第4話 あたしの好きな人
あたしが『その人』と出会ったのは、一学期の期末試験で赤点を取ってしまって、補習として山のような宿題を課せられた日の事だった。
その日のあたしは、学校の図書室で頭を抱えながら宿題をしていた。自分の部屋だとマンガとかゲームの誘惑に負けて、サボっちまいそうだったからな。
それに補習の宿題には期限があって、それを過ぎると夏休みにまで学校に登校しなきゃならんらしいから、どのみちサボるわけにはいかなかった。
だから泣く泣くというか、普段は寄り付きもしない図書室で宿題をする事にしたのだが、やっぱり一人じゃ限界というか、辛いというか、ちょくちょく休憩を入れがちだった。
せめてだれか付き添いがいてくれたらよかったのだけど、友達はみんな部活だとかバイトとかで無理だったし、冬樹に至っては、
「自分で撒いた種なんだから自分でどうにかしろ」
とかなんとか言って、取りつく島もなかった。
あいつ、基本面倒見は良い方だけど、勉強に関してだけは厳しいんだよなあ。
ドラえもんだって、なんだかんだ言いながら手助けしてくれるっていうのに。
それはさておき。
そんなこんなで一人で勉強していたのだが、図書室に誰もいなかったというわけではなく、数人の見知らぬ生徒もちらほらいた。
あたしのように勉強している奴もいれば。
単に本を読んでいる奴もいた。
そして当然ながら図書委員もいるわけだが、二人いる内の一人(ちなみに女子)はカウンターで書類の整理みたいな事をしていて、もう一人(こっちは男子)どこかで本の片付けをしているみたいだった。
で。
一時間くらいは一人で粘っていたけど、だんだんと集中力が続かなくなって、気晴らしにと図書室を回ってみる事にした。
こんな機会でもなければ、図書室に来る事なんてないしな。
しかし、こうしてよく見てみると、本当に授業で使うような本しか置いてない。
辞書だとか自伝だとか地図だとか。
ほんと、マンガなんて全然見当たらない。
いや全然ないわけじゃないけど、だいたいがマンガでわかりやすく解説した化学の本だとか歴史関連の物ばかりで、ジャンプだとかマガジンだとか、そういった類いのやつは一切置いてなかった。
ラノベなら置いてあるみたいだけど、あたし、あんまりラノベは読まないからなー。
文字よりも絵で読みたい派なんだよ、あたしは。
んで、しばらくそうして散策していると、ふと上の段で気になるタイトルを見つけた。
それは黒い背表紙でこう書かれていた。
『ノストラダムスの大予言2023』
ノストラダムスってあれか。一昔前に騒がれてた、恐怖の大王が空から降りて来るってやつか。
まあ今なんともないって事は予言は外れたって事なんだろうけど、ノストラダムスの予言って今年の事まで書いてあるのか?
1997年に滅ぶって言ってたのに?
あ、それはあくまでそう解釈した人がいただけで、ノストラダムスのおっさんが実際に言ったわけじゃないのか。
って事は、予言自体はまだ先の未来まで続いてるっ事か?
一体いつまで?
そもそも、どこまで予言されているんだ?
なんて事を考えたら、その本が気になって目が離せなくなっていた。
元々、オカルトとか都市伝説とかが好きだったせいもあるけど、図書室にこんな本があるのかという物珍しさもあって、あたしの意識は完全にノストラダムスの大予言へと向いていた。
人の出会いは一期一会とは言うけど、それは人に限った話じゃない。
マンガやゲームだって、一生に一度しか出会えない物だってあるのだ。
こりゃもう、読むしかないっしょ!
さっそく腕を伸ばして本を取ろうとするも、けっこう高めに置いてあるせいでなかなか手が届かない。
「くそっ。あともうちょっとなのに〜」
あたしの身長がもう少しあったらな〜。いや、せめて踏み台でもあればよかったのに。気が利かねえな、ここの図書委員は。
「ちっ。あんま図書室で音を立てるような事はしたくなかったけど、こうなったらジャンプして──」
と。
膝を曲げて、足に力を込めようとしたその時、
「──よっと。これでよかったのかな?」
唐突に背後から伸びてきた手。
その手はあたしが欲しかった本を悠々と掴んで、目の前に差し出してきた。
「はい。これが欲しかったんだよね?」
「え、あ、うん」
手渡してきた本を半ば無意識に受け取るあたし。
でもあたしの視界は、受け取った本じゃなく眼前にいる男子だけを瞳に映していた。
さらさらの黒髪。冬樹よりは低めの身長だが、それでも十分に長身痩躯と言える姿。
けど決してガリガリというわけじゃなく、華奢ではあるけど半袖から伸びる腕にはわずかに筋肉質な膨らみがあった。
そして、何より顔。
今まで色んな男と会ってきて、中にはイケメンと呼ばれる類いの奴とも対面した事はあったが、目の前の男子はそのどれにも当てはまらないタイプ。
カッコいいと言うよりは、綺麗。
たくましいと言うよりは、儚い。
そう表現したくなるくらいの、モデルにでもいそうな美形だった。
しかも眼鏡が似合うインテリ系。夕陽が差し込む窓際で本を読ませたら、めちゃくちゃ様になりそうだった。
というか『図書委員』というマークを胸に付けているので、実際にやった事があるんじゃないだろうか。
うわ。想像しただけで胸がドキドキとしてくる!
