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婚姻の日から数日が経った。夫が留守の間、アデラは庭を見て回る。豊かに花を咲かせる庭園にアデラの心は満たされていた。
庭園の一角で、蠢く何かが見えた。アデラが目を向けると、それは作業をしている人の下半身であった。上半身はほとんど花壇に埋まってしまっている。それも、その下半身はスカートを身に着けているのでアデラはいけないものを見てしまった気になってしまう。
アデラはコホン、と一つ咳払いをしてから件の人物に声をかけた。
「お義母様、今日も精を出されてますね」
「あら、アデラ。今日はいい天気ですから、花を見るのにちょうどいいですね」
「お義母様は草むしりですか?」
「ええ。草も元気がいいですから。日が高くなり切る前に、と思いまして」
エヴァンの生母ダリアは庭いじりが趣味であった。土に触れていると心が癒される、とは本人の言葉である。
「さすがに、もう随分日が高いですね。今日はここまでにしましょう」
ダリアは切り上げると言い、控えていた庭師に抜いた草を渡す。
日よけにと被っていた農婦のような帽子をとると、実年齢を忘れさせるような美女が出てきた。口元のほくろがダリアを婀娜っぽく見せる。
ダリアのことは社交界で見たことがあった。先代伯爵が連れ歩いていた愛人がダリアである。だが、彼女は現在では正式な先代伯爵夫人であった。
元愛人の義母、それもとびきりの美人。アデラは、ダリアとうまくやっていけるのか、と内心で怯えていた。その怯えを払拭するかのように、ダリアは気さくに接してくる。その上、こんな身分を感じさせないような下働き同然の仕事をする。
アデラは拍子抜けしてしまった。ダリアは、見た目よりもずっと素朴な性質の女性であった。エヴァンの態度はダリア譲りのものらしい。
「見て、アデラ。このガーベラの色付きの美しいこと! こっちはミニバラがそろそろ咲きそうだわ。こちらには、ゼラニウムを植えているのよ、あと……」
「大奥様、一度東屋にでも入りませんか。日よけの帽子もとってしまわれましたし」
「あら……ごめんなさいね。つい熱が入ってしまって」
使用人に指摘されて、ダリアはホホホと照れ笑いをする。
「お義母様、一緒にお茶をしませんか」
「ええ。ぜひお願いするわ。一度着替えてくるわね」
「テラスに準備をしておきますね」
テラスで庭を見ながらお茶を楽しもうとアデラは提案した。義母は喜ばすとかわいらしいので、アデラは進んで彼女を楽しませたいのだった。
「ねえ、アデラ。今、幸せ?」
夕食後、アデラはエヴァンの頭を膝に乗せていた。二人でくつろいでいたところ、エヴァンが尋ねてくる。
幸せか、と聞かれてアデラは少し考える。幸せいっぱいだと言い切るほどではないが、まったりとした心地良い時間は過ごせている。この穏やかな時間がずっと続いて欲しいと願うほど、アデラは生活に満足している。
「幸せだと思います」
「それはよかった……」
エヴァンは何かを考えながら歯切れ悪く言った。
「エヴァン? 何か心配事でもあるのですか」
「うん。……なんか、こう。つい、うっかりね。あの言葉を言ってしまいそうなんだ」
「それは……」
アデラは一度言葉を無くす。アデラはきゅっと目を吊り上げ、口を開いた。
「しっかりして下さいませ! こんなことで命を落としてはいけません!」
「うん。わかってる。わかってるんだけどね」
「実は、もう呪いが解けてるんですか?」
「いや、そんなことはないよ。だって、我が父が亡くなったのは、つい数か月前のことだから」
エヴァンの父は呪いを恐れて、長らく愛する妻を愛人の地位に置いていた。妻の生家には愛人ということにするが、支援は妻としての場合と同じだけすると約束し、冷遇もしないと誓った。
ダリアは実質内縁の妻だった。
それを変えたのは、数か月前。エヴァンの父は病にかかった。治る病だが、治療には時間がかかる。
健康を失ったエヴァンの父は気を弱くし、もし自分の身に何かあったら、とよく考えるようになった。そして、ダリアと入籍してダリアとエヴァンを正式にハガード伯爵家の人間にしたのだ。
そして闘病の中、彼はつい言ってしまったのだ。ダリアに「愛している」と。
「治る病気だったのに!」
ダリアは思い出して涙ぐむ。その口調は怒りも含んでいた。
「呪いを解きましょう」
涙をぬぐったダリアはそう宣言した。
「あなたに私のような社交界での噂を流させたくないと入籍させましたけど、やっぱりこの呪いは邪魔以外の何物でもありません! 呪いを無くします!」
ダリアは言い募りながら、怒りが再燃したようだ。語気は強くなっていく。
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