第6話 あたしと冬樹のセカンドミッション〜世の野朗どもよ、聞き上手たれ〜
冬樹の提案で始まったファーストミッション。
別名、可憐な笑顔で秋人君と親しくなろう大作戦は、結果だけを述べると、秋人君と連絡先を交換するくらいには近しい間柄にはなれた。
結局、冬樹と練習した可憐な笑顔って奴は、一度も出来なかったけどな。
でも逆にそれが秋人君のツボにはまってくれたみたいだから、怪我の巧妙ってやつかもしれない。
で、だ。
次はいよいよ冬樹の番になるわけなんだが──
「冬樹! 助っ人に来てもらったぞ!」
ファーストミッションから二日が経った、放課後の校舎裏。
そこであたしは、事前にここで待つように言っていた冬樹に対し、あたしの隣に立つもう一人の親友を紹介した。
「
「うん、まあ。知ってはいるし、なんなら小学校の頃からの顔見知りではあるが……」
なんでだか気まずそうに視線を彷徨わせつつ、冬樹は言う。
「もうちょっとタイミングを選べなかったのか? 柚木さん、めちゃくちゃ困惑してるじゃねえか」
「……ありがとう進藤君。私の気持ちを代弁してくれて。ほんと、いつもの事ながらナッツは突拍子がないんだから……」
なんて嘆息しつつ、言葉を返すおつゆ。
ちなみに、ナッツっていうのはあたしの渾名だ。
幼なじみという意味じゃあ、冬樹の次くらいに付き合いの長い相手になるな。
「んだよー。その嫌そうな顔はー。親友の相談くらい普通に乗ってくれよー。ま、あたしじゃなくて冬樹の相談に乗ってほしいんだけどな」
「ナッツの頼みだし、進藤君とも知らない仲じゃないから相談に乗るのはやぶさかじゃないけど──」
そこまで言って。
唐突におつゆはビシっと自分の今の姿を指差した。
「それ、新体操部の活動中に言う事!? 私、今レオタード姿なんだけど!?」
レオタード。
オリンピックとかでよく見る、女子新体操がよく来るあのスク水みたいな格好の事だ。
ちなみにおつゆが着ているレオタードは白。
おつゆは肌も真っ白いから、なんだか女体化した
しかも短髪でスレンダーな体付きだから、余計平べったく見える。特に胸が。Bカップの胸が。そんなあたしはDカップ。勝ったなガハハ!
「あんたが突然スマホで『今すぐ校舎裏まで助けに来てほしい』ってメッセージを寄越すから、部活を途中で抜けてまで駆け付けたのに、なんなのこれ!? ここまでレオタード姿で走ってきた私の苦労はなに!?」
「だって、ついさっき思い付いたんだもん。急がば回れっていうじゃん? あれだよあれ」
「それを言うなら善は急げな。それはそうと本当にごめん柚木さん。真夏のアホな頼みに付き合わせちゃって……」
「そんな、進藤君が悪いわけじゃないから。アホボケカスのナッツが悪いのよ」
あれれ〜? おかしいぞ〜?
親友のために一肌脱いでやったのに、別の親友からディスられちゃってるぞ〜?
