第6話

 我にあてがわれた客間は急いで掃除をしたせいか、ところどころ埃が残っているものの、寝るには十分なものだった。

 薄い布団の敷かれたベッドに腰掛け、窓の外を眺めると改めてここが宝物殿の外だと思い知らされる。

 今頃、造物主はどうしているだろうか?今際の際の願いが叶えられているとは思ってもみなかった?いや、神である主に限ってそんな事はないだろう。我らの行動など主にとっては容易に想像できる些末なこと。きっと呆れながら見ておられるだろう。

 そんな事を考えているうちに星々の輝いていた夜空はいつしか東の方から白み始めていた。

 朝靄の中、赤々と輝く太陽が上り始めると子供らの元気のいい笑い声と共に教会の鐘が夜明けを告げる。


 リンゴンリンゴン。やや重たげな鐘の音に我の肩の上で眠っていたコキネリが目を覚ます。


「もう朝?」


 眠たげに目を擦るコキネリにそうだと小さく頷いた。


「朝日を見るなんてどれくらいぶりかしら。ちょっと散歩にでもいかない?」


 それも良い。口には出さず頷き、我とコキネリは散歩のために客間を後にした。


 教会の裏手には手入れのされていない木々が鬱蒼と生い茂る森が広がっている。手前からは可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえるが奥に行ったら何がいるか分かったものではない。流石に迷宮の最下層の番人レベルのものが地上に早々いるものでもないだろうが、用心はしておいたほうが良いだろう。

 周りに気を配りつつ少しばかり奥に足を踏み入れるとドスドスと地鳴りとともに小さく地面が揺れた。

 能力の半分を失っているとはいえ、流石にそこいらへんの獣に我が後れを取るはずもなく、草むらの脇から突如現れた体高が成人男性ほどのイノシシを背負った槍で眉間に一突きで絶命させる。


『子供らの食事に良さそうだな』


 絶命させたイノシシはかなりの大物でこの一頭で子供らの腹を満たせるほど。これは良い土産が出来た。内心喜ぶ我にコキネリが良い知らせを話してくれた。


「このイノシシ、毛艶も良し珍しい毛色だからから毛皮も高く売れるわよ」


 確かに毛に艶もあり何より銀毛。これは高く売れそうだ。今から子供らの喜ぶ姿が目に浮かぶ。


 イノシシを手に教会に戻ると予想した通り子供らは口々に「お肉お肉」と狂喜乱舞した。せっかくの肉、ピリアやリトス、皆に思う存分味わってほしい。食事の必要のない我が調理を買って出てイノシシ肉をふんだんに使った料理を皆に振る舞った。

 焼き、煮込み、炒めとどの料理も皆、美味しそうに食べていたが、一番の人気は軽く塩コショウをした串焼きだった。肉を刺しては焼いて、焼いては刺してを繰り返す。


「お代わり!」


 嬉しそうに鉄串の乗った皿を持った少年が我の目の前で盛大に転んだ。鉄串が宙を舞い、少年に向かって落下していく。


「危ない!」


 悲鳴にも似た叫び声は誰のものだったか。咄嗟に伸ばした腕は少年と鉄串の間に滑り込み、カンカンと金属同士がかち合う音を立てて鉄串を弾いた。


『大事なくて良かった』


 目線を少年に合わせ屈むと少年の目には涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい。痛かったでしょ」


 言われて鉄串の当たった右腕を見ると引っ掻き傷ができ、金色の下から黒鉄色の地が少しだけ出ている。


『この程度の傷、どうということはない』


 我の言葉に「それなら良かった」と先までの涙は引っ込み少年の顔に笑顔が戻った。

 笑顔の戻った少年がしげしげと傷の出来た我の腕を眺めている。


『どうした?まだ気になることがあるのか?』


 我の問いに少年は少しだけ残念そうな面持ちで


「全部、金だと思ってたから……違うんだなって」


 純金だとワクワクしていた少年には申し訳ないことをした。造られた時の我は純金のようなものだった。しかし、今の我は鍍金メッキを塗ったようなもの。


『うむ、今の我は鍍金仕立てなのだよ』


 苦笑いとともに純金でなくてすまぬなと付け足すと


「うーん、どっちでもクリューソスはカッコいいから良いや」


 そう言うと少年は笑いながらちゃっかり肉の乗った皿を手に自分の座席に戻っていった。

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