第2話 あたしの幼馴染



 あたしには、進藤冬樹っていう幼馴染がいる。

 ちなみに、男だ。

 しかも強面の大男。つっても根は真面目で素直な良い奴なんだけどな。

 あたしが、男の中で唯一最高の親友と認めるくらいには。

 で。

 その冬樹だけど、今はあたしの部屋にいる。

 あいつの部屋で遊んで、それから自分の家に帰った昼ご飯を食べたあと、もう一度冬樹のところに行って、自分の部屋に誘ったのだ。

 誘ったって言ってもエロい意味じゃないぞ? 単にこの間買ってきた漫画が面白かったから、冬樹にも読んでもらおうと思っただけだ。

 って誰に説明してんだ、あたし。

 ま、いいや。

 そんなわけで、今あたしの部屋で冬樹と二人きりでいるんだけど──




「へぇー。コトー先生って原作だと大男設定だったんだなあ。ドラマだとそうでもなかったのに」

「な? ビックリしたろ? しかも原さんなんて、原作だと毛むくじゃらのおっさんなんだぜ?」

「ああ。こっちの方が驚きがでかいな。ドラマ版だとマッチョのイケオジだったのもあって余計に」

 あたしが貸した『Dr.コトー診療所』を読みながら、興味津々にページを捲る冬樹。

 ちなみにこのマンガ、あたしが一昨日本屋で見つけて買ったやつだ。

 少し前にやってたドラマの再放送を観て、すげえ気になってたんだよなあ。それでつい本屋で見つけたのを衝動的に買っちまったのだ。

 ちなみに、他にも衝動的に買ったマンガがあるんだけど、どっちかって言うと昔のやつの方が多い。

 『幽遊白書』とか『るろうに剣心』とか『鋼の錬金術師』とか『烈火の炎』とか。

 こうして見ると少年マンガばっかだな、あたし。しかもちょっと古いやつ。

 小さい頃からあんまり少女マンガは読まない方だったからなあ。基本バトルマンガしか読まなかった幼少期だったし。

 でも今はバトル以外も読む。『メジャー』みたいなスポーツも好きだし、『さよなら絶望先生』みたいなギャグも好きだ。

 ラブコメは……まあ読まないわけじゃないし『そらのおとしもの』とか好きだけど、他に比べたらちょっと少ない方かもな。恋愛メインの少女マンガはもっと読まないけど。

 閑話休題。

 で、そんなマンガだらけの部屋だから、昔からちょくちょく冬樹が遊びにやって来る事がある。

 まあ、あたしもしょっちゅう冬樹の部屋に行ってゲームしてるし、ギブアンドテイクってやつだな。

 頻度で言えば、あたしの方が圧倒的に多いけど。

 なんなら、あっちが勉強中とわかった上で遊びに行く事もあるくらいだけども。

「つっても、こんな美少女が隣にいてくれるのなら、それだけでお前ら男にしてみたら最高にハイな時間だよな〜?」

「は? 急になんだ? ていうか暑いからあんまりくっ付かないでくれ」

 言葉通り、ウザそうにあたしを手で押し退けようとする冬樹。

「んだよー。つれねぇなあ。単なるスキンシップだろうが」

「冬場はまだいいが、お前は体温が高いから、暑い時はキツいんだよ。だからなるべく離れてくれ」

「てめー、仮にも女子に対して『離れてくれ』とか失礼だろうが! もっとヴァンガードに包めよ!」

「それを言うならオブラートだろ。カードで包んでどうする」

 そうとも言うな!

「それにしても」

 と。

 冬樹は不意にマンガを読むのを中断して、ぐるりとあたしの部屋を見回した。



「相変わらず、色気のない部屋だなあ」



 秒でチョークスリーパーをかけた。

「誰が色気ないだゴルァ! いくら親友でも言っていい事と悪いことがあんだろ!」

「ちょ!? くる、苦し……! ギブギブ!」

「じゃあ謝れ! 確実に納期に間に合わない無茶な要求をしておきながら、それでも大手のお得意様だから強くも出れない営業マンみたいな感じで謝れ!」

「こ、この度はこちらの不手際で納期に間に合わず、大変申しわけありません……! 現在完成している部品だけでも納品致しますので、残りはもうだけ待って頂けないでしょうか……? は、はい。その期日までには必ず間に合わせますので。それでは失礼いたしますー……ってなんでここまで下手に出なきゃならねえんだチクショウ!!」

「よし、許そう」

 言って、冬樹の首から腕を離すあたし。

「ゲホゲホっ。あー、窒息死するかと思った……」

「次から発言に気を付けるんだな。まあ今のはけっこう面白かったから、またやってもいいけどな」

「誰がするか。ていうか、別に真夏の事を悪く言うつもりはなかったんだ。ただ女子の部屋と言えばピンクピンクしたイメージがあったから、ついな」

 冬樹の話を聞いて、あたしは「あー」と呟きを漏らしながら周りを見た。

 確かに、全体的な装飾はだいたいオレンジで、ピンク的な物はほとんど置いていない。部屋自体は綺麗にしてあるけど(散らかすとオカンが怒るから)ぬいぐるみやマスコットキャラの小物さえないから、ぱっと見だと男の部屋に間違われそうではあった。

「それ以前に本棚が少年マンガばっかだから、女子の部屋って感じがしないんだよなあ」

「うっ」

 なかなか痛いところを突いてきやがる。

「あ、あたしだって少女マンガを読まないわけじゃないんだぞ? 『夏目友人帳』とか好きだし」

「でもあれ、ジャンル的には少年マンガと言っても違和感ないよな」

「ぷ、プリキュアだって昔はよく観てたし……」

「あれアニメだし、少女向けというか幼女向けなんだよなあ」

「ぐはっ」

 思わず胸を抑えて仰け反ってしまった。

「あ、あたしってもしかして、女子力低い方なのか……?」

「え? 自覚なかったのか?」

「素で聞き返すなや!」

 余計傷付くだろうが!

