第9話

 森の東側に到着し最初に行ったのはコキネリの探知魔法での捜索だった。期待は往々にして裏切られる。子供達にいて欲しい我らに現実はいないと突きつけた。


『ここにもいないか……』


 本当に子供達はどこに行ってしまったのだ。

 辺りを見回しているとピリリと身体に電撃が流れ、ビクリと肩が跳ね上がった。我と同様に肩の上に乗っていたコキネリが軽く飛び上がる。


「クー、これって」


 彼女が言いたいことはわかる。これは迷宮が放つ魔力だ。この近くに迷宮がある。まさか子供達は迷宮の中に?

 迷宮の中と外は全くの異空間。中に入られてしまうと外から探知することが出来ない。しかし、中にはいれば探知魔法が有効になる。


「リトス、子供達は迷宮の中にいるかもしれない」


 コキネリの言葉にリトスが目を丸くする。新しい迷宮が出来たと聞いてもどこか半信半疑だったのだろう。


「え、それってホントに新しい迷宮がこの辺にあるってことだよね」


「そう。わたし達は迷宮がある方向がわかるの。着いてきて」


 迷宮に向かってコキネリが勢いよく飛んでいくが、すぐにふらついて墜落しそうになるの両手で受け止める。


『迷宮の魔力になれるまで痺れるのだから案内は我に任せておけ』


 我なら少しピリピリする程度で行動するのに支障はないが、飛ぶなどという高度なことは痺れていては難しい。


「うん。そうさせてもらう」


 少しばかりしょんぼりした声でコキネリは頷き、定位置の我の肩の上に止まった。

 電撃の強くなる方に迷宮がある。少しずつ強くなる電撃に耐えた先には大人一人が優に通れる洞窟がポッカリと口を開けて待ち構えていた。


 入口には招き入れるかのように一対の先端に光を放つ球体を乗せた柱が立てられ、その奥には等間隔で柔らかな青い光を放つ鉱石が設置されている。

 迷宮に踏み入れると我らの周りを小さな白や黄色の光を放ちながら光蟲が飛び回る。その光景はまるで夜空の中を散歩しているような幻想的なもの。これは子どもたちが虜になってしまうのも仕方がないだろう。


『コキネリ、子供達の気配はあるか?』


 迷宮に入ってしまえばコキネリの探知魔法で子供達の有無が確認できる。


「わかった、やってみる」


 即座に頷きコキネリは探知魔法を発動させた。コキネリの周りに波紋のような光が外側へと波打っていく。暫くすると波は凪、コキネリが「こっちよ」と先頭に飛び出そうとしてまた墜落しかけた。


『コキネリはいつものように我の肩の上から指示していれば良い』


 定位置の我の肩にコキネリを乗せるとリトスが心配げに我とコキネリを見つめた。


「さっきから調子が悪そうだけど大丈夫?」


 迷宮に近づくにつれて我は何でも無い所で肩をビクつかせたり、『痛ぅ』と小声で漏らしてしまっていた。不審に思われても仕方がない。隠す方が余計に心配されるだろうし、これからともに迷宮を探索する仲間に隠し事をするのは良くない。我は素直にリトスに理由を話した。


『我らは迷宮の魔力を感じ取ることが出来る。ただ、感じ取ると同時に僅かな痛みと言うか、痺れも感じる。恐らくこれは他の迷宮の拒否反応だと我は考えている。

 迷宮で生まれたものが他の迷宮を訪れたというのは我ら以外に聞いたことがないのでこれは憶測になるがな。まあ、しばらくたてば身体のほうが慣れてくるのでさほど問題ではない。心配をかけたようですまない』


 頭を下げる我とコキネリにリトスは安心したような笑みを浮かべる。


「そっか、そういう理由だったのね。しばらくしたら大丈夫なら、間はあたしが頑張るから」


 まかせてねと言わんばかりに胸をはり自信に満ちた笑みを浮かべるリトスに『頼んだ』「まかせたわ」と我とコキネリは返したのだった。



 コキネリの探知ではこの迷宮は十層まであり、子供たちは二層あたりで身動きが取れなくなっているようだ。急いで二層に続く階段を探さねば。

 一層の入口付近は幻想的な光景だったが、奥に進むに連れて光る鉱石に蔦が絡み暗さが増し視界がかなり悪くなってきている。そんな中でも我とコキネリには迷宮の中は昼の街の中のように鮮明に見えていた。

 我らはそうでも人族のリトスは違う。収納袋からランタンを取り出し、リトスに渡す。


『これを使うと良い』


「ありがとう、ってこれって″消えることのないランタン″じゃないの」


 手渡したランタンを喜んで受け取ったリトスは驚きの声をあげた。

 消えることのないランタン。燃料も必要なければ強風が吹いても水に濡れても消えない。永遠に光を灯し続けていると言われるが、実際は100年くらいすれば消えてしまう。まあ、人の一生の間に消えることはないし、消えてしまったら迷宮の下層にごろごろ転がっている光る石を空のランタンに詰めればいいだけの話。


『それほど珍しいものではないだろ?』


「かなり貴重だし、需要があるのよ」


『そうなのか……』


 宝物殿の端の方にも山のようにあって眩しすぎるから適当な布で覆っていたはた迷惑な石にも需要はあるものなのだな。


「一個で金貨10枚」


 !!そんなにするのか。我らには珍しくもない石にそれほどの価値があるとは。彼と探索していた時は銀貨一枚だったんだが。時代が変わったのだろうな。


『最近の探索家は下層まで行かないのか?』


「行かないわけじゃないけど……なんていうか実入りが悪いからって。皆、浅層でそこそこ稼いでっていうのが今の主流かな。あのパーティーは珍しく攻略する気があったから参加したってのもあるの。まあ、結果は欲が強すぎて宝物殿を拝むこともできなかったけどね」


 どこか寂しそうにリトスは笑う。生活のため、命のため、浅層で稼ぐことは悪いことでは無い。安定を求める、それも選択の一つではある。

 ただ、迷宮を造った神々は浪漫を未知を求め冒険する探索者たちの姿を求めている。安定を求める人々の姿は神々にとっては少しばかり退屈に映っているだろうな。


「ねぇ、リトスは迷宮攻略したい?」


 リトスの想いを後押しするかのようなコキネリの問に


「勿論、あたしは高祖父ちゃんみたいにコキネリとクリューソスと色んな迷宮攻略したいよ」


 大きく頷き目を輝かせるリトスにコキネリも優しげな笑みで返した。


「じゃあ、子供達を見つけたら攻略しようね」


「うん、しよう。絶対攻略しよう」


 喜びで大きく伸ばしたリトスの手に絡まった蔦が勢いでちぎれ、隙間ができる。隙間からこの階層とは違う濃い緑の香りが流れてきた。もしやこれは。

 蔦を引きちぎり隙間を広げていくとその先には下層へとつながる階段が姿を現した。


「やったー!下層の階段発見」


 我の肩に乗るコキネリと手を合わせ喜ぶリトス。ここまではこれといった怪物や罠とも遭遇しなかったが次の層でもそうとは限らない。慎重に階段を降りた先には綺麗に整えられた芝生が生い茂る草原が広がる。随所に満開の花が咲き誇り、青空の下では小鳥が歌っていた。

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