第5話 俺と真夏のファーストミッション〜笑顔は女の子の一番の化粧〜



「いいか真夏。笑顔が肝心だぞ、笑顔が」

「わ、わかってる。『にっこり笑顔で挨拶』……だろ?」

 そう訊ねてきた真夏に、「ああ」と俺は頷く。

 まだ緊張が抜けていない面持ちだが、あれだけアドバイスしたんだ──たぶん大丈夫だろう。

 今ここで俺にできるのは、真夏の背を押してやる事くらいだ。

「言ってこい真夏! お前ならやれる!」

「お、おう!」

 俺に背中を叩かれ、物陰からスッと出て、図書室へと勇ましく歩んでいく真夏。

 そんな真夏の後ろ姿を物陰から見送りながら、俺は小声で「頑張れ」と呟きを漏らした。



 ☆ ☆ ☆



 さてここで、話を数日前まで戻そう。

 俺が真夏の部屋に遊びに行って、互いに初恋が発覚した日まで遡ろう。

 正直言って、あの時は初恋の話なんてするつもりはなかったし、そもそも真夏とは恋愛絡みの話題なんて出した事もなかったので、心中でかなりテンパっていた。

 まさか、真っ先に真夏に知られるだなんて想定すらしていなかったし。

 だがその後、真夏も恋をしていると知って、いくらか冷静になれた。

 俺のように初めての恋に戸惑う真夏の姿を見て、自分だけじゃないんだなと安堵したのだ。

 男同士でも恋愛の話なんてほとんどしないしな。

 下世話な話なら、男子の間だけでよくするが。

 それはともかく。

 初めて好きになった相手に、俺同様、何も行動を移せずにいる真夏を見て、俺は衝動的にこう言ってしまったのだ。



 ──俺とお前で協力して、お互いの恋を成就させてみないか?



 そう提案した俺に、真夏は最初、呆気に取られたように目をパチクリさせたあと、やがて忘我から帰ったようにハッとした顔になって、

「あたしと冬樹で協力? あたしらの恋を?」

「ああ。よく考えてみたら俺達、異性の友達なんて全然いないだろ? 俺は真夏くらいしかいないし、真夏はクラスでもよく話す男子はけっこういるけど、友達と言えるような親しい間柄の奴はいないし」

「あー。まあ……」

 俺の言葉に、頬を掻きながら首肯する真夏。

 男っぽい性格で、小さい頃はよく俺達男子と交じって遊んでばかりいた真夏ではあったが、それなりに周りの視線(主に女子だとは思う。女子同士の嫉妬は何かと面倒なんだと前に真夏が言っていたし)を気にする年頃になったのか、中学生になったあたりから俺以外の男子と遊ぶ事はめっきり減ってしまった。

 真夏としては昔みたいに遊びたいと思っているところなのだろうが、先にも言った通り、同性の目がある。

 万が一知り合いの女子が恋慕している男子と親交を持ってしまったら──あとでどんな面倒事に巻き込まれるか、わかったものではない。

 だから俺の言葉にも、真夏は微妙な反応を返したのだろう。

 男女関係は色々複雑で厄介極まりない。

 ちなみに、じゃあ俺はいいのかと以前真夏に訊ねた事があったのだが、本人いわく、

「だってお前は幼なじみで親友だし。いくらなんでも幼なじみにまでやっかんで来る事はないだろ。ていうかそんな奴ら、あたしが許さん」

 との事だった。

 さすがは真夏。性格がイケメン過ぎる。

「それなら、いっそお互いに協力してみるのもありだと思うんだ。俺は真夏に男のあれこれを教えて、真夏は俺に女性のあれこれを教えてもらう。どうだ?」

「うーん……」

 俺の問いかけに、真夏はベッドから体を起こして、眉間にシワを寄せて唸った。

 つい口から出てしまった言葉とはいえ、そんなに悪く提案ではないと思うのだが、何か引っかかる事でもあるのだろうか?

