第28話

 十月五日(金曜日)

 十時。大学に行くために、朝の身支度を整えます。

 高校生の頃までは服装や髪形に無頓着な私でしたが、大学生になるとそうも言っていられなくなりました。同期の皆はかわいい服で着飾り、流行の髪形にして、流行のメイクをしていました。

 私もこの流れに付いて行かなければと考えたのも束の間、そういう人たちは高校生の頃からおしゃれに関する情報を集めて実践し、既に私とは比べ物にならないほどの経験値の差があることを知りました。

 私はおしゃれを諦め、髪型も機能性を重視したポニーテールにすることにしました。何故なら長い髪の毛が目に入ると鬱陶しいし、かといって美容院に行くのもめんどくさいからでした。

 決して、自分に似合うからという理由で決めたわけではありませんでした。服装も、朝の貴重な時間をそんな無駄なことに使いたくないからと、決められた三つのパターンをローテーションさせるだけでした。

 それでも大学では、何故か男の子によく言い寄られました。自慢したいわけではありません。不思議なんです。髪の手入れもせず、服装もほとんど同じ女のどこに魅力を感じるのでしょうか。関西人の生態の次に、今の私には分からない謎です。

 ……いや、今の私に一番分からない謎は河野刑事の事件についてでした。昨日は唐突な容疑者宣言によって冷静に考えることができませんでしたが、あの事件にはいくつかの謎と言えるものがあります。


 ① 河野刑事は、何故人気が無くて不審人物もいるかもしれない危険な場所に、非番の日に一人で行ったのか。

 ② 第一発見者は、本当に偶々通りがかっただけなのだろうか。

 ③ そもそも、事件なのか事故なのか。

 ④ 事件だとしたら、犯人の動機は何か。

 ⑤ 事件だとしたら、犯人は誰か。


 素人の私が考えるだけでも、これだけの謎があります。きっとプロの警察なら、さらに多くの不可解な点を見つけていることでしょう。

 ひとまずここでは、私が考えた五つの謎に関して、冷静なうちに考察していきたいと思います。私自身が疑われるという貴重な体験をしていますから、ここは冤罪を自らの手で証明する物語の主人公の如く、颯爽と事件を解決してみましょう。

 特に私は、お父さんのこともあって、冤罪にだけは負けるわけにはいきません。不当な国家権力の行使には、断固として戦わなければなりません。それが、市民としての務めだから――私が父から一番学んだことだから。

 まずは、①についてです。河野刑事はあの日、非番だからと言ってレストルームでお酒を飲んでいました。それも、代金が四万円を超えるほどの量を飲んでいます。普通に考えれば、正常な判断ができる状態だとは思えません。だからこの謎についても、酔っ払いのとった、筋の通らない行動と考えればそれだけで片付くかもしれません。

 ただこれは私の主観ですが、店を出る時の河野刑事が泥酔しているようには見えませんでした。飲酒中も、酔って適量が分からなくなっているというよりは、早く酔いたいからたくさん飲んでいるのに、全く酔えていない。そんな風に見えました。

 ここから考えると、“河野刑事は酒に酔えなくなるほどの深刻な何かを抱えていた”と考えることができます。それは、なにか。

 私の考えでは、河野刑事は何者かにあそこに呼びだされたのではないかと考えています。それも、十年前に起こった冤罪事件のことが手紙に添えられていた。

 だから改めて調べて私に辿り着き、あの日私に「九州が出身なんだってな」と、鎌をかけた。でも、私が呼びだしの時間(死亡推定時刻から考えて、十九時前後?)にアルバイトしていることが確認できたので私を容疑者から外し、脅迫者の確認のために呼び出しに応じた。

 もしここまでの考えが正しいとしたら、③と④の謎にも一定の答えが出せます。呼びだされているのだから犯人がいるので、これは殺人事件だということです。動機は、河野刑事が起こした冤罪事件に関すること。

 そういう意味では、私も無関係ではないのかもしれません。ひょっとしら私の過去を知った何者かが、代わりにその無念を晴らそうとした可能性だって考えられるからです。そうだとしたら犯人は、私の身近な人間と言うことになります。

 また仮に犯人が殺す気が無く、あの事件が偶発的に起きた事故だったとしても、瀕死の河野刑事を見殺しにした以上、保護責任者遺棄致死罪等なんらかの罪に問われる可能性が高いでしょう。

 では、⑤について考えてみます。これまで述べたことを前提にして考えると、犯人はおのずと限られてきます。犯人の条件は、河野刑事が関わった冤罪事件について知っている人。そして、河野刑事を呼びだせる人です。

 呼び出しの方法はどのようなものか分かりませんが、電子メールや電話にしろ、手紙にしろ、河野刑事と直接的な繋がりがある方が簡単でしょう。つまり、犯人は河野刑事の身近にいる人物の可能性が高いということです。

 だから警察は、私を疑ったのでしょう。確かに端から見れば、私はこの事件で最も疑わしい人間でしょう。しかし、私は私が犯人ではないことを知っています。なので、真犯人について考えてみました。

 そして、一つの結論を導き出しました。

 それは、警察関係者に犯人がいるということです。警察関係者であれば河野刑事の冤罪事件を知る機会が多いでしょうし、河野刑事と直接的な繋がりも持ちやすいでしょう。ましてや、岡濱東警察署の方々なら尚更です。

 それに――これはあまり考えたくないことですが――岡濱東署に真犯人がいるとすると、私を犯人に仕立て上げることも容易いことです。

 あそこは警察組織の中でもかなり異端な存在(問題を起こした刑事が左遷されるために存在すると言っても過言ではない場所)で、捜査本部になったとしても外部からの応援はほとんどありません。管轄が狭いことも関係していますが、それよりも問題を起こした刑事と捜査したくないというのが本庁などの本音なようです。

 そのため、捜査に影響を与える発言権を持った人間は常に限られています。もしその中に今回の新犯人がいて、私を犯人に仕立て上げようとしているなら、私の現状は絶望的でしょう。

 しかし、私は負けるわけにはいきません。なんとしても、この理不尽に抵抗して、勝たなければいけません。それこそが、天国の父への、何よりの供養にもなるでしょうから。

 見守っていてね、お父さん

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