第16話
「あたし、槍なんて使ったことないのになんでこんなに使えるの?」
華麗に槍を振り、迫る攻撃をいなすリトスが驚きの声を上げる。彼女が不思議がるのも無理はない。これも我の能力。我を纏ったものは我が扱える武器も使えるようになる。我は槍士を名乗っているが、実の所、魔法以外の武器は達人級には扱えたりする。ただ、一番槍が性に合っているというだけ。
我を纏ったリトスの前に茸竜は手詰まりになっていた。鬣を針状にして飛ばそうが、毒液を吐こうが、首や尾を振り回しても、ましてや踏みつけなど、どれも目の前を華麗に舞う少女を捉えることが出来ない。
切る札のなくなった竜は最後の手札を切った。
ブワッと竜の頭部の茸の傘が巨大化すると赤紫の霧が部屋に充満し始める。
「これ、まずいやつよ」
コキネリが警告する通り、おそらく茸竜は毒の胞子を部屋に充満させようとしていた。息をする生物なら必ず吸って絶命してしまう。しかし、我を纏ったリトスにはどんな毒も効かない。我の能力を侮るな。
茸竜の胞子に包まれ部屋が一面、赤紫に染まる。濃い胞子のせいで竜の姿もまともに見えないが、姿が見えないのは竜も同じで見当違いの所に針の雨が振る。
次第に床に胞子が落ち、赤紫の霧が薄くなっていく。
「見えた!」
茸竜の姿を確認した瞬間、リトスがまだ生きていることに驚き、目を見開いている茸竜の胸に向かってリトスは鋭い突きを放った。
ノーガードの茸竜の胸を貫くと思われた一撃はポヨーンとその弾力に溢れた身体に無惨にも弾き返される。
「嘘でしょ」
驚くリトスに我も同意だ。何度隙をぬって試しても結果は変わらなかった。我らの槍では茸竜を貫けない。
「動けるうちは諦めないんだから」
何度挑戦しても結果は変わらない。いくら、ダメージを追わなくても動いていれば体力は失われていく。
とうとう、弾き飛ばされた勢いで着地に受け身を取れずリトスが床に転がった。その隙を逃す茸竜ではない。尾の先端に長い針を生やし、リトスの背中に向かって叩きつけようとしている。
『リトス、避けろ!』
咄嗟に叫んだものの逃げることは叶わず、リトスの身体を長く太い針が貫いた。パタリと倒れ伏すリトスの姿に茸竜は満足げな笑みを浮かべるが、それも長くは続かなかった。
何事もなかったかのようにぴょこんとリトスが起き上がったからだ。
「あたし、死んでない……」
腹から生える針を引き抜いても血は一滴も流れていない。
「何で?」
肩に乗るコキネリに尋ねるように視線を移したリトスが見たのは泣き出しそうな瞳でわずかに黄金の輝きを残した我に治癒魔法をかけるコキネリだった。
痛みで飛びかける意識を必死で繋ぎ止める。こんな場面で装着が解除されたらリトスが死んでしまう。
守ると誓った。だから、何があっても、何を引き換えにしても二人を守る。
「ごめんね、クリューソス。あたしが強くないから大変な目に合わせて」
我がリトスの痛みも引き受けているのを知ったリトスが涙声で我に語りかける。
『……リト…スは……悪く…な…い……』
これ以上心配をかけたくないのに痛みでどうしても言葉が途切れてしまう。彼女は何も悪くない。彼女が訪れなければ、一緒に行こうと願ってくれなければ我らは今、ここに立つことすら出来なかったのだから。
こうなったのも全て我の因果応報。
『大丈夫……三人で攻略すると約束したから』
不安に押しつぶされそうなリトスとコキネリに穏やかな声で話しかける。絶望に飲まれかけている彼女達に我の言葉は届いていないかもしれない。
今のままでは攻略は到底不可能。だが、一つだけ道は残されている。
我が全ての能力を取り戻せば茸竜など一撃で屠れる。代償さえ神に支払えば……
『我が創造主にして金色の太陽神に願い奉る。我が声を聞き入れ給え』
「久しぶりだね、君から僕に声をかけるなんて」
我の声に応えたのは陽だまりのような暖かな声。神の御声が地上に注がれたのと同時にこの空間の時が止まり、我の意識は神の御わす空間へと飛ばされた。
藍色の
「また、宝物殿から抜け出したみたいだね」
窘めるというよりは誂うような主の声。
「そんな君が僕にどんなお願いかな?」
全てを知っていて、なお問いかける神の声はいじるのが楽しくてしょうがないと言った様子。
前置きなど神の前では無意味。
『私の全ての能力を戻してください』
我の願いに神は少しだけ唇を引き締めた。
「それは全てを僕に返上するということは理解しているよね」
『はい、その覚悟でお呼びしました』
今の我は神が作り出した最高傑作に余分なモノを纏った駄作。元の傑作に戻りたければそれらを取り除かなければならない。
完璧な神にとっては人の感情や感覚など守護者には余分なモノに過ぎなくても、我にとってはかけがえのないモノ。それでも、リトスとコキネリの代わりにはならない。二人が失われて我だけが残るなど耐えられない。
「感情や感覚だけじゃない、今の君の記憶と人格もなくなるよ。それでも良いの?」
即座にはいと答えられなかった。消えるのが怖い。指先が身体が全身が恐怖で震える。そんな我に神は優しく慰める様に囁いた。
「全てが消えるわけじゃないよ。守護者としての人格は残るから。消えるのはその上から積もったガラクタだけ」
創造主と言えど、大切なものをガラクタ呼ばわりされるのは腹がたつ。
『ガラクタなどではありません』
語気を強めて否定する我を神はどこか嬉しそうに見つめていた。
「そんな君を見ているのは退屈ではなかったよ。覚悟は良いかい?」
我の答えを主は静かに待つ。もう、覚悟は決めた我はコクリと神に一度頷き返す。
「汝の願い、この金色の太陽神が聞き入れた」
神の声とともに世界が光に包まれた。
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