第3話 わたしは身に覚えなどないのに

「まず、アンネの私物を隠したり汚したりした。証拠品とその様子をみていた人間なら出せるぞ。更にいうと、手下を使って、アンネに水をかけたり、すれ違いざまに髪を切ったりした。ここまでだけでも酷すぎるが、更にラヴィニア嬢の悪行はまだまだある」


 わたしはあいた口が塞がらなかった。

 全部全部身に覚えがない事だった。何を言ってるんだろう、アーサー様は。

 わたしのラヴィニアへのいじめの全貌を知っていたトールも不思議そうな顔をしている。


「何とラヴィニア嬢はアンネの事を階段から突き落としたり、走る馬車の前に突き飛ばしたりしていたのだ!これらは一歩間違えればアンネが死んでいた可能性もある!こんな事をしていたラヴィニア嬢を王族として迎え入れる事は出来ない。よって、今日をもって私とラヴィニア嬢は婚約を解消しようと思う!」


アーサー様はそう一息でいった。

わたしはアーサー様の言っている事に驚いていた。身に覚えがなさすぎて。


「アーサー様……何をおっしゃるんですか?そんな事をした覚えはありません」

「ラヴィニア嬢、君は自分で為した悪行は潔く認めるタイプの悪人だと思っていたが……私の見込み間違えだったようだ」

「やってませんもの。認めようがないですわ」


 そんなわたしを見て、トールが表情をやや歪めていた。

 なるべく毅然とした態度でいれるように努力していたが、少しは動揺が表に出ていたかもしれない。


「まだ言うのか。君に命令されてやったと言うもの、犯行の様子をみていたものはたくさんいるんだぞ」

「そんな。誰かがわたしの事を嵌めようとしているに決まっています」

「往生際が悪いな」


 アーサー様はそういって舌打ちでもしたげな表情になる。


「わたしがしていたのは、アーサー様があげられたいじめの中でも一部のみです。このような言いがかりで婚約破棄とはどうかと思います」

「は、よく言えたものだな。そもそも婚約破棄だけで済むと思ったら大間違いだ。君がした事はそれだけ重い事なんだからな!なぁ、父上、母上!」


 アーサー様の父上と母上といったら……とわたしは固まってしまう。


「非常に残念だ、ラヴィニア」

「わたくし、ラヴィニアさんの事はもっと人の心のある人間だと思ってましたわ」


そういって現れたのは王様と王妃様だった。

わたしの義理のお父様とお母様になる予定だった人達だけど……もしかしなくても、その予定はなかった事になるかもしれないわね。


「ラピス様、お下がりください」


 そういってトールは王様と王妃様から隠すように、わたしの前に躍り出た。まるで彼らからわたしを守るように。

よりにもよってこの国で一番偉い立場の人にこんな態度をとるなんて、見ていてハラハラする。


「ちょっと、騎士気取りのつもり?わたしはコバエに守られる程弱くないわよ」

「コバエにはコバエの意地がありますから」


そういってトールは笑った。


「いくらわたしが本家、あんたが分家だからって必要以上にわたしを守るパフォーマンスをする必要ないわよ。やめなさい」

「パフォーマンスじゃありません。僕はあなたを守りたいんです」


 アーサー様はわたしの処遇について「婚約破棄だけでは済むと思うな」といっていた。

それに王様と王妃様まで出てきた。もしかしたら、わたしが想像していたより、大事になるのかもしれない。

「わたしはそこまではいじめてない」という言い分も大変屈辱的な事に聞き入れられそうにない。いじめていた事自体は事実なのがそれに拍車をかけていた。


 だから、この件にトールを巻き込む訳にはいかないのだ。別にトールの事が大事だからこういっている訳ではない。本家のものとして、必要もないのに分家のものを巻き込む訳にはいかないというだけだ。