なんだこれ。こんなの生まれて初めてだ……!
「じゃあ、僕はもう行くから。ごゆっくり」
「あっ。待っ──」
て、と言い終わるより早く、その男の子は大量の本が積んでいる台車を押して、奥の棚の方へと消えていった。
「名前……聞けなかった……」
肩を落としながら、あたしは力なく呟きを漏らす。
そうしてしばらくの間、あたしは先ほどのやり取りを反芻するように、男の子が消えた先をいつまでも眺めていた。
☆ ☆ ☆
「少女マンガか」
あたしの話を聞き終えて。
最初に出た冬樹の感想が、その一言だった。
「しかもベタベタの少女マンガか。いくらなんでもテンプレ過ぎるだろ」
「……るっせーなあ。そんな事わざわざ言われなくても自分でもわかっとるわい」
後日、ベタなシチュエーションで初恋を経験してしまった自分を思い出して、恥ずかし過ぎて思わずベッドの上で悶えてしまったくらいには。
「ていうか、俺には名前を聞き忘れた事をなじっておいて、お前も思いっきり名前を聞き忘れてるじゃねぇかおい」
「あ、あとでちゃんと聞いたっつーの!」
その時一緒に働いていた同じ図書委員の女子からだけどな!
「名前は
「この春から? じゃあ一学期も二学期も図書委員をやってるってわけか。それだけ本好きって事なのかもしれないな」
「実際、図書委員の仕事が無くても図書室にいる事が多いらしい。しかも基本一人で本ばかり読んでるんだってさ」
これも、件の図書委員女子から聞いた話ではあるけど。
「一人で本ばかり、か。真夏から聞いた限りだとコミュ障ってわけでもなさそうだし、筋金入りの本の虫って事か?」
「たぶん。教室の様子までは聞いてないから、普段はどんな感じかまでは知らないけど」
「ふーん。それにしても、眼鏡が似合う美形ねえ」
「んだよ。なんか文句でもあるのか?」
「いや。俺の予想だと、真夏は似たタイプの男を好きになるんじゃないかって思っていたからさ。明るくて気さくなスポーツマンみたいな奴」
だから正直、意外な相手でびっくりした。
そう言って、冬樹は不意にベッドから立ち上がって、あたしの部屋の隅に置かれている本棚(ほとんど少年マンガばっかだけど)へと歩んだ。
「ここに置かれてるマンガを見ても少年向けばっかりだし、もっと熱血系かと予想してたんだけどなあ。まさかの少女マンガに出てくるような爽やか眼鏡男子に恋するなんてなあ。もしかして、瞳の中もキラキラだったりするのか?」
「んなわけあるか。プリキュアじゃあるまいし」
普通に『青の
「にしても、いつもは直情型の真夏がそこまで奥手になってしまうなんてな。想像したら、こう……ぷふうっ」
「おいゴラ! 何笑ってんだてめぇ!」
バカにしてんのか? おおん? このあたしにケンカを打ってんのか? 今から
「笑って悪かった。想像したらつい笑えてきて」
そう片手を上げて笑ったあと、冬樹はその場で胡座をかいて、
「で、その後は会ってるのか? 俺と違って図書室に行けば気軽に会えるんだから、そんなに難易度高くないだろ?」
「あー。それは……」
冬樹の問いに、あたしは露骨に目線を逸らした。
「え? まさかあれから会いに行ってないとか?」
「しょ、しょうがないだろ! 会ったところで何話せばいいのかわかんねぇんだから! お前だって何の用事もなく、その羽春って奴に会いに行けるのかよ?」
あたしの指摘に、冬樹は「うっ」と胸を押さえてよろめいた。
「それを言われたら、俺も人の事は言えないが……。というか俺も入学式以来、全然会ってないが……」
「あたしたち、自分で思っていたより、かなり奥手だったんだな……。初めての恋にこんだけ困惑するとは思わなかった……」
「ああ。まったく同意見だ……」
ていうか、まさか自分が恋をするなんて──いや、いつか誰かと恋に落ちて結婚するんだろうなとは思っていたけど、ここまで何も出来なくなるなんて予想もしていなかった。
こんな事なら、もっと少女マンガ読んでおくんだった〜! 『君に届け』とか『こどものおもちゃ』みたいなメジャー作品ならいくつか読んだ事あるけど、恋愛系って昔からあんまり読まない方だったしなあ。
食指がそそらないというか、好みに合わないっていうか。
そのツケが、今にして返ってきたってわけだ。
こりゃあかん。周りにいた友達も「真夏は恋バナなんて興味ないもんねー」とかなんとか言って、あたしがいる時は恋愛関連の話をしたがらなかった理由もよくわかる。
自分でも、こんな恋愛偏差値ゼロ女に恋バナなんてしようとは思わないし。
「ほんと、どうしたもんか……。このままだとあたし達、何もしないまま高校を卒業しちまうんじゃね?」
うわ〜! 怖ぇ〜! 想像しただけで身も心も寒くなってきた〜! いっそ老いて孤独死する未来まで見えちまいそうだよオイ!
「……なあ、真夏」
と。
あたしが先の将来に不安と恐怖を抱いて暗澹としていたその時、冬樹がいつになく神妙な面持ちで口を開いた。
「この際、俺とお前で協力して、お互いの恋を成就させてみないか?」
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