第12話

 四層で出現する怪物はあの部屋で遭遇したのと同じような我の膝程度の大きさの短い手足の生えた茸と根を足のようにして移動するハエトリ草にウツボカズラ程度で我らの脅威にはならなかった。

 罠もリトスが随時解除し大事に至ることなく我らは四層を越え五層へと到達した。

 五層に降りた我らを待っていたのは無人の街だった。まだ生活感がのこっているのに誰も街にはいない。試しに入った家の中にはまだ湯気のたつスープの入った皿が机の上に乗っていた。


「なんだろうねぇ、この街は」


 リトスが疑問を口にする。経験上このような街は幻覚か遺跡として階層に設置されている。我やコキネリには幻覚は通じない。そんな我らにもリトスと同じように街は映っていることからこの街は遺跡として設置されているものだろう。

 遺跡は研究者にとっては垂涎もの。近いうちにここも多くの研究者が押し寄せてきそうだ。


 ふぁあとリトスが欠伸を噛み殺す。その肩にはうっつらうっつらと船を漕ぐコキネリの姿が。


『ここには屋根も寝床もある。今夜はここで休もう』


「賛成ー」


 口で返すリトスに前脚を上げて肯定の意を現すコキネリ。二人は近くの家に入り、ベッドを拝借すると数刻もしないうちに気持ちよさそうに寝息を立てだした。

 本当は寝入ってしまう前にコキネリに頼みたかったのだが、起こすのも可愛そうだ。収納袋から防護壁を展開する魔術符と魔石を取り出し、符の上に石を置く。魔石が割れるのと引き換えに二人の寝るベットを覆うくらいの硝子状の半球の防護壁が展開された。


『これで少しの間、我が離れていても大丈夫だろう』


 安全対策をした上で我は二人を残し、無人の街の探索へとでかけた。


 静まり返った街の上空には藍色の空が広がっている。たまたま来たのが夜だからなのか、常に夜なのかは時間が経てば分かるだろう。

 暗い空の下でも無人の家に灯された明かりが夜道を照らしてくれる。本当に誰もいないのだろうか?窓の空いている家を覗き込んでも人の姿はどこにもなかった。

 ぐるりと街を一周してみたが下層につながる階段が見当たらない。遺跡で下層の階段が見つからない場合は何かしらの仕掛けを解かなければならなかった。

 必ず仕掛けのヒントが何処かにあるはずだ。何度か二人の様子を伺いに戻りながら街の中を探したがそれらしきものは見つけられなかった。




「おはよう」


 目を覚ましたリトスとコキネリが我に目覚めの挨拶を交わす頃になっても街を覆う夜空は藍色のまま。ここは朝の訪れない夜の街。


 昨夜、街を探索してわかったことを朝食のパンを頬張るリトスと小動物のようにクッキーを齧るコキネリに報告すると、くいっと水筒の水を飲み込みリトスが礼を述べた。


「そっか、下層の階段、見つからなかったんだ。あたし達が寝ている間に探してくれてありがとうね」


「クー、いつもありがとう。でも、クーも寝れるようになっても良いんだよ」


 礼を言いながら、欲望に誘おうとするコキネリ。本人に一切悪気がないのが痛いところだ。眠らない夜は孤独で長い。感情を知らなかった頃には分からなかった孤独が今は怖い。欲望を、睡眠欲を食欲を持っているコキネリを羨ましいと思う。我も何度、そう在れたらと言う想いとこれ以上、能力を失って守護者の務めが果たせなくなるのが嫌だと言う想いがせめぎ合う。


『我は眠れなくても構わない。探索には寝ずの番がいたほうが便利だろう』


 本当は良くはない。けれど、ただ役割のために生み出された我が誰かと共に泣き笑い苦楽をともに出来るという、それだけでも幸せなのだと。これ以上のことは能力を差し出して求めてはいけないのだ。



 朝食を終えた我らはまず、街の中心部に建てられた高い塔に登ってみた。中は特にこれと言った特徴もなく頂上までひたすら螺旋階段が続いている。

 階段を登りきり頂上の屋上に着いたがめぼしいものは何もなかった。


『何もないな』


「何もないね」


 何もない屋上に落胆の声をこぼす我とコキネリにリトスが「何もなくないよ」と屋上に張り巡らされた落下防止柵から身を乗り出して地上を指差す。


「この景色があるじゃない」


 言われて見下ろした街の風景は地上に星が瞬いているような幻想的で美しい光景だった。

 美しい光景を眺めていると違和感を感じる。他と少しだけ色の違う光がいくつか混じっている。試しに違う光を線で繫ぐと文字が現れた。


 “きょうかい”