「あーあ。ほんとバカみたい。心配して損しちゃったわ。今度から助けを求められても無視してやろうかしら」
「やだー! そんな冷たい事言わないで〜! あたしを見捨てないで、おつゆ〜っ!」
「はいはい。わかったわよもう。だからいちいち抱きつかないで。鬱陶しい」
泣きながらしがみ付くあたしを心底迷惑そうに引き剥がしながら、おつゆは続ける。
「しょうがないから付き合ってあげるわよ。でも、今度の日曜日にしてくれない? 相談の内容もわからないし、何より今は部活中なんだから」
そんなわけで、みんな大好き日曜日。
「ナッツの部屋に来るのも久しぶりねー。高校に入学して以来かしら?」
懐かしそうにあたしの部屋を見回しながら、おつゆが慣れた調子でベッドに腰掛けながら言う。
「なんていうか、相変わらずマンガばっかりの部屋ねー。しかも少年マンガばっか。せめてぬいぐるみくらいは置きなさいよ。女の子なんだから」
「うっせーなー。ぬいぐるみくらいならあるわい。ほら、ベッドの隅にクマっぽいやつが」
「……これ、ぬいぐるみっていうかプラモデルじゃない。ベアッガイじゃない。まあ可愛くはあるけどさ」
「──すまない柚木さん。せっかくの日曜日なのにここまで来てもらってしまって」
と。
あたしとおつゆが二人で話していた間、下の台所でお茶の準備をしていた冬樹が、おぼんに湯呑みを載せて部屋へと入ってきた。
「それと、部活の方は大丈夫だった?」
「うん。それは大丈夫。基本的に部活は土曜日までだし。あ、お茶ありがとう」
冬樹から湯呑みを受け取って、おつゆはベッドからテーブルの前に座り直した。
「ていうかナッツ、なんで進藤君にお茶を入れさせてんのよ。普通はあんたがやらなきゃいけない事でしょうが」
「しょうがねえだろー。冬樹の方がお茶を入れるのが上手いんだから。オカンも出掛けたままだし」
こいつ、昔からあたしより家事スキルが高いんだよなー。見た目はゴツいのに。
まあ、あたし的には楽に済むから全然いいけれど。あ〜、何もしないで人に入れてもらった茶は本当にうまいぜ〜。
「さて──」
お茶を一口飲んだあと、おつゆは湯呑みをテーブルの上に置いて話を切り出した。
「だいたいの事情はこの間ナッツから聞いたけれど、本当に私が参加してよかったの? 話を聞いた限り、二人で協力して意中の相手との関係を進めるつもりだったように思えてならないんだけど?」
「あー。確かに出来るだけ他の人は知られたくなかったし、そのあたりは俺も真夏に言ったんだが、やっぱりもう一人協力者がほしいって言われて……」
「だって、あたしじゃあんまり良いアドバイスはできそうにないし……。それに本番で秋人君に会いに行った時、ガチガチに緊張して全然作戦通りにいかなかったじゃん? だからあたしと同じような思いを冬樹にしてほしくないんだよ」
「なるほどね。進藤君のためにってわけか」
あんた達、本当に仲良しよね。
そう言って、おつゆは再び湯呑みを手に取った。
「それで、進藤君は了承したの?」
「ああ。真夏が俺のためにここまで真剣になって言ってくれたんだ──その思いを無碍にはできない」
「……そっか。うん、わかった」
と、そこで一旦お茶を口に含んで、ゆっくり味わうように嚥下したあと、苦笑しながらこう言った。
「私も協力するわ。ここまで言われちゃったら、手伝わないわけにはいかないもの」
「おおおっ! おつゆ、ありがとう〜!」
「ちょ!? 急に抱き付かないでよ! お茶が溢れたらどうする気!?」
おっと、いけね。嬉しさのあまり、つい衝動的に抱き付いてしまったぜ。
「それにしても、ナッツが恋かあ……」
と、湯呑みをテーブルの上に置いたあと、物思いに耽るように天井を見上げるおつゆ。
「私、てっきりナッツは進藤君と付き合うものばかり思っていたわ」
「あん? まさか、おつゆまで変な誤解をしてたのか? 言っておくけどあたしら、そういう関係じゃねぇぞ。めちゃくちゃ仲が良い幼なじみってなだけだ」
「幼なじみでも、異性同士でそこまで仲が良いなんて普通はないんだけどね。それこそ大抵は疎遠に終わるパターンが多いし」
あー。言われてもみれば、冬樹以外の男の幼なじみはみんな疎遠になっちまったなあ。
冬樹とだけたまたまフィーリングが合っただけなのか、それとも向こうの方があたしに興味を無くしたのか。
まああたしも、仮に街中で昔馴染みの奴と会ったところで軽い挨拶で済ますか、もしくは素通りすると思うし、そのへんはお互いさまってやつだな。
「ていうか私、別にあんた達が現在進行形で付き合ってるとまでは思ってなかったわよ? 昔からずっと見てきたし、今のところまだ恋愛感情はないんだろうなあとは思っていたから」
「だったら、なんであたしと冬樹が付き合うだなんて言い方したんだよ?」
「いや、どうせナッツの事だから、恋活なんて全然しないまま、最終的に進藤君あたりで落ち着くとばかり思っていたから。進藤君も奥手な感じだし。あ、彼女が出来なさそうって言ってるわけじゃないからね? 勘違いしないでね?」
「思いきり言ってじゃん。遠回しに『一生童貞で終わりそう』で冬樹に言ってるようなもんじゃん、それ」
「人聞きの悪い事言わないでよナッツ! 童貞は残っても処女は失うかもしれないでしょ!?」
「え。柚木さん、それどういう意味……?」
どうもこうも「アッー!」って意味だよ。BのLだよ。
「って、誰が嫁き遅れだゴラ! このあたしの美貌で世の男どもが放っておくわけねぇだろバカめ!」
「バカ言うな。ナッツが美人だってのは癪ではあるけど認めるとして──でもあんた、今まで全然恋愛に興味なかったじゃない。小学生みたいに基本遊ぶ事しか考えてないっていうか。だから大人になってもそのままなんだろうなって思っていたのよ」
「ああ、それはよくわかる。俺も真夏はずっとこんな感じで生きていくんだろうなって思っていたから」
「んだよー。二人してあたしをバカにしやがって。あたしだって男に興味がないわけじゃないんだぞ? 初めてカッコいいって思った男は別未来版の悟飯だし」
「あー、確かにカッコいいわよね別未来版悟飯。片腕を失くしてもなおトランクスのために命を張るところとか……って二次元じゃないそれ! しかもちょっとマニアック!」
この話に付いていけるおつゆも、なかなかにマニアックだと思うぞ?
