第13話
六層、七層は一般的な石造りの迷路で現れる怪物も四層までの手足の生えた茸と低木の根が足になり、枝が手となった木人と言って良いのだろうか?そのようなものが現れるようになったが、火に弱い怪物達はコキネリの炎を宿した我の槍やリトスの短剣の一撃でことごとく塵と化していく。
罠も落とし穴は予めリトスが教えてくれるので落ちることもなく進み、時折、飛んでくる矢は我の表面を少しばかり削って落ちていく。
六、七層には階層主はおらず、探索は順調に進んでいった。
八層に入り様子が変わってきた。階層の作りは上層と同じ石造りの迷路であったが、出現する怪物が我の膝まで程度だった茸は我と同じ背丈のものが増え、木人も背が高くなり、手には先の尖った棒と表面に大きな葉を貼った盾を手にしている。その他にも蔦を触手のように振り回し、自走する蔦の塊など面倒なものが増えてきた。
知恵も回るようになってきたのか、炎を操るコキネリを執拗に狙う傾向が出てきた。
まだ、余裕はあるものの、少しずつ身体にできる傷が増えていく。ところどころ
八層をなんとか攻略し、九層に到達した頃には全員が疲労困憊だった。
たどり着いた九層は幹の太さが優に大人二人を超える巨木が生い茂り、陽の光を遮る薄暗い森だった。木々の根元に生える草花もリトスの背と大差ないものばかり。視界も悪ければ移動も困難。早く抜けたい気持ちは在れど現状はそれを許してはくれない。
『今の状態でこの森を抜けるのは厳しい。ひとまず休める所を探そう』
我の提案にリトスとコキネリは無言で頷いた。
疲れた身体を引きずり、少しばかり進むと大木の根元辺りに人が数人隠れられるような大きさの洞があった。
我が先行し中を探る。木くずが多いがカビや茸は生えていない。ここなら安全に休めそうだ。
『ここなら休めそうだ』
後方で待機していたリトスとコキネリに手を振り招いた。二人が到着するまでに床の木くずを布でまとめて簡易的な寝床を作り、熱を発する魔石を鍋に入れ湯を沸かす。二人が到着するまでに寝床とパンとスープだけの簡易的な食事を用意して待った。
「これ、クリューソスが用意してくれたの?」
用意された寝床と食事に驚くリトスにそうだと頷く。
「ありがとう。お腹ペコペコだったのよ」
言うが早いか、我の差し出したスープの注がれた皿を受け取ると頂きますと言い終える前にリトスは口にスープを流し込んでいた。
『コキネリも食べろ』
小さな碗に盛ったスープを肩に乗るコキネリの近くに持っていくと彼女は前脚で持ったスプーンで掬い口に運ぶ。
食べ終えると二人は寝床に倒れ込むとそのままスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。
『見張りは任された。二人はゆっくり休んでくれ』
もう聞こえていないだろうリトスとコキネリに声をかけ、我は傷の手当を始めた。
鍍金が剥がれるのは人で言うところの軽い火傷や薄皮が剥がれた状態に近い。今は全身ひどい日焼けといったところ。放って置いても治るが手当をしたほうが治りは早い。風に撫でられた身体に激痛ではないがヒリヒリした痛みが走る。
『痛たたたっ』
二人の前では言わずに我慢しているが、地味に痛い。収納袋から薬液に浸された包帯を特に傷ついている手足に巻いていく。薬液の冷たさがひりつく痛みを和らげてくれた。
我としては痛覚は無くてもいいと思っていた。しかし、彼が感情を持つなら痛みを知っておかないと自分にも人にも優しくは出来ないからと半ば押し付けられるように与えられた。
最初はただただ迷惑だった。表面を削られただけで走る痛みに半ばパニックに陥って守護者の役割をまともに行えないことすらあった。それでも今は痛覚があってよかったと思う。痛みを、恐怖を知ったからこそ大切に出来ることもある。
傷の手当を終え、防護壁を二人の周りに展開して洞の外に出ると、先程までは出ていなかった月が煌々と藍色の空に輝いていた。
『いつの間に月が……』
この森に入った時に木々の隙間から見えたのは水色の空。月はおろか空も藍色ではなかった。森に入ってから時間もそれほどたっていない。自然に時間が早まることはない。必ず何者かの仕業だ。
背後に気配を感じ振り返ると手のひらに乗るほどの大きさの銀の月の輝きをもつ美しい銀髪の女性が微笑み浮いていた。
『何者だ?』
尋ねても女性はただ、ニコニコと微笑みを浮かべるだけ。よく見れば女性の背中には透き通った蜂のような羽があり、その羽を細かく震わせている。
『我に何か頼み事でもあるのか?』
首を縦に振る女性。言葉はきちんと伝わっているらしい。
『我に叶えられることならうけるが、どんな頼みだ?』
頼みを聞いてくれると確信した女性は口を開いた。
「蜂蜜、欲シイ」
『どんな蜂蜜だ?』
「太陽ノ様ニ輝ク、黄金ノ宝物殿ニアル太陽ノ蜂蜜。アルカ?」
太陽の蜂蜜なら知っている。宝物殿にいる時はコキネリがよくオヤツにしていたものだ。確か収納袋にもいくつか持ってきていたはず。袋の中から黄金色に輝く蜂蜜がたっぷり詰まった硝子瓶を取り出すと、女性は瓶に飛びついた。
「コレ、頂戴。コレ飲ンダラ女王、元気ニナル。女王、元気ニナッタラ何カオ礼スル」
切に願う女性の姿にあげてもいいと思う反面、悪用されたらという心配もある。迷宮にいるものを姿形で判断してはならない。美しいからと言って、善良であるとも限らないのだ。
『あげるかはその女王に会ってから決めても良いか?』
「ソレデモ良イ。ジャア、行コウ」
我の指を掴むと足元から転移陣特有のまばゆい光が溢れ出す。
『ちょっと待て!』
慌てて女性を振り払うと転移陣の光が消える。
『我の仲間も一緒だ』
「分カッタ」
そう言うと洞に戻る我の後を女性は羽をはためかせ着いてきた。
爆睡して起きる気配のないリトスとコキネリを抱き上げ準備が整ったことを知らせると女性は再度、転移陣を発動させた。
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