第23話 パーティー前夜

 今はアーゲンスト家主催のパーティーの前日の夜。

 わたしは食堂にて、果実ジュースを片手にぼんやりとしていた。


 夜中に喉が渇き、調理場で飲み物でも取ってこようと思い向かってみると、料理人に出くわし「こちらをどうぞ!」と今飲んでいるものを渡されたのだ。

 自分で適当に見繕おうと思っていたので、手間が省けた。

 そのままわたしは自室には戻らず、食堂へと足を運んだ。夜空でもみて、ぼんやりしたい気分になったからだ。食堂の窓からは、自室よりも月も星もよくみえる。


 明日がパーティーの日かと思うと、どうなってしまうのだろうと怯えてしまっていた。

 来賓客から好奇の目でみられる覚悟は出来ている。嫁入りした経緯が経緯だったから、わたしにとって針のむしろのような雰囲気になる事も。


 そんなもの、昔から慣れているのだ。わたしにとって全く怖い事じゃない。

 ……わたしが怯えている事はパーティーそのものの事じゃない。明日からがトールと一緒に寝る日々の始まりだという事に対してだった。


 あの時は全く気づいていなかったけど、トールと一緒に寝るなんて事は、とんでもなく気恥ずかしい事だった。

 思いついた時は名案だと思っていたけど、とんでもない。


 ああいってしまった手前、今さらわたしから断る事など出来ない。だからトールから断ってくれないかと思っているのだが、無理そうだ。

 あの後、トールとは何度も顔をあわせたが、困った事にトールは一緒に寝る事に緊張はしてそうだったけど、やめようと言い出す気配はなさそうだったのだ。


「はぁぁ~…」


 果実ジュースをくいっと煽る。飲まなきゃやってられないといって、酒を煽る人の心理が分かる気がした。


 と、コツコツと足音が廊下から響く。


 誰か、来る?

 そのまま通りすぎてくれないかと祈っていたのだが、足音はこの部屋の前で止まった。


「先客がいらっしゃったと思ったら、ラヴィニア様でしたか」

「ホークス、いえ、お義父様……」


 現れたのはトールの父親で、今はわたしの義父でもあるホークスだった。手には薄桃色の液体の入ったグラスと生ハムをまいたチーズののった皿をもっていた。


 そういえばアーゲンスト家に嫁入りしてからホークスと鉢合わせたのは初めてだった。

 更にいうと、ホークスと二人きりになった事自体が久しぶりだ。あの日のお茶会の時以来だなと思う。




 トールに呼び出されてアーゲンスト家に行ったあの日は、ミツカがたまたまトールを訪ねたきた日と被っていたのだ。トールはミツカには帰ってもらいましょうと言ったが、ホークスが「私がラヴィニア様の対応をするので、トーヴァはミツカ嬢の相手をするように」と言い出し、ホークスとわたしは二人きりでお茶会をする事になったのだった。


『ラヴィニア様には息子がお世話になっているようで、ありがとうございます』

『別に……わたしは何もしてないわ。あっちから勝手につきまとってくるのよ』

『ええ、息子はラヴィニア様に対して大層忠義を誓っていますからね』

『ふん。そんなもの誓われても、鬱陶しいだけだわ』

『左様ですか。あまりラヴィニア様にはしつこくしないよう、愚息には言い聞かせておきます』


 わたしとホークスなんて、何を話す事があるんだと思っていたが、ホークスは口が上手い男だったからか話は途切れる事はなかった。

 本当に色々な話をした。そして何故か最終的に行き着いたのはトールの話だった。

 もっと詳細にいうと、トールのミツカへの恋の話だった。


『トーヴァはコンチネンタル領の初等学校の頃から今日のお客さんのミツカ嬢に恋していましてね。幼い頃はミツカちゃんがミツカちゃんがと私に彼女の話ばかりしたものです』

『わたしはトールの口からミツカなんて人間の名前を聞いた事なかったわ』


 わたしがミツカの名前を聞いたのはこの日が初めてだったのだ。

 わたしはミツカの存在を知って、何だか意味もなく不快なような苦しいような気持ちになった事を覚えている。


『はは、そうですか。そもそもトーヴァはあなたに自分の仲のいい相手の話などなさらないのでは?トーヴァにとってあなたは主人であり、友達ではないのですから』

『そうかしら?わたしの婚約者のアーサー様と仲がいい話は聞いたわよ……別にトールの仲のいい人間なんて興味ないけど』

『なるほど、友達の話は出来ても、好きな人の話をするのは気恥ずかしかったのかもしれませんね』

『……好きな、人』


 わたしはトールに好きな人がいるだなんて考えた事もなく、何故か動揺してしまっていた。


 わたしは普段お茶会に誘われると、家ではめったに食べれないお菓子をついつい食べすぎてしまうのだが、その時は食べる手も止めてしまっていた。お菓子を食べる気が失せてしまったのだ。


『ミツカ嬢は明るく優しく気立てのいいお嬢さんでして、トーヴァがコンチネンタル領にいた時に初等学校で一緒だったのですよ。その頃からお互いにお互いを慕っていたようでした』