「それで真夏。話は変わるけど、どうして柚木さんを選んだんだ? もしかして恋愛のエキスパートとかなのか?」
あ、そっか。冬樹にはまだ説明してなかったな。
「うんにゃ。恋愛のエキスパートどころか、今まで何十回と男に振られている
「ちょっと!? 不吉な事言わないでくれる!? しかも変な二つ名まで付けて!」
「え〜。カッコいいじゃん、
「笑わせてどうするのよ!? 私のプライドにヒビが入るだけじゃない! 心に傷が入るだけじゃない! むしろそのせいで私とあっちゃんが別れる事になったらどうする気よ!?」
「笑っちゃう」
「笑ってんじゃないわよ!? 悪趣味にもほどがあるわ!」
冗談だよ冗談、と憤るおつゆを宥めつつ、冬樹に目を向ける。
「ま、そんなわけで、実際に恋人がいるおつゆにアドバイスしてもらった方が参考になるかと思って、こうして来てもらったんだよ。あたしら、恋愛経験まったくないわけだしさ」
「……なるほど。確かにそっちの方が心強いな」
あたしの言葉に「うんうん」と頷く冬樹。
「柚木さん。改めてよろしく頼む」
「あたしもマジで頼む」
「いやいやいや。そんな頭なんて下げる必要なんてないから。ナッツも、さっきまで私をおちょくっていたくせして急にしおらしくならないでよ。なんだか調子が狂うじゃない」
「それは単なる照れ隠しだよ。ちゃんと頼むのが恥ずかしかったんだろ真夏?」
うるせえと冬樹の脇を肘で突いた。
図星じゃあるけど、わざわざ口にすんなや。
……余計恥ずかしくなるだろうが。
「大丈夫よ進藤君。そこは私もちゃんとわかっているから。でなきゃ、こんなブタゴリラみたいな傍若無人な子の友達なんてやってられないし」
「誰がブタゴリラじゃい」
ていうかブタゴリラって。同じ作者でもジャイアンって言った方がわかりやすかったんじゃね? マナカナくらいの違いでしかないけどさー。
「それで柚木さん。これからは俺はどうしたらいいだろうか?」
「そうねー」
言って、小考するように黙ってお茶を一口飲んだあと、
「ナッツから話は聞いたけれど、一度しか話した事がないのよね?」
「ああ。正確に言えば入学式以来、一度も顔を合わせた事もないのだが」
「進藤君はとりあえず好きな人ともう一度話がしてみたいわけよね? それなら真夏も一緒に行った方がいいと思う」
「え? 真夏も?」「あたしもか?」
ほぼ同じタイミングで聞き返すあたしと冬樹。
「ええ。こう言っちゃなんだけど、進藤君って見た目の威圧感がすごいのよ。もちろん私は真面目で誠実な人って事は知ってるし、あと羽春さんだっけ? その人も一度助けてもらっているんだから悪い印象を持ったりはしないと思いたいけれど、必ずしもその時の事を覚えているとは限らないし、緩衝材として真夏を連れて行った方がいいと思うのよ」
親しくない男の子に急に話しかけられるのって、やっぱり女の子側としては警戒しちゃうし、と付け加えるおつゆ。
「緩衝剤、か。確かにその方が俺としてもありがたいな。一人より二人の方が多少緊張せずに済む」
「でもさー、なんであたしなん? 別におつゆでも良くね? ていうかおつゆの方が冬樹のフォローもできるからいいんじゃね?」
「別に私でもいいけれど、これから羽春さんと親しくなっていくのなら、私よりも一番進藤君の近くにいるナッツの方が適任かと思って。私だっていつでも相談に乗れるわけじゃないしね。それにあんた、コミュ力だけは無駄に高いんだから、きっと私がいるより上手くいくわよ」
なるほどー。なかなか良い案を考えるでないか(無駄って言葉だけは余計だが)。
「で、あたしの方から話しかけるのはいいとして、冬樹はどうしたらいいんだ? 突っ立ってるままか?」