 とはいえ、トールは頑固な所があるから、わたしの言い分など聞かないだろう。


 そうなると、残る手はアーサー様に頼む以外なさそうだった。アーサー様もトールを必要以上に巻き込むのは歓迎しないだろうから、きっと聞き入れてくれるだろう。アーサー様はトールを気に入ってるみたいだったから。


「アーサー様、トールを下がらせていただけますか?話に集中できないわ」

「……分かった。衛兵達よ、トーヴァを下がらせろ」

「はっ、アーサー様」


 わたし達の一番側に待機していた衛兵達がやってきて、トールの両腕をつかみ、連れていく。


「ラピス様っ!?」

「あんたは黙ってみていればいいのよ」

「ラピス様……僕はその場にいれられなくても、あなたの味方ですから!」

「……バカ」


 思わずこぼれた言葉は、自分で思っているよりも震えていた。


「よかったな、例え本家の人間だからという理由があっても、お前のような人間のカスにも味方がいて」

「別に、あんなのいてもいなくてもどっちでもいいです。トールは元々、わたしがアンネをいじめていると、「そういう事はやめた方がいい」と止めていましたもの。この場においてはわたしの純粋な味方とはいえないわ」

「そうか、トーヴァは優しい奴だもんな。あいつは立場上ラヴィニア嬢側の人間だったが、本心ではアンネの味方に立ちたかったのだろう」

「ふん、そうでしょうね。あの中途半端野郎は」


 ……ここまでいえば、トールがアンネを苛めていたわたしに仕えているせいで変な目を向けられる事にはならないでしょう。

べ、別にトールなんかの為にやってるんじゃないけど。トールがわたしのアンネへのいじめに苦言を呈してたのは本当の事だしね。


でも、認めたくはないけれど、表向きにでもわたしの味方に立つ人がこの場にいなくなった事にわたしは少々怯えを感じていた。

自分の身がどうなろうとしているのか読めないからこそ、なおさら。


「まぁいい。お前の処遇について話そう」


そういってアーサー様は王様に目配せを行った。

王様はわたしの目の前に立つと、厳かに言いはなった。


「自覚しているのか分からないが、ラヴィニア、お前のした事は人民の模範たる貴族としてあるまじき事だ。一歩間違えればアンネの命もここになかったのだからな」

「だからそんな事はわたしはしてないと……!」

「言い訳はしなくていい、証拠ならある。このやり取りはさっきもしていたな、繰り返させないでくれ」

「……っ!」


わたしは言い返そうとしたが、王様の気迫を前に何も言えなかった。


「単刀直入にいう。君とアーサーの婚約者としての関係は白紙に戻した上、君は公爵家から追放させてもらう。もう君の両親から許可は得ている」

「そ、そんな……!?」


 会場中がざわめきだす。

 わたしもまさかここまでの処罰がくだされるとは思ってなかったので、動揺が隠せなかった。


「静かに」


 王様の声が響いた。


「罰が重いと思うか?これは君がしてきた事の結果だ。しかと受け止めろ」

「……こんな理不尽ありえません」

「君がした事の方がよっぽど理不尽だろう」

「わたしはやってません!確かにいじめはしましたけど、アーサー様がおっしゃったような事には身に覚えがありえません!」

「……見苦しい。衛兵達、連れていけ」


 衛兵達がわたしを拘束する。


「ちょっと、どこへ連れていく気!?やめなさい!」


 暴れながら、わたしはアンネを睨んだ。


 あの女さえ、あの女さえいなければ……!


 アンネはわたしの視線に気がつくと、勝ち誇ったような顔で笑った。

 その瞬間確信した。アンネはアーサー様は純粋無垢で心優しい女性だと思っているようだけど、実際はそんなタマじゃない事に。

 生まれてこのかた、人間の汚い面を見続けてきたからこそ、分かる。


 アンネはわたしに対して狡猾な悪意をもっている。


くっ、やってないいじめを捏造された上にこんな女に負けるなんて……!自分がみじめで仕方ないわ。


わたしは衛兵に引きずられ、パーティー会場を閉め出された。

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