昔話

 その昔、私は孤独だった。


 一般の女性にしては、あまりにも強すぎた。

 戦略を考えることが得意で、医療関係もある程度は把握していて、自分自身の治療ができ、他人の応急処置も行うことができる。戦力も、男性に劣らない。そんな女だった。

 戦場に少しでも人が欲しい。そんな中、私という存在は重宝された。戦力、思考力、回復力を兼ね備えている。さぞかし、使いやすかったことだろう。

 女性でありながら戦場に立つ。そして、軍の幹部にまで上り詰める。初めての事例だった。ぽっと出の一般女性が、ここまで来るなんて、普通は有り得なかった。

 故に、こう呼ばれた。戦場に立つことを約束された女である、と。あいつは人間ではない、と。並々ならぬ力を持っている、人の心を知らない、恐ろしい『魔女』である、と。


 そもそもの話。元々、私は戦災孤児だった。だからこそ、慣れていたのだと思う。一番、『死』が近いところにいた。明日死ぬかもしれない? ……いや、あと一秒後にはあの世かもしれない。そんな世界にいた。「また後でね」なんて言っていた仲間が、次に会った時は遺品だった、なんてことも決して少なくなかった。

 失うことが嫌で医者になることを決意した。戦場で散る命を、少しでも、減らしたかった。自分が医者になれば、救える命が増えるのではないか、もう失うことはなくなるのではないかと思っていた。しかしその道の先には、自分の思いとは反し、多くの死があった。厳しい現実が、待ち受けていた。

 それでも、泣いている暇はなかった。泣いている暇があるなら手を動かせ。泣いている間に救える命がある。そう叩き込まれてきた。

 命を救っても、感謝の一つもない。血生臭い記憶だけが、私の生きた証だった。


 『慣れ』とは、恐ろしいもので。


 平和を掴み取った今でも、何かに泣くことができない。悲しみを戦場に置いてきてしまったのだろうか。悲しいという気持ちがよくわからなかった。

 愛弟子曰く、「悲しいだけが、涙の理由ではない」とのことだが、こちらもまた、理解できなかった。悲しみ以外で何故泣くのか。泣いて何になると言うのか。涙を流すことに、生産性はないというのに。

 泣かなくても生きていける。大切なのは“今、笑えているか”だ。限りある命の中で、『幸せ』を感じることができているかどうか。誰にも、未来のことはわからない。誰にも、明日がある保証はない。だからこそ、今、幸せかどうか。ただ、それだけが重要なのだ。


 今、私には家族同然の愛弟子がいて、彼女と平和に暮らし、笑い合うことができている。今、この上ない幸せを感じている。

 それだけで十分だろう。これ以上、何を望むというのだろう。……そう思っていた。


 __あの日までは。

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