 しばらく真夏の返答を待つ。

 時置いて、真夏はベッドから緩慢に下りたあと、俺の対面に座って言った。

「いや、協力するのはいいんだけどよー。あたしから教えられる事なんてあんまないぜ? お前もよく知ってるだろ? あたしが男っぽい性格だっつーのは」

 あたしも女だから、女心がわからないってわけじゃないけどよー。

 そう言って、真夏は気まずそうに頭を掻いた。

「なんだ、そんな事か」

「そんな事ってお前、けっこう重要な事じゃんよ。アドバイスする側があんまり参考にならないなんて、協力関係とは言えないだろ?」

「確かにお前は男っぽい性格だし、一般的な女子からズレているかもしれん。けどそういうお前に好意を抱いている男だって割といるんだぞ?」

「えっ。マジで?」

「ああ、マジだ。見た目は美人だし、男側の意見を言わせてもらえば、お前は話しやすいからな。俺の周りにも真夏に気がある奴だっているくらいだし」

 具体的な名前までは言うつもりはないが。

 いくら級友とは言え、他人の恋愛に口を挟むのは趣味じゃない。

 真夏のような大親友でも限りは。

「マジかー。全然気が付かなかったわー。あたし、けっこう人気あったんだなあ」

 えへ、と照れたように頬を緩ませる真夏ではあったが、そのすぐあとに「ん?」と眉をひそめた。

「でもあたし、高校に入ってから一度も告られた事なんてないぞ? どういう事だ?」

「それは……少し言いづらいんだが」

「んだよ。はっきり言えよ。余計気になる」

 答えあぐねる俺に、真夏が眉根を寄せて急かす。

 じゃあお言葉に甘えて、と俺は居住まいを直しつつ返答した。



「俺達、周りから付き合っているように見られているんだよ」



「はあ!?」

 と、柳眉を立てて怒声を上げる真夏。

 まあ、うん。普通はそうなるよな。

「なんでそうなるんだよ!? 冬樹とは幼なじみで親友ってなだけで、そういった気持ちは一切ないぞ!?」

「もちろん、俺もそう答えた。だが、なかなか周りに信じてもらえなくてな……」

 本当にお互い、恋愛感情なんて一切ないのに。

 なんで周りから誤解されるのか、全然わからん。みんな、仲睦まじい男女を見たらすぐカップルだと認定しなければならない義務でもあるのか?

「それ、普通にやばくね? あたしも冬樹も好きな人がいるのに、周りからそんな風に言われたら、ますます望みが薄くなるじゃん。告白しても信じてもらえないパティーンじゃん」

「いや、それはまだわからないぞ。向こうが俺達の事を知っているとは限らないからな。初対面でちょっと話した程度でしかないし」

 もしかしたらすでに覚えていないという線もある。だとしたらちょっと……否、かなり悲しくはあるが。

「あー、そっか。でもどのみちやばい事には変わりないよな。周りの噂を信じ込む前に、早くなんとかしないと……」

「だから協力しようって言ったんだよ。手遅れになる前にな」

 というか、協力してくれそうな奴が真夏しかいないんだ。

 そう言うと、真夏は逡巡するように視線を天井に向けて「ん〜」と唸り始めた。

「そこまで言われたら、協力するのもやぶさかじゃねぇけど……でもほんとにあたし、そんなに役には立たないかもしれないぜ? それでもいいのか?」

「問題ない。というより、真夏がいいんだ。真夏以上に信用も信頼もできる奴なんて、他にいないしな」

「そ、そうか。へへっ。嬉しい事言ってんくれんじゃねえの、こいつめ〜っ」

「痛い痛い! 全力で俺の肩をバシバシ叩くな!」

 照れ隠しだとしても、ちょっと乱暴過ぎるぞ!

「よっしゃ! こうなったら絶対に初恋を成就してやる! もちろん冬樹のもな!」

 言いながら、真夏は勢いよくその場で立ち上がって俺に手を差し伸べた。

「そんでいつか、お互いの結婚式に出席して盛大に祝おうぜ! オトンとオカンが散財するくらいに!」

「自分の親を金づるにすんなよ。結婚式っていうのもまだ気が早いし。まあでも……」

 苦笑を滲ませつつ、俺は真夏の手を力強く握った。



「それくらい覚悟があった方が、逆に頼もしいかもしれん」




「やっぱ、きのこよりもたけのこだよな〜」

 あれから少し経って。

 「小腹が空いた。甘いもんが食べたい」と宣う真夏のために、一旦自分の家に戻った俺は、台所から「たけのこの里」を持ってきて──真夏の家にも菓子は置いてあるのだが、あんまり甘いものは置いてないのだ──二人して分け合いながら食べていた。

