第10話

「庭園型なんて珍しいわね」


 我の肩の上でポツリとコキネリが漏らした。

 迷宮の構造は様々ある。その名の通り石造りの洞窟のような迷路から草木が生い茂り、花々が咲き乱れ地下にいるとは思えないような庭園、怪物との一騎打ちを想定された闘技場のようなもの、一面水に覆われた水中や溶岩沸き立つ火山など他にも色々な環境がある。その中でも庭園は珍しく、怪物の出現が少なく大体が迷宮での休息所となっていた。

 子供達がここに迷い込んだのなら無事でいる可能性が高い。


「ここなら、あの子達も無事そうね」


 ふうと安堵の息を漏らすリトスに『そうだな』と頷き返した。むしろここだからこそ、子供達の警戒心も薄れ居座ってしまったとも言えるかもしれない。


「子供達はこっちの方角よ」


 再度、探知魔法で子供達の正確な位置を探し当てたコキネリが子供達のいる方向へと飛んでいくのを我とリトスは軽い足取りで追っていった。


 コキネリが止まった先には大木の傍らに一見したところ怪しいところは見受けられない、極々ありふれた木造の小さな小屋がぽつんと一軒建っていた。

 近づくと中からワイワイと子供達が話す賑やかな声が扉越しにでも伝わってくる。


「まったく、あの子達。人の心配も知らないで楽しそうにしちゃって」


 はあ、と呆れた声を発し苦笑いをこぼすリトスに


「まあまあ、無事だったから良いじゃないの」


 と宥めるコキネリ。


「まあね、でもお仕置きはしなくっちゃ」


 そう言うリトスの顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。

 バンと勢いよくリトスが扉を開くと二人の男児と一人の女児が目を見開いて入口の方を見て硬直している。


「あんたたち無事で良かったわ」


 口元は笑っているが目は笑っていないリトス。一気に子供達の顔が青ざめる。


「……リトス姉ちゃん」


 今にも泣き出しそうな声でリトスの名を呼ぶ子供達をリトスは優しく抱きしめ、頭を撫でた。


「ホントに無事で良かった。でも、心配かけたんだから帰ったらお仕置きだからね」


 優しく微笑みながら、頷く子供達の額を軽く指で小突くと、リトスは小屋を出ようと扉を開いた。瞬間、彼女の足元に魔法陣が現れ紫の光を放ち始める。


「まさか転移陣!」


 転移陣。迷宮にある罠の一種。一瞬で陣の上に乗った対象を特定の場所や行き先がランダムな所に運ぶもの。行き先は様々で、転移先で怪物に囲まれているとか、いきなり空中に放り出されることなどもある。罠の中でも特に危険度が高い。


「リトス!」


 危険性を知っているコキネリがいち早く我の肩からリトスの肩に飛び乗ると同時に陣は二人が見えなくなるほど輝き一面を白く染める。


『コキネリ、リトス!』


 叫んだ時には光の消失とともに二人の姿も消えていた。


「リトスお姉ちゃんとテントウムシのお姉ちゃん」


 泣き出しそうな女児の頭を安心させるようにそっと撫でる。


『リトスとコキネリなら大丈夫だ。まず、我らがすることは教会に戻りピリアを安心させることだろう』


「うん」と頷く女児とまだ呆然としている男児二人を抱き上げる。


『子供達、しっかり掴まっているんだぞ』


 一声かけると我は迷宮の入口に向かって駆け出した。




 行きは良い良い、帰りは怖い。迷宮では行く道が順調でも帰りの道が順調とは限らない。疲労による判断力の低下や身体能力の低下はもちろんあるが、迷宮自身が入ったものを帰さないようにする特性を持っている。

 この迷宮も例外ではなかった。往路ではまったく姿を現さなかった怪物が、復路で我らの行く手を阻む。

 迷宮によって様々なテーマがある。我のいた宝物殿に現れる怪物には宝石や金貨などを連想させる怪物が出てきていた。宝箱に偽装した人食い箱や罠に誘い込む走る宝石袋、岩や金属の動く人形から我のような騎士鎧の兵士などがいる。

 この迷宮は植物やその周辺の生き物をテーマとしているようだ。

 我の膝ほどの大きさの短い手足の生えた柄に毒々しい傘を乗せた茸の怪物と根を足のように動かし、ハエトリ草のような頭を揺らす植物の怪物が数匹立ちはだかっている。

 一旦、子供らを背後に退かせ、槍を握る。我に飛びかかってくる茸とハエトリ草を槍の一振りで叩き落とす。真っ二つにされた茸とハエトリ草は紫の粒子になり、その場には紫色の小さな石がコロンと転がった。


「あ、魔石」


 嬉しそうに拾おうとする男児の襟首を掴み、残りの二人も抱き上げまた走り出す。腕の中の男児が不平の声を上げる。


「少しくらい拾っていってもいいじゃん」


『そんな暇はない』


 少しばかりキツイ口調で男児を黙らせた。コキネリと離れたことで生じた焦燥感が我の冷静さを失わさせている。我は至宝の守護者、常に至宝の傍にいて守らなければならない。存在理由と今しなければならないことの差異が心をかき乱す。

 数度の茸とハエトリ草の襲撃を退け、無事我らは迷宮を脱出した。

 本来ならば子供達を教会まで送り届けなければならないが、我にはその余裕がない。リトスはコキネリがいれば多少の傷などは治癒出来るから大丈夫であろうが、コキネリになにかあったら、至宝が失われたら我は……。

 迷宮から出てすぐに野営地の男性からもらった白と赤の発煙筒を焚く。発煙筒を焚いて数刻もしないで野営地にいたはずの男性が姿を表した。


「お、子供も迷宮の入口も見つけるとは」


 嬉しそうに我に声をかける男性に返す我の声は硬い。


『すまないが子供達を野営地で預かってはくれないか。まだ、迷宮に仲間が残っている。早く合流しないと』


「そりゃ、一大事だな。子供達は任せろ。お前さんは仲間と合流してくれ」


『感謝する』


「って、一人でも大丈夫なのか?」


 男性が子供達を預かってくれると明言したところで我はすでに迷宮に舞い戻っていた。



 復路で出現した茸もハエトリ草も今は姿を隠している。これなら直ぐにでも合流できる。

 コキネリの位置はどんなに離れていても分かるし、彼女にも我の位置は確認できた。能力が失われていない頃は互いに求め合えば直ぐに求めた方に求められたほうが召喚されたが、今ではそれは出来ない。だから今はひたすら迷宮を駆けるしかない。

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