5月10日

―先輩と最後に会った日からもう1週間が経った。

この1週間は1度も会っていない。


この頃母の夕勤が多いし、土日は親戚の家に行っていたから時間が取れなかった。




でも今日は母が夜勤の日。俺が帰るまで翔の面倒は母が見てくれるから、久しぶりに先輩の所に行ける。






◆◆◆







少し湿った風に不快感を覚えながらも、

まだ2回しか来たことの無いこの路地裏への懐かしさを感じていた。




「久しぶりですね、冬海先輩。」

ボーッと胡座をかいていた先輩は、声をかけられるまで気づかなかったのか、不安になってしまう程飛び跳ねた。




「や、やっと来た。もう来ないかと思ったよ…」


その声は、子供のような無邪気な喜びの声と、震えながら絞り出したような不安の声が混ざっているみたいな、


そんな声だった。





ふと、先輩がさっきから大事そうに握りしめている缶コーヒーが目に入った。


「あれ冬海先輩、コーヒーとか飲むんですね。」




「こ、これは…この前のお詫びの気持ちっていうか…だから、伊地知くんにあげようと思って…」



「ほんとですか!ありがとうございます。」



手に取った冷たいはずの缶コーヒーは、ジメジメとした5月の風でぬるくなっていた。




…まぁでも先輩がくれた物だし、と缶コーヒーに口をつけた。


「どう?美味いか?」


まるで自分が作ったかのように俺がコーヒーを飲むのを見つめてくる。



「美味いですよ!ちょっとぬるいですけど。」



「冬海大先輩の温もりを感じながら飲むんだな!」




「えぇ…なんかきも」






うーん…なんか違和感を感じるな…


なんか突っ込まないといけない所がある気がする…



どこだろう…









「…冬海先輩、このコーヒーってお詫びの品ですよね。」



「うん、そうだな。この前は本当に申し訳なかったよ…!」



「俺にお詫びしようと思ったのっていつですか…」



「ちょうどあの日伊地知くんが帰ったあとかな!」



「じゃあ…この缶コーヒー買ったのっていつですか…!」



「うーんと、今日だね!」



「も、もしかして…この1週間毎日コーヒー買ってました…?」



「…まあ、そうだよ。」



「どういうお金の使い方してるんですか!くれるのは有難いですけど!」



「えへへ…そんなに喜んでくれるとは…!」


―どこを見て喜んでると思ったんだ…

なんて思いながら、無意識に上がっていた口角を元に戻した。




「と、とりあえず!もうこんなお金の使い方はしないで下さいよ!」





「任しとけって!」



またやる…そう断言出来る程先輩の顔はヘラヘラとしていた…。







◆◆◆








「そういえば冬海先輩の誕生日っていつなんですか?」






「えっと………12月4日…かな。だから冬海なんだよ!」



先輩は、自分の誕生日を言うのにほんの少しだけ、

躊躇ったように見えた。




「…冬海は苗字じゃないですか。でもてっきり下の名前が露なんで梅雨生まれなのかと思ってましたよ。」



「そ、それは安直過ぎない…?」



「名前なんてみんな安直ですよ、多分…」



「そういう伊地知くんは誕生日いつなの?」



「俺は9月19日です。9がいっぱいある日だって覚えてて下さいね。」



「微妙に覚えずらいな。」






◆◆◆







さっきまで、話の中で躊躇いや焦りが見え隠れしていた先輩は、俺の話になった途端いつもの先輩に戻った。






―少し考え過ぎな気もするけど

先輩を見ているとなんか不安になる。






だからこそ、もっと先輩と話そう。






話していったら、その不安の元が分かるかもしれない。








もっと、先輩の事を知れるかもしれない。

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