『リトス、コキネリ気付いたか?』


 二人に文字のことを尋ねれば笑顔で勿論と返ってくる。


「さーて、次の目的地は教会よ」


 一番疲れているはずのリトスが元気よく行き先を告げる。高い塔を降り、我らは街の外れにある教会を目指した。



 小綺麗な教会の扉を開くと床一面に白く輝く花が敷き詰められ、祭壇には等身大の女神の像が祀られている。この女神は迷宮の創造主で間違いないだろう。まずは四層の非礼を詫びるべく女神の元に続く中央の通路を進むとキラキラと花びらが舞う。


 女神像の前にたどり着くと我は跪き女神に非礼を詫びた。


『偉大なる創造主である女神の迷宮の一部を破壊した無礼をお許しください』


 頭を深く垂れているとピシャーと脳天から身体を雷撃が突き抜け走る。あまりの激痛にその場に倒れ込んだ。心臓があったらショック死しているレベル。それほどまでに一部とはいえ、迷宮を破壊することは罪深い。故に探索家達は地道に探索を行うのだ。

 痛みでどうしてもうめき声が漏れてしまう。他の神ならこのような状態でも追撃が来たが、来ないところを見ると女神はこの一発で許してくださったようだ。


『女神の……お心遣い……感謝し……ます』


 途切れながらも感謝を述べると少しずつ痛みも引いてきた。以前、他の迷宮でやらかしてしまった時は死なないのを分かっていてか、痛くて絶叫を上げていようが、よっぽどのことがなければ気を失うことがない我を容赦なく気絶するまで雷撃を落としてきたものだ。

 しかし、この女神からはなんだかやりすぎてしまったと後悔してるようにも感じた。ここの創造主は優しく幼い女神なのかもしれない。


『最下層でお会いすることを楽しみにしています、女神』


 痛みが引いて見上げた女神像の口には微笑みが浮かんでいた。

 突然のことに入口で固まっていたリトスとコキネリが慌てて花びらを舞い上がらせながら駆け寄ってくる。


「今の何?大丈夫なの?」


「クー、大丈夫?まだ痛い?」


『もう大丈夫だ』と気丈に振る舞う我に口々に二人は「心配したんだから」と我の身を案じる言葉を投げかけた。

 丈夫さも我の取り柄。そんなに心配しなくても大丈夫なのだが。なかなか二人の心配は拭えない。話をそらそうと視線を女神像の台座に移すと何やら文字が書かれている。


 “故人を想え”


 この言葉が意味するものは?故人ということは墓地へ向かえということだろうか?


『像の台座に何書かれているぞ』


 二人の関心を強引に像の方に向かせた。


「故人を想えか……。となると次の目的地は墓地だね。墓地なら裏手にあったから調べてみよう」


 言うとリトスは入口へと駆け出し、その後を「待ってよリトス〜」とコキネリが羽をはためかせ追う。なんとはなしに床に敷き詰められた花の一つを摘み我も二人の後を追った。



 教会の裏手にはざっと見積もっても1000以上の墓石が設置されている。これだけあると調べるのも一苦労だ。三人で手分けして少し調べてみるとどの墓石にも名前が記されていない。これは誰の墓でもなく死したもの全ての墓とも解釈できる。つまり、想いたい人を各自が想えば良い。


 我が想うのは唯一人。


 一番手近にあった墓石に教会で摘んだ花を供え彼に呼びかけた。


 ■■■■■、我は今、君の来孫と一緒に迷宮に来ている。君とよく似た溌剌とした少女だ。そのうち君の故郷にも行くつもりだ。その時、またゆっくり話そう。


 話し終えると花を供えた墓石がゴゴゴゴとひとりでに横に動き出し、墓石が退いた下には地下へと続く階段が続いていた。


『下層への階段があったぞ』


 少し離れた所を探していたリトスとコキネリに声をかけると目を輝かせて二人は駆け寄ってくる。


「やるわね、クリューソス」


「お手柄よ、クー」


 一応は褒めている?な二人を背に先頭で階段を降りる我であった。

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