第5話
ピリアに案内された教会の食堂には、三歳から一二歳の十名の少年少女が長机に置かれたまだ湯気を立てているスープの注がれた皿を前にスプーンを握りしめ、食事の合図を今か今と待ちわびている。
「みんな、お待たせ。リトスも帰ってきたことだし食事にしましょう」
ピリアの言葉に少年達は行儀よく手を組み太陽神に感謝を述べると一心不乱にスープを口に運び始めた。
「少し待てってください」
そう言うとピリアは奥の厨房へ消え、戻って来た時にはもくもくと湯気のたつスープの注がれた皿が2つ、干し肉の乗せられた小皿を1つ乗せたお盆を手に戻ってきた。
一つはリトスの前に、もう一つは我の前に置かれ、小皿はコキネリの前に置かれた。
「質素なものですがお口に合えば」
とピリアは苦笑を浮かべる。入っている具材は根菜の根と葉に肉の切れ端が少々。スープの色が乳白色なところから山羊の乳でも入れているのだろう。確かに豪華とは言えない。それでも真心を込めて作られた料理は温かいものだ。
「いただきまーす」
我の前に置かれたスープに当たり前のようにコキネリがスプーンをつき入れ、掬った乳白色の液体を口に運ぶ。
「出来立ての料理なんていつぶりかしら。美味しい」
うっとりと顔に前脚を添えるコキネリ。予想外の光景にピリアとリトスのスプーンがカタリと木製の机に落ちた。
「えぇ!クリューソスが食べるんじゃないの?」
「コキネリちゃん食べれたのね。ごめんなさい、貴女の分も用意しなくて。今、用意するから」
素直に驚きを表すリトス。対象的に驚きながらも申し訳無さそうにスープを注ごうと立ち上がろうとするピリアの肩を我は軽く押さえた。
『我の分は用意しなくていい。ピリアも食事を続けてくれ』
困惑しながらもピリアは「そうですか……」と座り直し食事を再開した。
食事が終わると子供達からの尋問に近い質問が行われた。全てに答えてやりたいがあまり答えられる事は多くなかった。
「二人の名前は?」
『クリューソスとコキネリだ』
「職業は?」
『探索家である。我はしゅご……でなく戦士。主に槍を得意としている。コキネリは魔法使いで治癒の魔法も使えるぞ』
魔法という言葉を聞いて子供達の間にどよめきが起きた。
「どんな魔法が使えるの?見せて見せて」
キラキラした瞳で見つめられ、困ったようにコキネリが我の方を仰ぎ見る。魔術は広く世に出回っているが魔法は奇跡でもあり、使えるものはごくわずか。おいそれと見せびらかすようなものではないのだが……。
『幻惑魔法なら危険性は少ないだろう』
小声でコキネリに耳打ちすると彼女は「そうね」と弾んだ声をあげた。
「それではご覧あれ〜」
コキネリが器用に前脚を指揮者のように振るうと食堂を夜空が覆い、星のように輝く魚が子供達の周りを泳ぎ回る中、キャッキャと子供達の楽しげな笑い声が響く。ひとしきり回遊した魚たちはコキネリが前脚を下ろすと同時に夜空とともに消えていった。
盛大な拍手がコキネリに送られ、受け取った彼女は気恥ずかしげに前脚で顔をかいた。コリネリに注がれていた子供達の熱い視線が我に移る。
「クリューソスは何が出来るの?」
何気ない子供の質問というのはときに真理をついて来る。我は守護者。コキネリを悪意あるものから守るもの。そのように造られ、それしか出来ない。我には戦うことしか出来ない。
「クーはね、お掃除とか家事が得意なの」
え?我はそんな……。いや、確かに暇だからと宝物殿の整理や掃除はしてはいた。彼と探索していた日々では身なりを気遣わない、彼の衣服を洗濯していたもの我だった。宝物殿に戻っては久しくしていないが食事当番も我だった気がする。いつの間にか我も戦う以外の事が出来るようになっていたのだな。
コキネリの言葉に「あたし、家事全般苦手だから助かるわ」と喜ぶリトスに「生活力のある男性は素敵ですね」と微笑むピリア。反対に子供達はえーっと残念そうな声を上げるのだった。
その後も子供達の尋問は続いたが、ほとんどの質問をコキネリが「内緒♪」「それは乙女の秘密♡」などと笑顔で誤魔化した。不平を言いながらもなんだかんだで子供達を納得させているのはコキネリの手腕だろう。
食後から続いた子供達の質問攻めはピリアの「さあさあ、寝る時間ですよ。寝ましょう」との一言で解散となった。名残惜しげに食堂を後にする子供達に笑顔で手をふるピリアとリトスにコキネリ。最後の一人が「また、明日ね」と笑顔で手を振り部屋を後にする。
先程までの賑やかさの失せた食堂はシンと静まり返り、外で鳴くフクロウの声がやけに響いた。
「粗茶ですがどうぞ」
茶の注がれたカップが我とコキネリの前に出される。話したい事がある、でも話せない。もどかしげな沈黙の中、ズズズとカップを抱えコキネリが茶をすする。
「言いたいことがあるなら言っちゃいなさいよ」
リトスとピリアの二人に向けられた言葉に、きゅっと唇を引き締め、先に言葉を発したのはリトスの方だった。
「ピリア、あたし黄金の宝物殿を攻略したわ。それで手にした財宝がこれよ」
腰袋をトンと長机の中央にリトスが置く。腰袋を見たピリアの目には明らかに落胆の色が見えた。さして大きくもない腰袋。それに収まる程度の財宝。黄金の宝物殿というのはやはりおとぎ話だったのだと言ってるかのようなピリアの顔。
しかし、次の瞬間、ピリアの目は驚きで見開かれた。
リトスが腰袋に手を入れ中の物を次々と長机に取り出していく。金銀硬貨に多くの宝石で彩られた装飾品、他にも見事な工芸品に装丁の見事な書物など、素人目に見ても価値の有りそうな物品が次々と現れ、あっという間に長机の上を占領した。
「え、こんなに沢山」
財宝を前に呆然とするピリアにリトスはニヤリと笑みを返した。
「まだまだ、こんなもんじゃないわよ。まあ、今日のところはこれくらいにしておくわ」
リトスの言う通り、宝物殿から持ち出した財宝はこんな量ではない。リトスの持つ腰袋はただの腰袋ではない。迷宮産の魔法の生地で作られた収納袋で、その収納力は一般的な家一軒分ほどの収納力がある。我も同じものを持っていて、コキネリも同じ素材の小ぶりのポーチを肩からかけている。
「これは、これから数年、ここを離れる間の子どもたちの生活費」
リトスの言葉にピリアはどこか諦めたような淋しげな笑みを浮かべた。
「……やっぱり貴女は探索の旅にでるのね」
ピリアは我とコキネリを一瞥してリトスに視線を戻した。
「クリューソスさんとコキネリちゃんを連れてきたときにそんな気はしていたの。近いうちに貴女は旅に出るんだろうなって。リトスのことよろしくお願いします」
淋しげな笑みを浮かべたままピリアは我らの方を向くと深く一礼した。
『承知した』
「任せて!」
我らの言葉に頭を上げたピリアの顔にはもう淋しげな笑みはなく代わりに安堵の笑みが浮かんでいた。
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