第24話 厄介なお義父さま
わたしがグラスを揺らしつつ昔の事に思いを馳せていると、ホークスはわたしの隣にいつのまにか座っていた。
「はは、ラヴァニア様にお義父様などと呼ばれるのは新鮮ですね」
「その様づけと敬語はやめてくださらない?わたしはあなたの義理の娘になったのですから」
ホークス……じゃないじゃないお義父様は困ったような顔をしてわたしを見る。
「申し訳ないですが、長年の呼び方と喋り方はそう簡単に直せません。他のものがいる場などではきちんと義父らしい接し方をしますから、どうかお許しを」
「トールも同じような事をいっていましたね。親子で似ているようだわ」
「はは、悪い所ばかり似てしまったようでお恥ずかしい限りです」
「本当にそうですわね」
「ラヴィニア様は口調が丁寧になっても、手厳しさはお変わりにならないようで、安心しました」
お義父様はそういって笑う。
お義父様相手に失礼な態度だっただろうかと少し反省した。
でも、誰にでも手厳しく接する、それでこそわたしのような悪役令嬢なのではないかとも思う……悩み所だ。
「ラヴィニア様、よろしければこちらをつまみますか?」
お義父様はそんなわたしの葛藤を知らず、呑気にチーズの生ハム巻きを勧めてくる。
「わたしの分のフォークがないので、遠慮しておきます」
「私のものを使えばよろしいのでは?」
「何が悲しくて義父と間接キスしなくてはならないのですか……」
「おや、ラヴィニア様もそのような事を気にされるんですね」
「わたしを何だとお思いなのかは分かりませんが、気にするに決まってるでしょう」
わたしはそういって、お義父様を軽く睨んだが、お義父様はどの吹く風といった感じだった。
お義父様はわたしに何を言われてもスルーする所がある。
トールにそういう所が似なくてよかったと思う。
トールはわたしに言われた事をわたしに失礼ではなく、それでいて深刻でない程度に真摯に受け止めるようなタイプだ。
「ラヴィニア様、あなたには謝らなければいけないと思っていた事があります」
「何ですか、それは」
突然話を切り出され、わたしは眉をひそめつつも聞く態勢をとった。
「ラヴィニア様とトーヴァの関係を切り裂こうとしていた事です」
「……は?」
初耳だった。
トールとわたしの関係を切り裂く?そんな事、お義父様がしていた覚えがない。
トールとわたしは結局結婚までに至っている訳だから、お義父様のその思惑は叶ってないという事だろうけど。
わたしの困惑を知ってか知らずか、お義父様はどんどん話を進めていく。
「トーヴァはラヴィニア様の事を愛しています。あなたが思うよりもずっと、ずっと」
「あいつが、わたしを?」
わたしが問い返すと、お義父様は「ええ、そうです」と頷いていた。
「私はトーヴァがラヴィニア様に恐ろしく入れ込んでいたのが非常に怖かったのです。ここまでの感情と熱量は、いつかラヴィニア様を害し、トーヴァ自身の身も傷つける事につながるのではないかと。だから、トーヴァには別の人を見てほしくて、あいつの初恋の人のミツカ嬢を婚約者にしました。元々は好きだった人なら、トーヴァもまた好意を抱き、その結果ラヴィニア様しか見えてない状況も改善するのではないかと思ったのです。ですが、無意味でした。あいつの中でのラヴィニア様への愛は揺るぎませんでした」
「そんな事ないです。あいつはミツカの事をわたしより大切にしていました」
「ラヴィニア様はもう少し自分に向けられる好意を感じ取れるようになってください」
「わたしは別に鈍い方ではないですよ」
「自覚なくそれとは罪深いですね」
お義父様はチーズの生ハム巻きを食べながら苦笑した。
「そもそも、トールがわたしに何かをするのでは、という話でしたけど、あいつがそんな事をする訳ないではありませんか。トールは善人なんですよ」
「確かにトーヴァは基本的にはまごうことなく善人です。ですが、ラヴィニア様関連の事になると何をするのか私にも読めません」
「……あなたは何を言っているの?」
わたしはお義父様の言っている事が理解できなかった。