「まさか。それじゃあなんのために近付いたのかわからないじゃない。合間合間でいいから、相槌を打っておけばいいのよ。それから徐々に話の主導権を進藤君が握っていけばいいわ」
「話の主導権……。けど、俺は何を話せばいいのだろうか? 正直口上手というわけじゃないし、相手の趣味も知らないから、話の主導権を握れる自信なんてないのだが……」
「趣味嗜好に関してはナッツが聞き出してくれるから大丈夫。それと、進藤君は基本的に聞き手側でいいと思う」
聞き手側? と冬樹。
「うん。テレビや雑誌で見た事ない? 女の子は話を聞いてもらいたい、同調してもらいたい傾向が強いとかなんとか。あれ、けっこう的を射ているのよ。もちろん例外はあるし、なんでもかんでも頷いておけばいいってものじゃないけど、基本表情豊かに耳を傾けて、相手が退屈しない程度に話題を振っておけば、少なくとも悪い印象を持たれる事はないと思うわ」
「ほー。なんかおつゆ、めちゃくちゃ先生っぽい」
「ありきたりなアドバイスをしただけなんだけどね」
あとは話しながら相手の趣味とか苦手なものを聞き出して、最後に連絡先を交換できたらベストね。
そこまで口にして、言いたい事はすべて言い終えたとばかりに、おつゆは長々とお茶を啜った。
対する冬樹はと言うと、何やら眉間にシワを寄せて黙り込んでいた。
「どうした冬樹? ついにジャンプの掲載順が最後の方に来てしまった崖っぷちのマンガ家みたいな顔をして」
「なんだその具体的な例は……。いや、本当に俺と交換なんてしてもらえるのかと思って……」
「それは進藤君とナッツと次第よ」
と。
弱気な事を言う冬樹に、おつゆが簡潔に返す。
「どれだけこっちが好意を抱いていても、向こうがそれに応えてくれるとは限らないんだから」
「おおー。さすがはおつゆ、男に振られた数が二桁を超えた女の言う事は違うな! 実感がこもっているというか、めっちゃリアリティがあるぜ!」
「あんた殴られたいの!?」
「柚木さん、どうどう……。ほんと、柚木さんがいてくれて良かったと俺は思っているから。すごくタメになったと思うし」
「失恋数が二桁を超えた女の言う事ですけどねー」
「……おい真夏どうしてくれる。お前のせいで柚木さんがすっかりふてくされてしまったじゃないか」
「えー? あたしは褒めただけだぞ? おつゆの諦めの悪さと男運の悪さを」
「今から! あんたを! ぶん殴るっ!」
「待った柚木さん! 早まっちゃダメだ!」
腕を振り上げて突然立ち上がったおつゆに、慌てて抑えにかかる冬樹。
まったく、騒がしい奴らだなあ。
☆ ☆ ☆
翌日。
みんな大嫌いな月曜日。つまり学校のある日。
あたしと冬樹は、おつゆのアドバイス通り、早速二人で羽春さんとやらに会いに行こうとしていた。
「確か一組にいるんだっけ?」
「ああ。今いるかどうかはわからんがな」
話しながら、二人並んで廊下を歩く。
「休み時間中だかんなー。もしかしたらトイレで気張っているかもしれん」
「おいやめろ。羽春さんはトイレになんて行かない。あの人の体は常にクリーンなんだ」
「え。なにその昭和のアイドルオタクみたいな妄想」
引くわー。マジ引くわー。
なんて言っている間に、一組へと到着した。
中をそれとなく覗いてみると、休み時間中というのもあって人はまばらだったけど、みんなそれぞれのグループで談笑していて賑々しい感じだった。
で、肝心の羽春さんではあるが──
「どうだ冬樹。お目当ての人はいたか?」
「……ああ。窓際の隅でぼんやり窓を見ている女の子がそうだ」
強張った顔で怖々と指差す冬樹に、あたしはその指先を辿って目を凝らす。
あ、いた。本当に窓の景色を見ながらボーっとしてる。
「ほほーん。確かに可愛くはあるな。しかも巨乳。このムッツリスケベが」
