第10話 俺と真夏のラストミッション
「おっ。いよいよメタナイトの部下達とバトルか。燃えるなこれは」
「だな。これに勝ったらいよいよメタナイトとの決戦でもあるし」
とある平日の夕方だった。
学校からほぼ同じタイミングで帰宅した俺達は、真夏からの誘いでゲームに興じていた。
言わずもがな、俺の部屋で。
ちなみにプレイしているのは『星のカービィスーパーデラックス』だ。
そして毎度お馴染み、SFC版である。
で。
これまたいつも通りに肩を寄せ合いながら協力プレイをしていたわけなのだが、今日の真夏はどことなく落ち着きのない感じだった。
まあ、無理もない。
というか、そわそわしたくなる気持ちは俺もよくわかる。
なにせ今度の日曜日、俺と真夏はそれぞれ初恋の人と二人きりでデートをする予定なのだから。
そこまでに至った経緯を語るとするならば、まずはやはりダブルデートで遊園地に行った日がきっかけだろうか。
あのダブルデートで確かな手応えを感じた俺と真夏は次の作戦を練っていたのだが、あとあと相談に乗ってもらった柚木さんに電話でこう進言されたのだ。
『それなら、今度こそ二人きりでデートして告白してみたら? 話を聞く限り、どっちも好感触だし』
そこで異を唱えたのが真夏だ。
なにかごちゃごちゃぎゃあぎゃあ言っていたような気がするが──おそらくただの照れだ──要約すると「時期尚早ではないか?」みたいな反論をした真夏に対し、柚木さんは呆れた口調で、
『バカね。ここぞという時に攻めないとせっかくのチャンスを掴み損ねちゃうわよ。あんたの事だからもっと時間をかけて気持ちを通じ合せたいとかそんな理由なんだろうけど、長引いただけ想いが冷めていく場合もあるのよ? 鉄は熱い内に叩かないと』
と一蹴した。
なんだかもう、同い年とは思えないほどの含蓄のある言葉だった。
今度からは心の師匠と呼ぶ事にしよう。
一方の真夏は、今の話をちゃんと聞いていたのかなんなのか、「なるほど、
まなつはこんらんしている。
それはさておき。
心の師匠こと柚木さんの助言を受けて、俺と真夏はお互いに意見交換しつつ、熟考と推敲を重ねた文章で同時にLINEでデートに誘ってみたのだが、二人共あっさりOKをもらってしまった。
それこそ「いいよ」と一言で済まされたくらいに。
誘ったと言っても、デートがしたいと直球で伝えたわけでなく、あくまでも二人きりでどこかに遊びに行きたいと文章で送っただけなのだが、まさかあんなにもあっさり済むとは思ってもみなかった。
真夏と一緒にけっこう頑張って練った文章だったんだけどな……。
まあ、それはこの際どうでもいい。
今度の日曜日、羽春さんに告白する事に比べたら些末な問題だ。
告白。
そう、告白するのだ。
羽春さんに「好きだ」と──恋人同士になりたいと想いを伝えるために。
そのためのデートプランは、すでに決めてある。
当然、告白するシチュエーションも。
もっとも、柚木さんのアドバイスを頂戴してのプランなので、決して胸を張れるようなものでもないのだが。
真夏なんて、遊園地の時みたくデートに着ていく服までレクチャーされていた。
俺も真夏も、ほんと心の師匠にはお世話になってばかりだな……。
あとで必ず、菓子折りでも持ってお礼をしに行くとしよう。
なんて考えている内に、いよいよメタナイツ最後の一人──ジャベリンナイトだけとなった。
宙を浮きながらジャベリンを投擲してくる中ボス相手に、俺はパラソルを駆使して──真夏はウィングで着々とダメージを与えていく。
「なんか、信じられないよなあ」
ふと思い付いたように呟きを漏らした真夏に、俺はコントローラーを操作しながら「なにがだ?」と聞き返した。
「いや、最初はこんな風に二人で遊んでいる最中にあたしも冬樹も好きな人がいるってわかってさ、それでお互いに協力して片思いしている相手にアタックしてみようって話になったけど、まさかここまでトントン拍子に進むとは思わなかったなあってさ」
「あー。言われてみれば確かにそうだな」
最初はほとんど他人みたいな関係だったのに、いつの間にやら友達になって、今や告白しようという段階まで来てしまっているもんな。
ちょっと前までは色恋沙汰なんて無縁の──年中お互いの部屋に行ってゲームをするかマンガを読みながら駄弁っていただけの俺達が。
「ま、俺達もちょっとは大人になったって事だろ。恋愛で色めく程度には」
「そっかー。大人になったのかー。峰不二子みたくなるのもそう遠くはないな」
「そこまで言ってねえ」
あの人を目指す気でいるのなら、かなり常人離れしたプロポーションが必要になるぞ?