トールに対して不当な評価をしていると、そう感じる。
「トールがわたしが関わると何をするのかわからない?そんなのあり得ないですし、今までそう感じた事なんて一回もありません」
「ラヴィニア様には身に覚えがないかもしれません。ですが、父親としてあいつをみてきた私には心当たりがありすぎます」
「当事者であるわたしがそんな覚えが全くないのです。あなたに何が分かるんです?大体、トールは王都に、お義父様はコンチネンタル領で時を過ごす事が多かったでしょう?同じく王都にいたわたしの方がトールと一緒にいる時間が長かったのは明白です。そんなわたしの方がトールの事を分かっているのは当たり前ではないですか?」
「確かにあなたとトーヴァは私とトーヴァより、長く一緒にいたかもしれない。ですが、トーヴァはあなたと接する時はより良い自分を演じています。自らを魅力的に見せようとし、醜い所や欠点は隠そうとしている……それが何故かなんて事は、野暮なのでいいませんがね」
「……それは……」
わたしは本家の娘で、トールにしてみれば仕える対象だった。今は違うけど、ずっとずっと。そんなわたし相手に自分をよく見せようとしてしまうのは、分かる気がした。
「その分、トーヴァは私にはあなたより本質の自分をみせています。私はあいつの父親ですからね。そんな私が言いましょう……あいつはラヴィニア様に関する事では、頭がイカれてると」
「……そんな事、ないと思います」
確かに癪だけど、わたしよりお義父様への方がトールは自分の素のままの姿をみせているのかもしれない。
でもそれでも、トールの頭がイカれてるなんて、そんな事信じられなかった。……しかもわたしの事に関しては、なんて下らないおまけ付きの。
「トールは善人で、馬鹿がつくぐらいお人好しで……本当に真っ当な男だと、わたしは思っています。トールがそんな事、ありえません。しかも、ミツカに関する事ならまだしも、わたしに関する事でだなんて」
「はぁ……何故そこでミツカ嬢が……と思いましたが、あいつの事です。大方婚約者がいる自分にベタベタされているあなたに「婚約者もちを誘惑している女」などといった悪評がいかないようにする為に、ミツカ嬢をひたすら大切にしていたのでしょう。現にミツカ嬢とトーヴァとの仲の良さは噂にもなっていましたからね。それにトーヴァにはミツカ嬢という大切な相手がいるとラヴィニア様に散々強調したのは私自身か……」
「何と言われたのか、全く聞き取れなかったです」
「そうですか。ラヴィニア様が聞く必要のない話なので、大丈夫です」
「それなら最初から口に出さないでいただけます?」
「ラヴィニア様は本当に手厳しいですな、はっはっはっ」
お義父様は愉快そうに笑っていた。
この人、わたしの態度の悪さも全く気にしてなさそうだ。こういう所はトールに似てる、厄介な所が似るのはやめてほしい。
「ですがまぁ、ラヴィニア様とトーヴァはこうしてコンチネンタル領へと生活の拠点を移しました。私の管理下にいる状態でね。つまり、トーヴァがラヴィニア様に今後何かやらかしても、ラヴィニア様を守ってさしあげられるという訳です」
「自分の身ぐらい自分で守れますし、トールはわたしに変な事はしないと何度言ったら……」
「ラヴィニア様はトーヴァを本当に信頼されているんですね」
「そんな事、ありません。ただトールの事を善人だと思ってるだけで」
「はいはい、とにかく私の目が黒いうちはトーヴァに好き勝手させないという訳です」
「……あなたも大概頑固ですね」
「ラヴィニア様こそ」
お義父様はいつの間にか空になっていたコップと皿をもつと、立ち上がった。
「明日はパーティーですね。是非、あまり気負わず、楽しんでください」
「めんどくさい社交の場に楽しいもクソもないです」
「一理ありますね、はっはっは。ではお先に失礼します、ラヴィニア様」
お義父様は部屋を出ていった。
「……そろそろ寝ようかしら」
果実ジュースを一気に煽り、わたしは立ち上がった。
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