第17話

 岡濱東署に到着した松井戸はまず会議室に向かい、佐桜署で新たに判明したことについての報告を青鳥に行った。犯人の自首に関しては驚いた様子だったが、その他のことは特段反応が無かった。

 また青鳥の方からも話を聞いたが、真白の捜査において特に進展はないという。ネット上での繋がりも考えて捜査しているが、二人の通信履歴で同じサイトにアクセスした記録は、冤罪を題材にした匿名掲示板くらいだった。もちろんこれも十分な接点と言えるが、やり取りをしていたのは二年ほど前だったので、今回の事件と直接結びつけるのは強引だと思われた。

 当然そこから接点を持って連絡を取り合うようになった可能性も加味し、二人が利用するSNSに関しても捜査が行われた。しかしSNSで相互フォローになっているものは無く、特に犯罪の計画について書かれたと思われるもののもなかった。SNS内の検索履歴においても、互いのアカウントを検索した形跡はなかった。

 また、松井戸が岡濱東署に戻る少し前に佐桜署から連絡が入り、新藤真由美と天城真白に血縁は一切なく、ただの他人の空似だということが確定したことが分かった。

 これで、考えられ得る二人の接点は全て潰えたかのように思われた。松井戸も半分諦め気味だったが、一縷の望みに賭けた。

「青鳥さん、あの連続誘拐野郎に話を聞きたいんですが」

「なんで今更あいつに? いったい何を聞く気だ」

「あいつは巧妙に捜査の手を搔い潜っていました。最初は偶々かと思っていましたが、それにしてはあまりに運が良すぎる。なにか、僕たちが想像もつかないようなネット上での情報網があったのではないかと思って」

 松井戸が必死に頼み込んだことで、白鯨との面会が許可された。松井戸は早速拘置所へと向かい、面会を行った。白鯨はすっかりおとなしくなっていて、今の姿からは連続誘拐犯だとはとても思えなかった。

「どうしたんですか、刑事さん。今頃になって僕に訊きたいことなんて」

「いや、あまりに捜査を掻い潜るのがうまかったから、どんな方法を使っていたかを参考までに聞きたいと思ってね。今後の捜査に役立つかもしれないし」

「……今、あなたが追っている事件と何か関係がありそうですね。どんな事件なんですか?」

「それは教えることができない。君だって、それくらいは分かっているはずだ」

「ですよね。いやなに、ちょっと興味が沸いただけですよ。ところで、あの怖い刑事さんはどうしたんですか? ほら、刑事ドラマでよく言う相棒ってやつでしょ。いつも一緒に行動するってやつ。なんで今日は一緒じゃないんですか?」

 白鯨の鋭い観察眼に面喰い、松井戸は答えに窮した。その動揺した様子を見て、白鯨は背もたれに体を預けた。事情聴取の時にもした、松井戸を蔑む体制だった。

「なるほど。あの人が事件に関係しているんですね。ひょっとしたら、容疑者になりましたか……それとも、被害者ですか」

 白鯨は、松井戸の反応を食い入るように観察する。松井戸は見透かされまいと目を逸らすが、それは意味のない行動だった。

「殺されましたか、あの人。怖かったもんな。あんな取り調べしてたら、そりゃあ人にも恨まれますよね。殺されて当然」

「ふざけるな! 河野さんが殺されるのが当然なんてそんな訳――」

「あ、認めましたね」

 あっけらかんとした表情の白鯨。松井戸は腸が煮えくり返り、感情的に叫んだ。ただこの感情は、怒りではなかった。またしても白鯨にのせられた、自分への不甲斐なさからだった。

「まあ、情報を引き出すためとはいえ、今のは言いすぎました。謝罪します。ところで、何が知りたいんですか?」

「……SNSで、誰にも気づかれずに連絡を取り合う方法があれば知りたい。無いなら、密会というアナログな方法以外にあるのかどうか。意見を聞かせてほしい」

 松井戸がそこまで話すと、白鯨は手の平をこちらに向けて話を制止してきた。そして口角を上げ、ゆっくりと話し始めた。その顔は、初めて取調室で見た不気味な雰囲気そのものだった。

「司法取引とか……そういうメリットが無いとお話ししないと言ったら?」

「……俺の一存では何とも言えないな。だが、捜査に協力的なら陪審員たちの心証はよくなるだろうな。直接的な取引なんてしなくても、減刑や執行猶予があるかも?」

「僕の起こした事件を考えれば、そんなことは天地がひっくり返ってもないと分かるでしょう。まあ詳しくは知りませんが、僕が捕まって他の無能犯罪者どもが野放しになるのは癪が触る。お話ししましょう。松井戸さん、スマートフォンはお持ちですか?」

 松井戸は促されるままにスマートフォンを取り出し、そのままSNSを起動した。松井戸はほとんどSNSを使わないが、真白と話しを合わせようとアカウント作成し、その後一切手を触れずにいた。時代遅れの生きた化石には、文明の利器を使いこなすことができなかったのだ。

「いいですね。ここに入ってから、僕は一切触れていません。早く触りた――」

「はぐらかすな。話を進めろ」

「……教えてもらう側の分際で、態度がなっていませんね。今は構いませんが、これからは気を付けてください。では、そのSNS内で“岡濱東署”と検索してみてください」

 松井戸は、促されるままに検索ワードを打ち込む。その手際から、スマートフォンでさえ使い慣れていないことが分かる。検索し終え、松井戸はそこに書かれた情報を見て固まった。そこには、岡濱東署への罵詈雑言で溢れていた。

