第4話 あの女の友達

 わたしはずるずると衛兵達にパーティー会場から閉め出された後、何故か体の拘束から解放されていた。


「城の裏門にてソティス家の馬車がお待ちです。ここからは自分の足で向かってください。城には何回も来てらっしゃるでしょうし、行き方は分かるでしょう?」

「パーティー会場には戻ってこないでくださいね。戻ってきても追い出しますけど」

「あなた達、裏門までついてこないの?」


 こんな夜道の中を放り出すなど、いまや元とはいえ公爵令嬢に対する態度としてはありえなかった。


「ええ、あなたはもうソティス家の人間ではありませんし、護衛するような価値のある女性でもないですしね」

「あなたは確かに顔は多少可愛いかもしれませんし、学校の成績もそこそこいいかもしれません。でも、一番大切なものがないですからね」

「……は?」

「あなたになくてアンネ様にはある一番大切なもの、それは性格の良さです」

「はっ。性格の良さ?笑えるわね。そんなものが一体何の価値があるの?」


 まぁそもそも、アンネが本当に性格が良いかも怪しいけど。


「それが分からないようでは、一生あなたは誰の特別にもなれませんよ。色々な人の心を奪う、アンネ様とは違ってね」

「性格が良いから誰かの特別になれるのが本当なのは恋愛小説の中だけよ」


 わたしはお母様の存在を思い出していた。

 お母様は馬鹿みたいに誰よりも優しい人だった。でも、そんなお母様にお父様はいつも冷たかった。


 お父様からもソティス家の屋敷の人達からも冷遇され続けたお母様は、心労を溜め込み、死んでしまった。

 お父様はお母様の最期をみとる事もしなかったのだ。


「何をいいます、人間の価値を決めるのは最後には心根の美しさです」

「あなたは愛される為に必要な事が分かってないんですね。可哀想な人だ。一生誰の特別にもなれないまま、朽ちていくといいでしょう」


 そう言い捨てて、衛兵達は会場へと戻っていった。


「……分かっているわよ、そんな事。わたしは誰の特別にもなれないなんて……」


 わたしはそう一人残された廊下で呟いた。

 わたしの事を特別に思うのは、あの愚かで優しいお母様だけだろう。


「意外だなぁ。ラヴィニア様も感傷的な気持ちになる事があるんですね」

「は?」


 声がした方向をみると、そこには焦げ茶色の長髪を二つに結わえた、青いドレスの少女がいた。

 ……どこかで見た事がある。でも、思い出せなかった。

 一人だと思ってたのに、まさか誰かいただなんて、そんなの聞いてないんだけど。

 わたしはさっき自分が呟いた事を思い返し、顔が青くなった。


「あぁ、夜道を歩かなければいけないのに送ってくれる人の一人もいない可哀想なラヴィニア様。僕が今宵、あなたの騎士になってさしあげましょうか?」

「騎士も何もあなたも女性でしょう」

「女性が騎士をやっていけないなんて誰が決めたんです?頭が固いですね、ラヴィニア様」

「……あ」


 この台詞で思い出した、この子が何者なのかを。


 この子には「頭がうちのお祖父ちゃん並みに固い」だの、「性悪赤ドレス」だの、散々な事を言われ続けていた。

 思えば散々やりあった相手だというのに、どうしてもっと早く思い出せなかったのだろう。


「あなた、サーシャ・クラウディオでしょう。アンネの友達の」


 サーシャはアンネに突っかかるわたしからよくアンネを守っていた、何回も口喧嘩を繰り広げた相手だった。アンネと同じく平民だ。


「そうですよ~。名前覚えててくれたとは思わなかったです、あなたの眼中に僕って入ってなさそうだったし」

「有象無象の働きアリでも、何回も刺されたら名前ぐらい覚えるわよ」

「働きアリ!そんな風にたとえられたのは初めてですねぇ。面白い!」

「そんなに喜んでもらえたなら、これからあなたの事を働きアリと呼ぼうかしら」

「どうぞどうぞ!僕はアリさんが大好きなので構いません!」

「そこは拒否しなさいよ」


 はぁ、調子が狂う。わたしはサーシャの事が苦手だった。

 ペースを乱されるし、わたしに怯まず、生意気な事を言ってくるのだ。


「わたしはあなたに構ってられる程暇ではないの。じゃあね」


 わたしは今、とても機嫌が悪い。サーシャの相手なんてする気はおきなかった。いや、平常時でもこの子の相手なんてしたくはないけど。


 わたしはソティス家の馬車に乗る為に、裏門へ行く事にした。