「ち、違う! 俺は別に羽春さんの外見だけに惚れたわけじゃ──って、そんな事はいいんだよ。ちょうど一人でいるし、話しかける絶好の機会だ。真夏、昨日の打ち合わせ通りに頼むぞ?」
「へいへい。まず最初はあたしが声を掛けたらいいんだろ?」
軽く手を振って応えつつ、冬樹を廊下に残してあたしだけ羽春さんのところへ進む。
冬樹と一緒にいたら、羽春さんが気遅れするかもしれないからだ──というのは、おつゆの言である。
まあそれはいいけど、お互い初対面だし、やっぱ始めの内は戸惑うだろうなあ〜。
そのへんも冬樹とおつゆの三人で事前に対応を考えはしたけど、はてさてどうなる事やら。
ま、あたしは別に初対面の相手でも緊張しない方だし、自分の役割さえこなせればいいか。
「えっと、野中さん……で合ってる?」
なるべく驚かれないよう声音に配慮しつつ、顔を覗き込むようにして羽春さんに話しかける。気分的には希少な野生動物にこっそり接近するような感じ。
超絶美少女真夏がー。冬樹の好きな人とー。出会った〜(ウルルン滞在記感)。
対する羽春さんはというと、最初は不思議そうに首を傾げていたものの、とりあえず返事はした方がいいかもとでも思ったのか、ふにゃっとした笑みを浮かべて、
「はいー。何かご用ですかー?」
おお。冬樹から話は聞いていたけど、本当にポワポワした子だなあ。温室育ちのお嬢様がいたらこんな感じなのかもしれん。実際に会った事はないけど。
さて、ここからが肝心だ。
冬樹のためにも、なんとかしてこっちに興味を持ってもらわないとな。
「いや、用ってほど大したもんじゃないんだけど、ちょっと訊きたい事があってさー」
と、そこでキョロキョロ周りを見つつ、あたしは続ける。
「あたし、成瀬真夏って言うんだけど、今って一人? このあと約束とかあったりする?」
「いいえー。少し前まで友達がいたんですが、先生に放送で呼ばれてどこかに行ってしまいましてー」
ああ、だからさっきまで暇を持て余したように景色を眺めていたのか。
てっきりぼっちなのかと少し疑っちまったぜ。
「それで、訊きたい事とはー?」
「あー。ほんと大した事じゃないんだけど、少し前に野中さんとたまたますれ違った時、ふんわり良い香りがしたからさー。香水ほど強い匂いじゃないし、シャンプーだとしたらどこの会社のやつを使ってるのかなあって」
「わたしが使っているシャンプーですかー? 別にそこまで高価な物は使っていませんけど──」
よしっ。こっちの話に乗っかってきた。
言うまでもなく今のは嘘だし、羽春さんが使っているシャンプーなんて、本当は興味ない。
少しでも羽春さんの趣味嗜好を知るために──何より話を続けさせるために、あえてこっちも合わせやすい話題を出したまでだ。
なんて頭の片隅で考えつつ、羽春さんと笑顔で会話を交わす。
そうしている間にも、羽春さんがカモミール系の匂いが好きで、柑橘類が苦手──最近は園芸に興味がある事まで聞き出す。
もちろん、こっちの好みもある程度開示して。
で、てっきりテンプレートな女子らしい女子かと思っていた羽春さんだけど、案外漫画やゲームもするらしく、いくつかあたしもやった事のある作品名も出てきた。
ほうほう。これなら冬樹でもなんとか話を合わせられそうだな。
あいつ、基本オタク気質だかんなー。そういう意味だと、羽春さんがオタク趣味に偏見を持っているタイプじゃなくて助かったかもしれない。
へへーん。どうだ冬樹、あたしもなかなかやるだろう〜?
一応あたしだって女子高生だし、一見女子同士の無駄話としか思えない状況の中で、必要な情報を取捨選択するくらいの技術は培っている。
すぐに女子の話を聞き流そうとする面倒くさがり男子どもよ、女の子はそういうの、なにげにちゃんと見てんだかんな? ちゃんと肝に銘じておけよ?