「でもさー」
と。
依然として上空から攻撃してくるジャベリンナイトに、空中攻撃を繰り返しながら真夏は言った。
「大人になっても、こうして二人でゲームしていられるような関係でいたいよな」
その言葉に。
俺は思わず「ぷっ」と吹き出してしまった。
「んだよー。その人をバカにしたような笑い方は」
「くくっ。いやすまん。大人になっても俺の部屋でゲームをする気になのかと思ったら笑えてきてな」
頬を膨らませる真夏に、俺は笑いを噛み殺しながら言葉を返す。
「しかし、大人になっても真夏と一緒にゲームかあ。その頃にはお互い恋人がいるかもしれないし、そういうのも今後は難しくなるかもしれないな。異性と二人きりでいるのを嫌がる人もいるだろうし」
「大丈夫! 秋人君なら絶対許してくれるから! めっちゃ心の広い人だから!」
「お前の中ではすでに秋人が恋人扱いなのかよ」
まだ告白もしていないのに。
いや俺だって妄想の中では羽春さんとラブラブ状態だし、真夏と二人で遊んでいても笑顔で許してくれるに違いないと確信しているまである。
そうなったら、いいなあ(切実に)。
「まあでも、確かに大人になってもこうして遊べたらいいよな。その時は俺も一人暮らしを始めて離れ離れになってるかもしれないが」
「その時はあたしも近所に引っ越すから安心しろ。通うぜ〜。超通うぜ〜。ゲームしまくってお前の部屋の光熱費を爆上がりさせてやるぜ〜」
「おいやめろ。俺を極貧生活させる気か」
今のご時世、バイトですら満足に給料を貰えるとは限らないんだぞ。
なんて言っている内にジャベリンナイトを倒して、画面が暗転した。
そしてメタナイトとの会話が始まり、専用BGMが流れる。
「いよいよ決戦だな、冬樹」
「そうだな」
俺達の恋の行方も──という意味も含めて。
☆ ☆ ☆
そして、日曜日。
つまり、デート兼告白決行日。
俺は電車で二十分ほど離れたところにある隣の市の駅前にて、羽春さんが来るのを待っていた。
現時刻、朝の九時前。
待ち合わせは九時半なので、三十分前には到着した事になる。
さすがに早く来過ぎた感は否めないが、まあ遅れるよりはマシだろう。
羽春さんも早く来るかもしれないし、女性よりを待たせるよりは全然いい。
ちなみにその羽春さんではあるが、さっきスマホを確認してみると『あと十分くらいで着きますー』と知らせが来ていた。
「十分……十分かあ」
心の準備をする時間としては、短いようなそうでもないような。
デートプランは今日までさんざん考えてきたし、なんなら告白の練習だって何度も脳内でシミュレーションはしたが、やはり想像するのと実際にやるのとではやはり違う。
現に、こうして待っているだけで心臓が今にも破れそうなほどバクバクと胸を力強く叩いていた。
会った瞬間に告白するわけでもないのに。
「ふう……。今日はちょっと冷えるな……」
十一月に入り、外気もそれなりに秋めいてきたせいか、手先が寒く感じた。単に緊張して手が冷えているだけという理由もなきにしもあらずだが。
とまれかくまれ、少しでも暖を取ろうとジャケットのポケットに手を忍ばせる。
と。
指先に四角い布状にちょこんと触れた。「あ」と思った俺はそれを掴んで視界に入れた。
それは、恋愛成就と刺繍されたお守りだった。
今朝、出掛けに真夏から貰ったものだ。
正確には自室で出掛ける準備をしていた俺に、真夏がすでに服もメイクもバッチリ仕上げた姿で窓から入って来たのだが、その時真夏から渡されたのだ。
「ほらよ」と少しぶっきらぼうというか、若干照れたような顔で。