 ちなみに、俺もたけのこ派である。

 きのこの方も好きだけど、チョコと一緒にクッキー部分を食べるのが一番最高なんだよなあ。

「で、協力すんのはいいけどよー」

 ひょいぱくひょいぱくと遠慮なしに菓子を食べながら、真夏は言う。

「具体的にはどうすんだ? そもそも、まずはあたしか冬樹か、どっちの方を先にするつもりなんだよ?」

「そうだな──」

 腕を組んで、少しばかり黙考。

 ややあって、

「まずは真夏の方にしよう。俺と違って真夏の方が気軽に相手と会いに行けるし、先にその秋人って奴との仲を進展させた方が効率がいいと思う」

「お、おう。そうか。あたしが先か……」

 一瞬動揺したように目線を泳がせて、口に運びかけていた菓子を指先で転がす真夏。乙女か。あ、一応乙女だった。

「け、けどよー。気軽に会えるっつっても、ろくに話した事の相手なんだぜ? 本を取ってもらっただけの関係だぜ? そんなんで本当に告白しても大丈夫なのかよ?」

「だから気が早いって。ほぼ初対面の相手にぶっつけ本番で告白しても成功率なんて望めないだろ。それ以前にお前がまともに告白できる保証もないし」

「うっ。一理ある……」

 痛いところを突かれたとばかりに、真夏は胸を押さえて渋面になった。正直な奴である。

「お前、恋愛初心者のわりになかなか鋭いところがあるな。なんでそんなに詳しいだ?」

「えっ。いや、それは……」

「それは?」

「く、クラナドとかH2Oとか……」

「……お前それ、ギャルゲーじゃん。後者なんてもろにエロゲーだし……」

「い、いいんだよ細かい事は! 別に間違った事は言ってないだろ!」

 ギャルゲーにしても現実の恋愛にしても、日頃の好感度稼ぎが重要なのは変わりないはずだし!

「こほん。まあなんだ。告白はまたあとで慎重に考えるとして、今は顔と名前を覚えてもらう事を優先させた方がいい」

 真夏の話を聞く限り、その秋人って奴もグイグイ来る女子はあまり得意そうには思えないからな。

 インテリ系というか真面目っぽい気がするし、徐々に距離を縮めた方が一番だろう。

「それで、だ。お前にはこれから笑顔の練習をしてもらう!」

 笑顔? と首を傾げる真夏。

「なんで急に笑顔? ていうか笑うだけなら普通にできんぞ。練習なんかしなくても」

「単に笑うんじゃなくて、もっと女の子らしい魅力的な笑顔の方だ。笑顔が素敵な女子を嫌う男なんてこの世にはいないからな」

「なるほど。女の一番の化粧は笑顔だって『銀魂』でも言ってたしな」

「そういう事だ」

 まあ恋愛に限らず、他人とのコミュニケーションって基本は笑顔ありきだとは思うが。

「で? その女の子らしい魅力的な笑顔って具体的にはどういうのなんだ?」

「一言で表すなら可憐って感じだな。真夏の笑顔はいつも男前っていうか、異性同性問わずカッコいいって感じだなんだよ」

「うーん。褒めてもらえるのは素直に嬉しいが、抽象的でちょっとわかりづらいなあ」

 後頭部をガシガシ掻きながら「ていうかよー」と真夏は胡乱な眼差しを俺に向けて語を継ぐ。

「笑顔云々に関しては、冬樹に言われても説得力ないぞ。お前の笑顔怖いし。小さい子もビビって逃げ出すレベルだし」

「うっ。それを言われては返す言葉もないが……」

 というか、なにげに人が気にしている事をズバッと言わないでほしい。普通に傷付くから。

「……まあ、あれだ。わかりやすく写真で例えるなら──」

 言いながら、俺はポケットからスマホを取り出して画像検索する。

「だいたい、こんな感じだな」

 検索した画像を真夏に向ける。ちなみに喫茶店かどこかのテーブルで頬杖を付きながら、彼氏らしき人物に微笑みかけていり女性の写真だ。

 すると真夏はスマホの画像を凝視して、

「ほほーん。これがお前ら男子が言う可憐な笑顔ってやつか。なんかあたしの目には『正直あなたの話は退屈でなんの興味も引かないけれど、今の穏やかな時間を壊したくはないからとりあえず微笑んでおくわね』とでも言いたげな笑顔にも見えなくないけどな」