 本当は行きたくないけど……そこ以外に今のわたしに行ける所などありはしない。


 わたしは廊下を歩き出した。

 すると、サーシャも勝手にわたしの後をついてくる。


「僕も護衛としてついていきま~す!ラヴィニア様にとっては僕ごとき物足りないかもしれないですけど、誰もいないよりはマシでしょう?」

「あなたがついてくるぐらいなら誰もいない方がマシよ」

「遠慮しないでくださいよ~!僕はラヴィニア様の事好きなんですよ?」

「あなたの友達をいじめていたのに?」

「う~ん、まぁ、ラヴィニア様のアンネを苛めている所は正直嫌いでしたね」

「は?好きか嫌いか結局どっちなのよ」

「好きだけど嫌い、嫌いだけど好き……そういう感情もあるという事です」

「わたしには理解できないわね」

「そうでしょうね、ラヴィニア様は対人能力が5歳児で止まってますから!いや、5歳児より酷いかな?」


 サーシャはわたしに対してのみ非常に失礼な人間である。

 しかも、悔しい事に口が上手いので、言い負かされてしまう事が多々あった。


 トールがいればわたしの代わりに言い返し、サーシャを追い込む事もあったんだけど、今のわたしの側にはあいつはいない。


 わたしがソティス家から追い出されるというのが本当だったら、もう二度とトールがわたしの側にいる事はないんだろう。わたしにつきまとっていたのは、どうせ本家と分家という関係性があったからだ。


 そう思うとわたしは少し目頭が熱くなった。これはきっと、嬉しさによるものね。あいつと離れられた喜びが止まらないというやつよ。悲しいなんて事は、絶対にないったらないんだから。


「悲しいですか、辛いですか、ラヴィニア様」

「別にそんなんじゃないわ」

「そんな顔していわれても、全然説得力がないですよ」


 そういってサーシャはわたしの目を少し撫でる。サーシャの指には雫がついていた。


「ちょっと、なにするのよ」

「でも、全部自業自得なんですよ。あなたが例え、さっきアーサー様が言われていた程はアンネをいじめていなかったとしても、アンネを虐げていた事には変わりはないんですから」

「あ、あなた、アーサー様のさっきの話が間違ってるって分かってるの!?」


 わたしは目を丸くし、足を止めた。


「ええまぁ、わたしはずっとアンネの側にいましたから!」


 そういってサーシャはウインクした。


「ちょっと待って、あなたがあの王子にその事を伝えれば、わたしの罪が撤回されるんじゃないの?」

「言っても聞かないですよー。アンネ自身が王子の勘違いを肯定してるんですもん。アンネもあなたがやってないって事を知ってる筈なんですけどね。でもま、アンネは王子を狙ってましたから、あなたが失脚するのは都合がいいんでしょう」

「……アンネって純真無垢に見せかけてやっぱり腹黒いじゃない、反吐が出るわ」


 わたしは再び歩き出した。そろそろ城の中を出て、外の敷地につく頃だ。


「アンネのそういう所が僕は好きです、可愛いですよね」

「趣味悪いわね、あなた。わたしの事を好きとかいうだけあるわ」


 わたしは蔑んだ目でサーシャを見た。

 サーシャはそれを気にせず、マイペースに話し続けた。


「それにあれだけ人が集まってる所で王様と王妃様までひっぱり出してあなたを断罪したんですよ?もしこの後あなたの無罪が明らかになっても、王族の誇りにかけてそれを認めたりしないでしょう」

「心底クソだと思うけど、その通りでしょうね」


 王族には体面というものがある。


「はい。つまり、あなたは王子との婚約破棄もソティス家からの追放も確定事項ということです。過去の王族を怒らせ、一族を追放された公爵令嬢の事例を見る限り、規律の厳しい修道院行きかその辺に放り出されて路頭に迷わせるあたりがベターでしょうね」

「絶対に嫌よ、そんなの。どうにかして覆してやりたいわ」


 でも、わたしは分かっていた。王家を相手にしている上に、わたしに味方する人が一人もいないこの状況で、覆す方法なんてある訳がない事を。


「どうにかする方法が一つだけありますよー」


 サーシャはそんな事を呑気にいった。


「どんな方法よ?ダメ元で聞いてあげるわ」


「それは……魔法使いに弟子入りし、王族と対等に渡り合える立場になって、無実を証明する証拠を集めるという方法です!」

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