エッチな視線にだけ敏感だと思ったら大間違いなんだぞ。
さて、話もだいぶ温まってきたし、向こうもこっちの警戒を解いてきた頃だろうから、そろそろ冬樹を呼ぶとしようかね。
そんなわけで、後ろ手で冬樹を呼ぶ合図をする。
冬樹には合図があるまで待機するように前もって言ってある。
だからこの合図を見たらすぐに来るはず。
来るはず……なんだけど。
あれ? なかなか来ないぞ?
疑問に思いつつ、羽春さんに怪しまれないよう、それとなく背後をチラ見する。
冬樹が、ムーンウォークでこっちに向かっていた。
…………………………。
ん!? ムーンウォーク!?
ロボットウォークの方ですらなくて!?
お前それ、逆に歩きづらいだろ! なんで後ろ歩きなんだよ!
百歩譲って後ろ歩きでいいとしても、別に足を滑らせる必要はないだろうよ! 逆に器用だなお前!
「成瀬さん、どうかしましたー?」
「あ、いや、なんでもない……」
どうやら羽春さんは冬樹の行動を特になんとも思っていないみたいだ。
周りは奇異な目で見ているのに。
あれですな。完全に天然ってやつですわ。
ま、いいや。変に思ってないのなら。
その方がこっちとしても好都合だし。
そうこうしている内に、冬樹があたしらのそばまでやって来た。
さすがの羽春さんも妙に思ったのか、言葉を止めてあたしから冬樹へと目線を移す。
さあ、いよいよお前の出番──ここからが大一番だぞ。
さも偶然を装って、たまたま幼なじみであるあたしを見かけて声を掛けた──というのがこの間打ち合わせで決めた事。
重要なのはあくまでも自然体を装う点だ。
頼んだぜ冬樹!
「ヤ、ヤア真夏。コンナトコロデ奇遇、ダネ!」
ウッソやろお前!?
あんだけ自然体が大事だっておつゆも念を押していたのに、まさかのガチガチ!?
しかも、語尾がフシギダネみたくなってんじゃねぇか! 林原めぐみさんの声真似なんて一万年と二千年早いわ!
くそっ。どうする? ここで話を合わせるにしても不自然過ぎる。
最悪、あたしと冬樹が何かしら共謀して羽春さんに近付いてきたと思われる可能性もある。
ああもう! こんなはずじゃなかったのに! 思いきり予定と狂っちまったじゃねえか!
いや、あたしも人の事言えんけど! 秋人君に話しかけた時、めちゃくちゃ緊張したけども!
「あのー、成瀬さんー? この方はお知り合いなんですかー?」
と。
予想外の事態に狼狽していた中、羽春さんがあたしに質問してきた。
「あ、うん。あたしの幼なじみで進藤冬樹ってんだ」
「ヨ、ヨヨヨ、ヨヨイのヨイ!」
「祭りか! 普通によろしくって言えよ!」
「ヨ、ヨロシク。進藤冬樹、十六歳。処女デ童貞デッス!」
「どっちやねん! いやある意味どっちも合ってるけど、いらん情報だし! さてはお前、おつゆに言われた事を頭の中でごっちゃにしてんな!? 正気になれ!」
「だ、大丈夫だ。おれはしょうきにもどった!」
「全然信用ならねーっ!」
「わー。まるで夫婦漫才みたいですー」
と。
いつもとは逆の立場でボケとツッコミの応酬をしていると、羽春さんが手をパチパチ叩きながら陽気にコメントしてきた。
「わたし、お笑いとか好きなんですよー。よかったら進藤さんも一緒にここでお話しませんかー」
「は、はい! ヨロコンデー!」
羽春さんからの思わぬ提案に、言葉通り喜び勇んで近くの椅子に慌てて座る冬樹。
あ、あれ? なんか良い雰囲気になってる──?
それからあたし達三人は、学校や普段の生活、好きな事などをわいわい話しながら、終始和やかなムードでお開きとなった。
しっかり三人で連絡先を交換したあとで。
最初はどうなる事かと心配だったけど、どうにか上手くいってよかった〜。
結局あたしが聞き的側に回るばかりで、おつゆの助言通りには行かなかったけれど、最終的には冬樹も羽春さんと少しずつ話せるようになっていたし、ひとまずよしとしておこうかね。
まったく、こういう想定外の事態は今回限りにしてほしいもんだぜー。
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