「あれ? でも思い返してみれば、あたし、他の奴らに『女の子っぽい』って言われた事が全然ないような……?」

「昔からお前、男子に混じって遊んでばかりいたしなあ」

「いやけど! 告白された事なら何度かあるし!」

「ほとんどがお前の事をよく知らない奴ばかりだったけどな。見た目は美人だから、黙っていれば普通に魅力的に見えるんだよ、真夏は」

「そうだろう、そうだろう」

 ん? 黙っていれば? 黙っていればってどういう意味だ?

「でもお前、なんで全部断ってんだ? 中にはイケメンっぽい奴もいたのに?」

「あくまでも『イケメンっぽい』だろ? どんな奴かもわからん雰囲気イケメンなんかとわざわざ付き合う理由なんてねぇよ」

 そもそも好きでもない奴と付き合うとか面倒だし。

 嘆息混じりにそう言って、ベッドの上に座るあたし。

 ま、理由はそれだけってわけじゃないけどな。

「つーか、そういう冬樹は誰かと付き合ったりしないのかよ? あ、お前の場合は女の子の方から逃げ出すか。強面だもんな。あははっ!」



「うるさいな。俺だって付き合いたいって思う女子の一人や二人──」



 …………ん?

 今、気になる事を言わなかったか?

「なあ冬樹。もしかしてお前、どっかに好きな子でもいんの?」

「っ!? なんでわかった!?」

「なんでも何も、ついさっき自分で言ってたじゃん」

 むしろ、こっちがビックリだわ。

「くっ。誰にも話すつもりなんてなかったのに……。俺の口を割らせるとは、やるな真夏」

「なんもやってねぇよ?」

 ほとんどお前が自分から暴露したようなもんだぞ?

「でもまあ、知られたのがまだあたしでよかったじゃん」

 言いながら、冬樹に近付いて肩に腕を伸ばすあたし。

「他の奴ならバラしていたかもしれんが、あたしなら安心だろ? 今までお前との秘密を破った事なんてないし」

「まあ、それはそうだが……」

「そういう意味じゃあ、お前もあたしの秘密を破った事はないけどな。やっぱあたしたち、最高の親友だよなあ〜」

「秘密と言っても、お前の場合は大した事ないやつばかりだけどな。うっかりおばさんの大切にしていた時計を壊したとか、拾ってきた子猫を密かに飼ったりとか」

「あ、あたし的には大した事だっつーの! 勝手に大した事ない風に言うなっつーの!」

 結局その二つ共、オカンにバレてめちゃくちゃ怒られたんだけどな。子猫だけはなんとか説得して飼ってもらえたけども(ちなみに今も元気だぞ)。

「それよか、お前の好きな奴って誰よ? お姉さんにちょっと教えてみ? ん?」

「誰がお姉さんか。お前、俺より二カ月くらい誕生日遅いじゃねえか」

「こまけぇこたぁいいんだよ! ほら、とっとと言っちまえYO!」

「いや、でもなあ……」

「なに渋ってんだよ。ここまで知っちゃったら気になって夜眠れなくなるかもしれないじゃん。九時間睡眠が八時間睡眠になったらどうしてくれる!」

「大して変わんねぇよ。むしろ八時間で十分過ぎるだろうが」

「お黙りやがれ! さっきから人の揚げ足ばかり取りってんじゃねえ! そんなにあたしをスーパーサイヤ人化させてぇのか!?」

「クリリンの爆死よりもスーパーサイヤ人になれるお前の怒りとは……」

 呆れた顔でツッコミを入れる冬樹。ほんとこいつ、ツッコミ体質だよなあ。

 まったく、ボケ甲斐があって困る。

「というか、黙っているメリットなんてあるのか? あたしの口が硬いのはお前もよく知ってるだろ? それにあたしも何か協力できるかもしれんし」

「う〜ん……」

 あたしの言葉に多少は揺れたのか、腕を組んで考え込む冬樹。

「ほれほれ。恥なんて捨ててちまえ。その方がすっきりするぞ?」

「ん〜……」

 はっきりとは答えず、冬樹は瞼を閉じる。本格的に考え込み始めたな、こりゃ。

 んで。

 しばらく待ったあと、冬樹はようやく決心が付いたように瞼を開いてあたしをまっすぐ見た。

「お。話す気になったか?」

「ああ。お前の言う通り、このまま黙っているよりは正直に話して協力してもらった方が、もしかしたらあの子とも上手くいくかもしれないし」

 そう言って、冬樹はおもむろに立ち上がったあと、窓際までゆっくり歩んで、思い馳せるように遠い眼差しで空を見上げた。



「あれは、今年の春──……」


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