「今は、罵詈雑言にでも溢れていますか。では少し遡って、僕が事件を起こしているころのものを見てみてください」

 言われるままに見る。そこには、様々な文言が踊っているが、白鯨が言いたいことはすぐに分かった。きっと、次のような書き込みを見せたかったのだろう。


“家の近所に岡濱東署の税金泥棒たちがいたw 仕事してますアピールうざすぎw”

“なんか、いかにも刑事ですって風貌の人がいた。周辺になじむ気なさすぎて草”

“近所で誘拐事件があったらしくて、最近岡濱東署の税金泥棒たちのパトロールが多い”


「捜査情報は、こうやって仕入れていたのか」

「ええ。そういうことです。岡濱東署の管轄内で犯行を続けたのは、皆さんが市民から大変嫌われていて、監視の目が激しかったからです。検索すれば、すぐに分かりましたよ。どこに捜査員がいるか。どこにいないか。それに地名で調べれば、夜の人通りの少ない場所や暗い場所まで分かりました。書いている人はここが危険だと知らせる、善意で書いているのでしょうが、僕みたいな悪人からしても大変ありがたい情報です」

「でもこれが、誰にも気づかれない連絡と何の関係があるんだ」

「検索すれば、大抵のことは分かるんです。相手のアカウントもね」

 松井戸は想定内の答えが返ってきたことで肩を落とし、この面会が無意味なものになると直感した。二人のSNSの検索履歴は既に捜査済みで、お互いのアカウントを調べた形跡はない。白鯨の説は既に、捜査で否定されているも同然だった。

 松井戸は、落胆の目を白鯨に向ける。その目に苛立った白鯨は、語調を荒くしながら更に話を続けた。

「どうせあんたら無能たちのことだ。SNSは、お前の考えたことは既に調べて否定されていると。だからネット上の繋がりはないと」

「……ああ、そうだ。よく分かっているじゃないか。だから、この面会は無駄――」

「それ以上を考えないから、俺を捕まえられなかったんじゃないか?」

 松井戸が諦めて席を立とうとしたその時、白鯨がそれを呼び止めるように言った。松井戸には、その言葉の意味がよく分からなかった。

「どういうことだ? SNSは相互フォローじゃないと、連絡が取れないだろう」

「取り辛いだけだ。取れないわけじゃない。お互いのアカウントが分かっていれば、毎回アカウントを検索すればいいだけの話。もしその検索履歴が無いのなら、合言葉を決めていたのかもしれない。相手への連絡メッセージを送信するときにだけ、その合言葉をつける。そう決めておけば、検索するのはその合言葉でいい。そうだな、メッセージが他の大多数にうもれないように、滅多に使う人間のいない言葉がいいから、難しい四字熟語どうだろう。意味を検索したかったって、言い訳も簡単だろ」

 松井戸には、言葉が無かった。

「だから、予言してあげるよ。そいつらのアカウントは、アクセス制限のついていない、誰でもメッセージが見られる公開設定になっている。そして頻繁に、特定の言葉を含んだ投稿を行っている。検索履歴も調べられるなら、数日にかけて同じ言葉が検索され続けているだろう。これが、気付かれにくい連絡方法の正体だ」

「怖い世の中になったもんだ。お前は同じ方法で、被害者たちを選別したのか?」

「調べれば分かることだが、あいつらのアカウントは全員公開設定になっていた。だからその送信内容から、大体の年齢層や居住地を特定することができた。直接的に地名を書き込んでいなくても、何年も投稿した内容を総合すると、案外色々なことがわかるもんなんだよ」

 松井戸は白鯨の話を聞いて、背筋が寒くなる感覚を覚えた。防犯カメラ等が増えてきた頃にプライバシーの観点から問題提起がなされたが、今はそれとは比にならないレベルのことが起こっている。一億総監視社会と言っても差し支えの無いように感じた。

 松井戸は、まだまだ長々と喋ろうとする白鯨を置いて、部屋を後にした。そして青鳥に白鯨から聞いた内容を要約して説明し、急いで捜査するように伝えた。

 結果は、白鯨の読み通りだった。天城真白、新田友勝の双方が利用するSNSが存在し、二人のアカウントは誰でもアクセス可能な公開設定となっていた。更に二人は漢検の出題範囲からも外れるような難度の高い四字熟語を末尾に書いた投稿を頻繁にしており、お互いの検索履歴に相手が書いている四字熟語を検索した痕跡が残っていた。

 真白は一人のミステリー作家志望として作品のアイデアを書き連ねているように偽装して、今回の犯行計画を書いていた。新田の方は、練習成果の報告に見せかけて計画のうちの何を実行したのかを知らせているようだった。

 つまり二人は、ネットの大海に情報を流して、堂々と秘密の連絡を取り合っていたということだ。これで、二人が繋がっていたことは明らかとなった。

 松井戸は茅野にその連絡を入れ、急いで車に飛び乗り、再び佐桜署に向かって走り出した。昼食をとるべき時間であったが、今の松井戸の興奮状態では、空腹すらまともに感じ取ることができなかった。

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