「おいやめろ。女性不信に陥りそうな発言はやめろ」

 今後、女性の笑顔を見るたびに猜疑心を抱くようになってしまったらどうしてくれる。

「ま、いいや。ひとまずこんな風に笑えるようになればいいんだな?」

「ああ。こんな笑顔が出来るようになれば、まず悪い印象を抱かれる心配はない」

「ふーん。そういうもんかねえ。あ、いっそ冬樹も一緒に来たらいいじゃん。そしたらあたしも気楽だし」

「それはやめた方がいい。どういう関係か邪推される可能性がある。もしも彼氏だなんて間違われたら、こっちに気を遣って真夏から距離を取りたがるかもしれない」

「え、そういうもん?」

「そういうもんなんだよ。お前ら女子が思っているより、男は複雑な生き物なんだ」

「そっか。そういう事ならしょうがねえけど、あたし一人で行くのかー」

 なんだか不安そうに視線を落とす真夏に、「大丈夫だって」と肩を叩いた。

「お前ならやれるよ。思いきりの良さは真夏の長所の一つなんだからさ」

「冬樹……」

 俺の言葉に、真夏は伏せていた目線を上げて、

「よ〜し。いっちょやってやろうじゃねえの」

 パンと拳を平手に打ち付けて、真夏は勝気に笑みながらこう言った。



「冬樹の言う、可憐な笑顔って奴をよ!」



 ☆ ☆ ☆



 そして、話は現在に戻る。

 あれから──想い人に自分から話しかけると決めた真夏は、俺のアドバイス通り、必死に笑顔の練習をした。

 そうして俺も真夏自身も満足のいく成果が出たところで、今日の昼休みに作戦を決行する事にしたという次第である。

 で。

 最初は緊張でガチガチだった真夏も、俺に背中を押されたおかげか、しっかりとした足取りで図書室へと入っていく。すかさず俺もこっそり図書室へ入り、近くの棚に本を読んでいる態で身を潜めて、それとなく様子を見る。

 真夏の想い人──秋人とやらは、カウンターでパソコンの操作をしていた。貸し出しした本の確認作業でもしているのかもしれない。

 それで真夏はというと、カウンターのそばに設置されているオススメコーナーを眺める振りをしながら、さりげなく秋人をチラ見していた。

 観察するに、話しかける機会を窺っていると言ったところか。

 てっきり図書室に入ってすぐ声を掛けるものとばかり思っていたが、やはりまだ緊張が残っていたか。

 いくら覚悟を決めたとは言っても、初めて好きになった相手だもんな。直前になって躊躇する気持ちはよくわかる。

 俺だって、同じ立場だったらきっとああなると思うし。

 とはいえ、あのままでは無為に時間を潰すだけだ。

 昼休みもいずれ終わってしまう。

 こうなれば、もう一度真夏を叱咤激励しに行くべきかと考えを巡らせていたその時、真夏が意を決したように表情を凛々しくさせて、秋人の前まで歩んでいった。

「あ、あの──!」

 真夏に声を掛けられ、秋人がパソコンの画面から顔を上げる。



「はい。なんですか?」



 その後光すら差し込んできそうな爽やかな笑みに、真夏が「うっ」とよろめいた。

 な、なんなんだあれは!? イケメンとは聞いていたが、微笑むとあんなキラメキすら生むものなのか!? 奇面フラッシュ的な!?

 それよりも、あれはまずい。見るからに真夏が圧倒されている!

 離れていた俺ですらこれだけ衝撃を受けたのだ──今の真夏なんて、頭の中まで真っ白になっているかもしれない。

「……? どうかされました?」

「あ、いや……」

 首を傾げながら訊ねてきた秋人に、真夏が引きつった顔で口ごもる。

 ダメだ。完全に笑顔を忘れてしまっている。あれじゃあ不審に思われるだけだ。

 こうなったら俺が出向くか? いや、ここで俺が行っても真夏のためにならない。

 せっかくあれだけ笑顔の練習して一人で行くって決めたのに、俺が直接手助けしたら、あいつの努力を踏みにじる事になってしまう。

 だが、このままだとどのみち作戦自体が失敗に終わりかねない。なんとせねば。



「──そうだ。スマホ……!」



 本来図書室で使うものでないし、まして着信音を鳴らすなんて言語道断だと思うが、背に腹は変えられない。

 真夏、これで正気を取り戻してくれ──!

