第4話
魔法陣で出た宝物殿の外は天井のない空に鷹であろう大型猛禽類が悠々と翼をはためかせている。吹く風は埃混じりだが、草木の匂いに混じって何処かの食事処から流れる香しい匂いを運んでくる。
何十年ぶりかに訪れたアイレア・イッラの街はものすごく栄えているかと言われればそうでもないが、寂れていると言う程でもないのどかな人の営みが見受けられた。
店の軒先から響く呼び込みの声。どれも、懐かしくも新鮮なもの。
コキネリを肩に乗せ、リトスに連れられレンガで舗装された路地を進んでいく。商店街を通り抜けてもリトスの歩みは止まらない。
次第に道路は獣道よりはマシな程度の土を踏み固めただけのものになり、周りに有った民家の姿も無くなり、代わりに好き放題に伸びた雑草と木々が鬱蒼と生い茂る。
そんな道路の先には金色の太陽のレリーフを屋根に掲げた小綺麗な白塗りの木造の教会があった。この教会は街の象徴とも言える迷宮、黄金の宝物殿の創造主、金色の太陽神を祀っている。
入口の扉の傍には白地の簡素な神官服に腰まである深い藍色の髪が映える女性が我らに手を振りながら笑顔を向けている。
「ただいま、ピリア!」
リトスが神官服の女性、ピリアに駆け寄り抱きつくと彼女も「お帰り、リトス」と抱きついた赤髪の少女をその豊満な胸で抱きとめた。
「ホントに心配したんだからね」
小言を言いつつ、リトスの頭を撫でるピリア。ひとしきり撫で終えると視線は我らの方へと移った。
「ねぇ、リトス。後ろの方は?」
興味と疑わしげな目で我を見るピリア。まあ、そう見られても致し方ない。全身金色の騎士鎧が突如、友人と一緒に現れれば誰でもそういう目で見るものだろう。
『我はクリューソス。リトスの冒険の仲間になる』
丁寧に一礼し、なるべく威圧感の出ないようおだやかな声色で名乗るも胡散臭さは拭えず、疑わしげなピリアの視線がリトスに戻る。
「本当なのリトス?」
騙されてない?大丈夫と小さい声で付け足された問いにリトスはブンブンと大きく首を縦に振り肯定する。
「ホントに、ホント。ずっとあたしが一緒に冒険したかった人達なの」
リトスの満面の笑みにそこまで言うのならとまだ完全には信用はされていないものの一応はピリアの信用は獲得できたようだ。
「初めまして、クリューソスさん。私はこの教会の神官を務めておりますピリアと申します。友人のリトスのことよろしくお願いします」
自己紹介とともに差し出されたピリアの手を握りかえすか否か、躊躇した我に彼女は違和感を感じたのか眉根を寄せる。
「クリューソスさん、貴方……」
触れられれば簡単に我が人でないことなど分かってしまう。我には人が当たり前に発する温もりが存在しないのだから。
誤魔化せば余計に不信感を買うだろうし、かと言って真実を話したところで信じてもらえるとも疑わしい。なにより、軽々しく我らの正体は明かせるようなものではない。どう答えようか思案している我を差し置いてリトスは輝く笑顔で我らの事を喋り始めていた。
「クリューソスはね、宝物殿の至宝の守護者なの。それでね、至宝っていうのがこの子なの」
いつの間にか我の肩に乗っていたコキネリはリトスの胸の前に掲げられた両手のひらの上で寛いでいる。
「宝物殿の至宝でリトスの仲間のコキネリです〜。よろしくねピリアさん」
いようと言わんばかりに掲げられたコキネリの昆虫特有の細い前脚。全く何をしているんだ。流石にこのコキネリの姿に思わず顳かみを指で押さえていた。
頭痛を覚える我と状況が理解できず混乱し目を白黒させるピリアに対してリトスとコキネリはただ誇らしげに満面の笑みを浮かべている。
『リトス、コキネリ。こういう重要なことは相手との信頼関係が出来てから順を追って話すものだぞ』
顳かみに指を添えつつ二人に苦言を呈すると「えっそうなの?」と言わんばかりにリトスとコキネリは衝撃で目を丸くした。
今回は我らの主である太陽神に使える神官であるからそこまでは問題にはならないだろうが、いくら能力が失われてようと我らは神が創造したもの。地上にある貴金属や宝物とは比べようのないほど我らには価値がある。コキネリにはもう少し至宝としての自覚を持ってほしいものだ。
『ピリア、すまないが今聞いたことは他言無用にしてもらえないだろうか』
我の呼びかけでハッとしたピリアが慌てて服を整えると恭しく頭を下げた。
「承知しました。太陽神の名にかけて貴方様方のことは他言いたしません」
『助かる』
ピリアが素直に頼みを聞いてくれて良かった。安堵の声が漏れる我にリトスとコキネリの申し訳無さそうに項垂れる姿が映る。
「あたし、浮かれすぎてた。ごめんなさい」
「わたしも……ごめんなさい」
憧れていた存在との邂逅、久方ぶりの地上。どちらも浮かれるなと言う方が酷かもしれない。幸い大事には至っていない。素直に謝りしょげているリトスの頭を撫でた後、指先でコキネリの頭も撫でた。
『二人共、以後気をつけるように』
諭すようにかけた言葉にリトスとコキネリは「はい」と真剣な瞳で答える。これなら大丈夫そうだ。そう考えたのは我だけではなかったようで、この光景を見ていたピリアの顔には穏やかな笑みが浮かべられていた。
「リトス、探索お疲れ様。お腹すいてるでしょ?ご飯の用意が出来てるの。早く行きましょう」
リトスの手を引き教会に向かうピリアが振り返り微笑む。
「勿論、クリューソスさんとコキネリちゃんも一緒にですよ」
そう告げ、足早に教会へと向かっていくピリアの後を我も追うのだった。
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