そのいつもの真夏らしからぬ行いに、俺は始終唖然としていたのだが、当人も自覚はあったようで、なかなか視線を合わせようとはしなかった。
ややあって、まったく反応を返さない俺に痺れを切らしたのか、真夏は依然として目線を逸らしつつ、
「いやほら、お互い協力して初恋を実らせようって約束したのに、あたし、あんま役に立てなかったじゃん? だいたいおつゆに相談に乗ってもらってばかりだったし、せめてこれくらいはしないとなーって思ってさ」
それを聞いて、俺はさらに驚いて「わざわざ神社まで行ってくれたのか? 恋愛成就のお守りなんて、この近くには売ってないのに」と訊ねる。
「あたしにできる事なんて、これくらいしかなかったしな。
それに絶対成功してほしいじゃん。親友の初めての恋なんだからさ」
その言葉に、俺は感極まって涙腺が緩みそうになった。
しかしながら、幼なじみとはいえ、女子の前で男が泣くわけにはいかない。
なので、必死に涙を堪えながら「ありがとう」と心から感謝の念を伝えると、真夏は無言で拳を突き出してきた。
すぐに意図を汲んで、俺も拳を出して互いに打ち付けた。
「頑張れよ、
「お前もな、
なんて、やり取りをして。
真夏は終始頬を赤くしたまま、俺より早く待ち合わせ場所へと出掛けていった。
そんな経緯を思い出しつつ、俺は恋愛成就のお守りを見つめる。
「上手くやれよ、真夏──」
祈るように「恋愛成就」と書かれた文字を指先で撫でながら、俺は呟く。
今頃はもう秋人と合流した頃だろうか。秋人が好きな作家のサイン会に行くとかなんとか言っていたが、ちゃんと予習はしたのだろうか。普段小説なんて読まない奴だから、周りの雰囲気に馴染めるかどうか心配だ。しかもあいつ、退屈に感じるとすぐ眠ったりするからなあ。
「って、これじゃあまるで幼なじみというより父親みたいだな」
思わず苦笑と独り言がこぼれた。
人の心配ばかりしている場合じゃないってのに。
と。
その時ポケットに入れていたスマホがブルっと一瞬震えた。
スマホを手に取って画面を確認してみると、羽春さんから『駅に着きましたー』とメッセージが。
「いよいよだな……」
今日ですべてが決まる。
俺の恋が実るのか、それともここで終わってしまうのかが。
「お日様が気持ちいいですねー。絶好のお散歩日和って感じですー」
市内──待ち合わせの駅から五分ほど歩いた自然公園の中だった。
そこで俺と羽春さんは二人並んで歩きながら、公園内を巡っていた。
と言っても、ここが本来の目的地というわけではない。
今日のデートの本命は脱出ゲーム──とある施設を借りきった謎解きイベントにあるのだが、開演が十時半でまだ時間がけっこう余っているので、自然公園にでも行こうという話になったのだ。
行こうという話になったというか、ぶっちゃけそうなるように俺から誘導しただけなのだが。
でなければ、わざわざこんなに早く待ち合わせなんてするわけがない。
元々この脱出ゲームに誘ったのは俺だが、そのまま目的地に向かうのは味気ないしな。せめてもうワンクッションくらいは置きたかったのである。
脱出ゲームが始まったら、謎を解くのに必死になって会話を楽しむどころじゃなくなりそうだし。
まあ、そんなわけで。
こうして羽春さんと自然公園を散策してから数分程度が過ぎて、溜め池エリアへとやってきた。
池には色鮮やかな鯉が優雅に泳いでいて、その周囲を幼い子供達が興味津々と言った顔で隣にいる親と思しき大人に嬉々として語りかけていた。
「いいですねー、ああいうの。なんだかこうして眺めているだけで気持ちが和んじゃいますー」
「わかる。微笑ましいっていうか、いつまでも眺めていられるっていうか」
