第3話

 赤髪の少女たち一行が迷宮に潜ってからはや五日。そろそろ進むか戻るかの折り返しの頃。「戻ろう」という青年達に少女一人だけが確信に満ちた瞳で「行ける」と断言した。しぶしぶ青年たちはその言葉に従い、少女一行は進み続け、食料の尽きる三日後には最下層の宝物殿の番人の前へと到達した。




「もうちょい、もうちょい、頑張れ!」


 透明な板に映し出される最下層の番人と少女一行の戦闘にコキネリが声援を送る。どんな攻略者なのだろう?彼らはどんな願いを持っているのだろう?何十年ぶりかの攻略者登場に我の心も踊った。


 神が創りし偽りの魔物。それが迷宮に現れる怪物達。あれらは生き物であって生き物でない。魔物には命も魂もあれど、あれ等に命もとい魂はない。迷宮の怪物とは迷宮内を循環する力の一端が形となったもの。


 全身傷だらけの黒い大蜥蜴のような怪物の喉笛が青年剣士の一撃で深く抉られ、傷口から大量の紫色の体液が滴り落ちる。赤く灯っていた大蜥蜴の目から光が消え、ズシンと床に倒れ込むと尾や鼻先といった先端から紫色の粒子となって蜥蜴は解け始めた。

 数刻もしないうちに大蜥蜴だったものは跡形もなく消え、蜥蜴がいた場所にあったのは蜥蜴の加工済みの外皮と宝箱と宝石のように透き通った紫色の石。青年達はそれを拾うと少女を先頭に宝物殿の扉へと向かった。

 少女が扉の鍵に手をかけ危険がないのを青年たちに告げると彼らは我先にと扉を潜り抜ける。

 彼らの眼前に広がるのは……薄暗い石造りの小部屋の中央に宝箱が1つ。


「攻略したのにこれっぽちかよ!」


 やや品性の欠けるこの一行のリーダーでもある青年が叫ぶとそれを見た他の青年たちも心底がっかりした表情で宝箱を眺めた。ただ、一人、最後に宝物殿に到達した少女が瞳を輝かせているのに青年たちは気づかなかった。


「あの人達はダメね」


 こちらも心底がっかりしたようなコキネリの声。

 我らの主はこの宝物殿を冒険の支度金として創られた。よってこの宝物殿は欲にまみれた者には姿を現さず、冒険を未知を未来を切り開こうとする意思を持つ者の前にしか姿を現さない。


 一つしかない宝箱を巡って言い争う青年達を傍目に赤髪の少女は目を輝かせながらあたりを見回している。我とコキネリの翠玉エメラルドの瞳と少女の琥珀色の瞳が出会った瞬間、パタリと少女がうつ伏せに倒れた。

 じわりじわりと少女の倒れた金色の床が赤黒く染まっていく。


「お前の役目は終わった。ご苦労だったな」


 少女を一瞥すると青年たちは迷宮を攻略すると現れる地上に帰還出来る魔法陣に乗り込み宝物殿を後にしていった。残されたのは腹部からおびただしい血を流し倒れる少女のみ。


『コキネリ!治療を』


「分かってる」


 肩にしがみつくコキネリを連れ、考えるでもなく我の身体は少女の元へと駆け出していた。



 コキネリの前脚から発せられる淡い緑色の光が刺された少女の背中に当たるとゆっくりと血が止まっていき、青白くなっていた顔色にも薄っすらと紅が戻り始める。


「これで大丈夫」


 ふうと息を付き前脚でコキネリが顔を拭っていると仰向けに寝かせている少女の瞼が上がり薄っすらと琥珀色の瞳があらわになった。


『気がついたか?』


 我の声に驚いたのか少女の肩が跳ね、薄目だったものが大きく見開かれる。


「あ!さっきの金色の鎧とテントウムシ」


 我とコキネリを指差し驚いているものの、少女の声に恐怖はなく喜びと期待に満ちていた。


「ねぇ、貴方達。コキネリとクリューソスでしょ」


 少女の言葉に今度は我らが驚いた。名乗ってもいないのに何故我らの名を?まさか……


『何故、我らの名を知っている?』


 返ってきた答えは予想していた通りのものだった。


高祖父ヒイヒイオジイさんから語り継がれているの。貴方達との冒険譚。やっと会えた。ねぇ、あたしと一緒に“冒険”しない?」


 何十年と待ち焦がれていた言葉をかけられコキネリの翠玉の目から喜びで雫が流れ落ちる。あぁ、一緒に冒険、勿論だとも。だから、至宝に願ってほしい。誰かが至宝に願わねば、我らは自身の意思では迷宮から出ることが出来ないのだから。


「迷宮攻略おめでとうございます。攻略者、貴女の願いはなんですか?」


 形式張った物言いながらもコキネリの声には喜びと期待に溢れている。一度深呼吸をすると少女は真っ直ぐコキネリを見据え「あたし、リトスはコキネリとクリューソスと冒険がしたい」と嬉しそうに答えた。


「その願い。承りました」


 少女、リトスの願いを聞き入れるとコキネリと我の身体が一旦青白く輝くが次第に光は弱まり失われた。これでリトスの願いは成就した。

 これで我らも地上に出られる!


「これからよろしくね二人共」


『よろしく頼む』


「よろしくね♡」


 差し出されたリトスの手を握る我の手の上に細く小さなコキネリの前脚が添えられる。


「さて、冒険するにも先立つ物が必要だからね」


 言うが早いかリトスは飛び起き、宝物殿の物色し始めた。そんな彼女の後ろ姿に「『それもそうだな』」と我とコキネリの声が重なった。

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