 周りに気付かれないように素早くスマホを操作して真夏の電話番号を呼び出す。

 途端、図書室に響き渡る、ロマンティックをあげたくなるようなメロディ。

 すぐさま皆の非難めいた視線が真夏へと一点に集まる。

 その図書室中の視線で自分のものだと気付いた真夏が「あ、ごめんっ」と周囲に謝りを入れつつ、慌ててスマホをスカートのポケットから取り戻してメロディを消した。

 と。

 スマホに表示された俺の名前を見てか、真夏がハッ両目を見開いた。

 そして──

「あの! ちょっといいかなっ?」

「えっ。あ、はい?」

 一連の出来事を呆然とした面持ちで眺めていた秋人が、真夏に声を掛けられてキョトンと目を丸くしながら耳を傾けた。

 いいぞ真夏! さっきので調子を取り戻してくれたんだな!

 さあ、初恋の人に見せてやれ。

 お前のとびっきりの可憐な笑顔を──!



「( ͡° ͜ʖ ͡°)」



 それどういう笑顔!?

 一応笑顔ではあるが、感情がまるで読み取れないんだが!?

 それは秋人も同様だったみたいで、真夏の笑顔を前にして硬直していた。

 呆気に取られた、と言った方があるいは適切かもしれない。

「あれ? おかしいな。なんか固まったぞ……?」

 秋人の反応に、真夏も怪訝に眉をひそめる。いや、お前が妙ちくりんな笑顔を浮かべたせいだよ。

 少しして秋人も忘我から立ち直ったのか「えーと」と困惑したように頬を掻きながら口を開いた。

「オススメの小説でしたよね? それなら入り口のそばにオススメコーナーがあるので、参考にしてみてください」

「あ、はい……」

 会話、終了。

 まあ、あんなよくわからない笑顔を向けられた上、すぐに終わるような話題を出したらな……。

 が、真夏はまだ諦めきれないか、パソコンに向き直ろうとした秋人を「待って!」と呼び止めて、



「( ´,_ゝ`)」



 だから、その顔文字みたいな笑顔はなに!?

 しかもそれ、人の怒りをめっちゃ買うやつ! バカにしてんのかと怒られるやつ! 俗に嘲笑って言われるやつ!!!

「……あのー、どうかしました? 体調がすぐれないとか……」

「あれ!? なんか心配された!?」

 そりゃ心配されるわ! むしろ怒られなかっただけマシな方だわ!

 真夏の奴、テンパるあまり、俺が教えた笑顔の浮かべ方を完全に忘れてしまってやがる。

 あれじゃあ返って不信感を抱かせるだけだ。

「いや、別に具合が悪いわけじゃないんだけど……。えっ、あたしの笑顔ってそんなに変だった?」

「変っていうより、ちょっといびつ……?」

「歪!?」

 秋人のストレートな指摘に、ガーンとショックを受けたように仰け反る真夏。

「そんな……。あたし的にはキャワワな笑顔を浮かべたはずなのに……」

「キャワワ? あ、チワワの事?」

「いやチワワじゃなくて……ああああ〜! 異次元に繋がるゴミ箱があったら入りたい〜!」

 それ、『クロノ・トリガー』や。

 しかも、マニアな人間にしかわからないやつ。

「……ぷっ。あははっ」

 と。

 真夏が頭を抱えて自責の念にかられる中、不意に秋人が堪えきれないとばかりに笑声を漏らした。

「ごめん、笑うつもりはなかったんだけど、君があんまり面白い事をするものだから、つい」

「そ、そう?」

 思ったより好感触な反応に、真夏が照れたように頬を掻く。

 正直、俺もびっくりだ。

「なんで急に話しかけてきたのかは結局わからないままだけど、あれかな。勘違いだったら恥ずかしいけれど、僕に興味を持ってくれているって解釈でいいのかな?」

「そ、そうそう! それそれ! 興味ある興味あるめっちゃある!」

 真夏よ。はしゃぐあまり、語彙が残念な事になってるぞ?

 まあ、でも。

 なんだかんだで親しくなれそうな感じだし、結果オーライという事にしておきますか。


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