なんて言いつつ、さっきから羽春さんの横顔ばかり見つめている俺である。
今日の羽春さんの服装は、ピンクのニットにツイードスカート──下はタイツにショートブーツという、遊園地でデートした時よりもややキュート寄りの清楚系ファッションだった。
実に眼福。
むしろ恐悦至極。
こんな素敵な女の子の隣を歩けるとは、俺なんて果報者なのだろうか。
「ところで、あと一時間ほど脱出ゲームが始まるわけなんですが──」
と。
こっそり子供達を眺める振りをして好きな人の横顔に見惚れていた間に、羽春さんがふと思い出したような口振りで俺に視線を向けてきた。
「何か、パンフレットみたいなものはないんでしょうかー?」
「あ、それならある」
応えつつ、背負ってきたショルダーバッグを開けてパンフレットを取り出す。
「わー。ちゃんと持ってきたんですねー」
「もちろん。さすがに事前情報もなしに行くのもね」
なにせ、一緒に行く相手が相手だし。
脱出ゲーム好きの人間を誘っておきながら、何も用意をしておかないなんてナンセンスだ。
「今すぐ拝見したいところではありますが、ここで見るのは他の人の邪魔になりそうですねー」
「確かに……。ちょっとベンチのあるところまで移動しようか」
「そうですねー」
というわけで。
少し離れたところにあるベンチまで、横並びに歩く俺と羽春さん。
そうして隣り合わせに座ったあと、俺は手に持ったままでいたパンフレットを開いて、羽春さんに手渡した。
「へー。ホームズをモチーフにしたリアル脱出ゲームですかー。別段シャーロキアンというわけではありませんが、ホームズは昔からよく読んでいたので、とてもワクワクしますー」
「よかった……。脱出ゲームとしか伝えていなかったから、もしかしたら内容に不満があるかもしれないと少し気掛かりだったんだ」
「そうだったんですかー。それならそうと言ってくださればよかったのにー。わたし、謎解きならだいたいなんでも好きですよー?」
「いや、できたら当日までの楽しみって事にしておきたかったから。ほんと、成功してよかった……」
「ふふっ。進藤君って意外とサプライズ好きだったんですねー。なんだかちょっと可愛いですー」
「か、かわ!? 俺が!?」
「はい。なんだか悪戯っ子みたいでー。進藤君、少しお堅いイメージがありましたからー」
「そ、そっか……」
まさか、女の子から可愛いと言われる日が来ようとは思ってもみなかった。
羽春さんも言っていたが、この見た目のせいで堅物な男というイメージばかり持たれていたしな……。
「そういえば、少し前に夏さんとお話した時も、似たような事を言っていましたねー」
「え? 真夏が?」
なんだか少し不安だ。
あいつ、昔から余計な事ばかり言うからなあ……。
「……真夏、なんて言ってた?」
「えっとー。見た目は強面だけど、実は家事が得意で女子力が高いとかー。ハムスターとか小さい生き物が好きで、ペットショップに行ったらなかなか出てこないとかー。あと虫が苦手で、クモが部屋に出てきた時はいつも夏さんが逃がしてあげているとか言ってましたねー」
「真夏め……」
やっぱり余計な事ばかり言ってやがった。
しかもよりによって、男として情けない面ばかり。
「はあ……。できれば羽春さんには知られなくなかった……。特にクモの下りは……」
「そこまで落ち込まなくとも大丈夫ですよー。わたしは全然気にしてませんよー? 男の子だって虫が苦手な人くらい普通にいると思いますしー」
それに、と恥ずかしい面を色々と知られて肩を落とす俺に、羽春さんは柔和に微笑んで続ける。