『あっそ』

『トーヴァの顔の傷の手術が終わり、外国から帰ってきた頃には、ミツカ嬢も王都にやってきていましてな。それ以降はまたコンチネンタル領にいた時のように仲良くしていたようでした』

『……そう』


『私は普段コンチネンタル領にいるので実際にみた訳ではないのですが、学校でも二人はよく話し、ミツカ嬢はトーヴァに会いにアーゲンスト家を2週間に1回は訪れているようです。周りからはまだ付き合っていないのかとか、この熟年夫婦がとか、散々冷やかされるとか』

『トールは……に……てるけど?』


 わたしは気づくとホークスに小さく震える声で言い返していた。

 どうしてそんな事をしたのか?そんなの決まってる、わたしが人のいう事にはケチをつけるのが大好きな悪役令嬢だからだ。

 ……それ以外に理由なんて、ない。


『ラヴィニア様、私の耳が遠いようで、何とおっしゃられたのか聞き取れませんでした。もう一度お伺いしても?』

『トールはわたしの所に1週間に3回は来てるけどって言ったのよ』

『えっ、そんなに!?』


 ホークスは素で驚いていたようだった。

 そして、何故かその顔色は青ざめていた。


『これでも一時期はもっと来ていたのよ。鬱陶しいから、今の回数に減らさせたのだけど』

『それはそれは、愚息がご迷惑をおかけしました』

『そうね。トールにもトールを育てているあなたにも責任を感じてほしいわ』

『そうですね。……トールを今のようにラヴィニア様にべったりにしたのには私にも責任があります』


 ホークスのその声はあまりにも真に迫っていて、わたしはびっくりした覚えがある。

 別にそんなに気にしないでも、と思ってしまっていた。口には出さなかったが。


『ラヴィニア様、ひょっとしてトーヴァの訪問は週に3回でも鬱陶しいのではないですか?』

『……別に。我慢できる回数だわ』

『主人に我慢させるだなんて、トーヴァは駄目な奴ですね。安心してください、ミツカ嬢がトーヴァの婚約者になれば、今よりも訪問の回数が減るでしょうから』

『え』

『トーヴァの事です。婚約者が出来れば、他の女性に無闇に親しくする事はなくなるでしょう』

『……』


 トールに婚約者が出来る?

 トールがミツカの事を好きなら、それはトールにとっては幸せな事なのかもしれない。

 でも、わたしは何だか気にくわないと思ってしまった。きっとわたしが他人の幸せを喜べない性格が悪い女だからだろう。


『ミツカとトールが婚約するというのは、もう決まっているの?』

『ミツカの親には話をほぼ通しています。じきに決まるでしょう。本人達にも決まったら話すつもりですが、きっと喜ぶでしょうね。お互い好きあっている2人ですから』

『……あっそ』


 わたしは頭が真っ白になっており、そんな返事しか出来なかった。

 トールに婚約者なんて、そんなの嫌だ。それでわたしへの接し方が変わるのなら、もっと嫌だと思った。


『そうだ、ラヴィニア様。あの2人の様子を見に行きませんか?』

『何でそんな事、わたしがしなくちゃいけないのよ』

『ラヴィニア様にもあの2人の仲の良さを見て頂きたくて』


 そういってホークスは無理矢理嫌がるわたしの腕をひいて、アーゲンスト家の裏庭へとわたしを連れていった。

 わたしは「無礼よ」とか「何するのよ」などと反論していたが、全く聞き入れられなかった。


 わたしは歯噛みするしかなかった。

 アーゲンスト家の裏庭にはトールとミツカらしき人影があった。

 ……トールはミツカをわたしには見せた事がないような愛しげな目で見ていた。


 その時、わたしはトールはミツカに恋してるんだなと悟った。


 わたしはホークスとトールとミツカの一緒に過ごしている様子をみていた。

 それは少しの間だったけど、ミツカには見せていて、わたしには見せない顔をたくさんみた。


 特に笑顔が印象に残った。トールはあんなに誰かに対して愛おしそうな笑顔が出来るんだなと呆然としてしまった。

 わたしは結局耐えきれなくなり、ホークスに断りをいれてアーゲンスト家を去った。

 ホークスは引きとめなかったが、何故か満足そうな顔をしていた。


 そのお茶会の数日後、トールとミツカの婚約が決まったと聞いた。

 わたしはトールに会った時、その事に対して問い詰めた。


『トール、ミツカとやらと婚約が決まったのでしょう?』

『……そうなんです』


 トールは好きな人と婚約が決まったというのに、憂鬱そうな顔をしていた。


『でも婚約者が出来たからといって、ラピス様への態度を変えたりはしません。これからも週に3回はあなたの家に通います』

『婚約者がいるのに他の女にベタベタしてていいの?』

『いいんです。本当はもっと一緒にいたいぐらいなのに、ラピス様との関わりをこれ以上減らされたら心が死にますから』

『……あっそ』


 今思うとあの時憎まれ口の一つや二つ、叩いてもよかったのだが、なぜだかほっとしてしまって、これしかいえなかったのだった。


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