつけてくる。リトスに当たる直前、間に割り込んだ我は尾の一撃で勢いよく石壁に叩きつけられた。
「クリューソス」
「クー」
一瞬、飛かける意識を二人の悲鳴が引き止める。
『我なら大丈夫だ』
立ち上がり槍を構え、茸竜を見据える。
『その程度か、階層主。我ならまだピンピンしているぞ』
軽くステップを踏んで、健在を示して見せてみると、明らかに階層主の目が怒りに燃えだした。それで良い。我の方だけを見ろ。
執拗に我の方を階層主が狙い出した。その隙をリトスが斬撃で、コキネリが炎の魔法で追撃する。
少しずつ再生速度が下がってきている。このまま行けば……。追い詰めたと思った時が一番危ない。
今まで靡いているだけだった鬣が逆立ち針状になり一斉に我らに向かって雨のように降り注ぐ。
我の指よりも太く長い針。こんなのにリトスが刺されたらほぼ即死だ。彼女の頭上で傘のように槍を回転させる我の後ろで素早くコキネリが防護壁を展開していた。
豪雨のように降り注ぐ針が防御壁を激しく叩く。それでもコキネリの防護壁は砕けたりはしない。
大方は払い落としたものの、数本が我の腕や足を貫いた。刺された箇所がズキズキと痛み、動かすと激痛が走る。
「そんなのずるいでしょ!」
コキネリの絶叫に竜を見ると打ち尽くされたはずの鬣が綺麗に揃い、ユラユラと靡いている。また、あれが来るのか。
第二射が来る。払い落とすも全ては払いきれず、降り注ぐ針だけを気にしているわけにもいかない。針の雨が止むと同時に尾の横薙ぎが迫ってきていた。
避けられない!
わざとか偶然か。竜の尾に吹き飛ばされた我はコキネリの防護壁に叩きつけられ自ら砕いてしまった。
コキネリとリトスの悲鳴が響き、ニイと竜が粘液にまみれた口の端を上げ嗤った気がした。
防護壁を展開しようものなら竜は我を防護壁目掛けて吹き飛ばすだろう。展開した傍から砕く気だ。防護壁の崩壊はコキネリの精神と魔力を大きく削る。我の身よりも先にコキネリが倒れてしまう。パーティーの要は魔法士。それが倒れることは敗北と同じだ。
我はリトスとコキネリを守ると誓った。ならば今出来ることは
『リトス、我を纏え』
「え?」
突然のことに呆けるリトスの身体を部位ごとにバラバラになった我が包む。リトスの身体に合わせ変形した我を纏うリトスの姿は金色の戦乙女のよう。
我の残された能力の一つが装着者のダメージと状態異常を全て遮断するというもの。貫かれようが装着しているリトスには傷一つつかない。ただし、リトスの負ったダメージの痛みは全て我に来る。
『リトスは攻撃を気にせず、心臓部を狙ってくれ。受けたダメージは全て我が受ける。コキネリは援護を頼む』
「分かったわ」
素直に指示に従い、槍を手に竜に向かうリトス。その肩に乗るコキネリが悲痛な瞳を我に向ける。
リトスは知らない。我に痛覚があるのも、ダメージの肩代わりがどれほどの痛みを伴うのかも。
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