「夏さんもそういうところが手のかかる弟みたいで可愛いと言っていましたよー?」
「手のかかる弟、ねえ……」
どちらかと言うと、俺の方が真夏の世話ばかり焼いているような気がしてならないのだが。
しかしながら、ある意味真夏の方が姉っぽいと言えなくないかもしれない。
真弟的立ち位置にいるらしい俺に対して、姉のようにやりたい放題なところとか、特に。
「わたしも夏さんと同じ意見と言いますか、ちょっと弱点のある男の子の方が逆に親しみやすいと思いますよー。特に進藤君は見た目で誤解される事が多そうですしー」
「誤解、かあ……」
そのあたりに関しては諦観しているというか、自分にとっては当たり前のような光景なので、特に気に留めた事もないのだが。
「わたしとしても、もっとみんなに進藤君の事を知ってもらいたいですー。本当はすごく優しい方なんですよーって」
「俺としては、親しい人間にだけ知ってもらえればそれで十分って感じなんだけど……」
「そんな寂しい事を言わないでくださいよー。周りの方の認識が変わるだけでも、環境が違ってくると思いますよー。それに親しい人間にだけ知ってもらえればそれでいいって進藤君は言っていましたけれど、わたしは自分の大切にしている人達の事を、周りの方々にも知ってもらいたいですー」
「知ってもらいたい……?」
「はい。だってそっちの方が素敵じゃないですかー」
そう言って。
たおやかに微笑み羽春さんを前にして、俺は言葉を忘れてしまった。
それほどまでに、俺は眼を──心を奪われていた。
そっか。
羽春さんは、友達や家族といった存在を、とても大事にしているんだな。
少しでも大切に想っている人達が、幸せな環境にいてもらえるようにと頑張れるくらいに。
そしてその大切な人達の中に、俺も入れてもらえている。
その事実が、今までの人生にないくらい、めちゃくちゃ嬉しかった。
「……? 進藤君、どうかしましたかー? 顔が少し赤いですよー?」
「あ、いや……」
口に出していいものだろうかと少し逡巡しつつ、俺はあえて素直に心情を吐露した。
「俺の事も大切に想ってくれているんだなあって考えたら、無性に嬉しくなったいうか……」
「ふえっ?」
俺の言葉に、羽春さんは上擦った声を漏らして、パチクリと両目を瞬かせた。
そして照れたように頬を上気させたあと、
「そ、そうですねっ。大事なお友達ですから、進藤君には幸せになってもらいたいと言いますか、幸せにしてあげたいと言いますか──あれ? わ、わたし、何をとんちんかんな事を言っているんでしょう。さ、さっきのは忘れてくださいっ」
「あ、はい」
忘れるどころか、ばっちり心のメモリーに記憶しておいたが。
しかし羽春さんがこんな反応を見せるなんて。
慌てると語尾も伸びなくなるんだなあ。なんて可愛らしい人なんだ。
しかしながら、それよりも気になる事がある。
もしかして羽春さん、少なからず俺に好意を抱いてくれているんじゃないだろうか。
だとしたら、これは告白する絶好の機会かもしれない。
もちろん、まだデートが始まって間もないのにいきなり告白なんてして大丈夫だろうかとか、せめて脱出ゲームに行って雰囲気を盛り上げてからの方がいいんじゃないだろうかとか、そもそもここで告白を断られでもされたら、脱出ゲームに行くどころの話じゃなくなって羽春さんに多大な迷惑をかけてしまうだけなんじゃないか、とか。
色々な考えが頭を過ったが、それでもこの溢れてくる気持ちを抑えつけられずにはいられなかった。
もしかしたら、今日この場で俺の恋は終わってしまうかもしれない。
それでも、俺は────!
「は、羽春さんっ!」
「はいっ!」
俺の大声に、驚いて肩を跳ねさせる羽春さん。
いかん。気持ちが盛り上がるあまり、つい声がでかくなり過ぎてしまった。
ゴホンと咳払いをしたあと、俺は改めて羽春さんをまっすぐ見つめて言う。
「羽春さん、聞いてほしい言葉がある」
「は、はい」
緊張した面持ちで羽春さんが頷く。
そんな羽春さんに俺も顔どころか全身の筋肉を強張らせつつ、言の葉を紡いだ。
「お、俺は、羽春さんの事が──!」
ブブブブブ──
と。
その時、ポケットに入れていたスマホが唐突に震えた。
思わずずっこけそうになりつつ、スマホの表示を見る。
「…………。すまない、少しだけいいだろうか?」
「あ、はい。どうぞー」
ホッと弛緩したように顔を緩める羽春さんに頭を下げて、俺は通話ボタンをタップする。
「もしもし? 真夏か?」
電話の主は、誰あろう真夏であった。
いつもなら容赦なく切っていたところなのだが、真夏は秋人とデート中だったはず。
なのにこっちもデート中だという事を知っているはずの真夏が電話をかけてくるなんて、少し妙だと思ったのだ。
「真夏? どうした? 何かあったのか?」
無言でいる電話の向こうで、ほのかに駅のアナウンスが聞こえた。
真夏は今、駅にいるのか?
「真夏、何か言ったらどうなんだ? 黙っていたらなにもわからんぞ」
『………………、どうしよう冬樹……』
少し躊躇うように喉を鳴らすような音がしたあと、真夏が細々と口を開いた。
次に、とんでもない発言をして。
『……あたし、電車の中で寝過ごしちゃって、終点まで来ちゃった……』
「はあ!?」
思わず声を荒げる。
てっきりすでに秋人と合流しているかと思えば、寝過ごした上に終点!?
『どうしよう……冬樹……あたし、どうしたら……!』
「落ち着け真夏! とにかく、秋人にはもう連絡してあるのか? していないのなら今すぐ電話して──」
その直後だった。
ツーツーツー、と突如として通話が切れたのは。
「は!? 何やってんだあいつ……!」
苛立ちまぎれにスマホの表示を切り替えて、真夏に電話をかけ直す。
が、電話は一向に繋がらず、電源が切れているか電波の届かないところにいるなどと機械的な音声が聞こえてくるだけだった。
「真夏……。一体何がどうなってんだ……?」
「あのー、進藤くん?」
と。
状況が読めず困惑する俺に、それまで成り行きを静観していた羽春さんがおずおずと訊ねてきた。
「もしかして、夏さんに何かあったんですかー?」
「俺も詳しく把握はしていないんだけど、真夏が電車で寝過ごして終点まで来てしまったらしくて……」
「ええっ? 大変じゃないですかー。それで夏さんはどうしたんですかー」
「それが急に電話が繋がらなくなってしまって……」
「電話が? 心配ですねー。何かあったのでしょうかー?」
間違いなく、何かはあったのだろう。
本人も想定外だった何かが。
くそっ。せめて真夏のそばに秋人がいてくれたら電話越しに様子を訊けたのに、その秋人が現場にいないのでは話にならない。
ひょっとしたら、事件や事故に巻き込まれているのかもしれないのに。
「──────っ」
迷っている暇はなかった。
すでに秋人の元へ戻ろうと電車に乗り直しているかもしれないが、真夏の事だからひどく混乱して終点に留まっている可能性もある。
可能性がある限り、放っておけない!
「すまない羽春さん! 俺と一緒に真夏のところまで来てくれないか!?」
思わず衝動的に羽春さんの手を握って、俺は声に焦燥を滲ませながら告げる。
「せっかく遊ぶ約束をしたのに、こんな勝手な事を言ってすごく申し訳なく思っている。本来ならここで一旦解散するか、羽春さんだけでも脱出ゲームに参加してもらうのが筋かもしれないが、それでもこんな中途半端な形で別れるのは嫌なんだ。だから俺は──」
「今すぐ一緒に行きましょう!」
と。
こっちが話し終える前に羽春さんは勢いよく立ち上がって、俺の手を取りながら走り始めた。
「は、羽春さん……?」
「わたしの事は気にしなくていいですから、今は夏さんのところへ急ぎましょうー!」
その言葉に、俺は胸の中がジーンと温まるのを感じつつ、「ああ!」と力強く頷いて。
羽春さんと手を繋ぎながら、一緒に駅へと駆け出した。
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