親友同士の幼馴染がお互いの初恋を全力で応援するラブコメ

戯 一樹

第1話 俺の幼馴染



 俺には成瀬なるせ真夏まなつという、生まれた時からずっと家が隣近所の幼馴染がいる。

 ちなみに女子──それも美人に類する方だ。

 なんて書くと、色恋沙汰を連想する奴も多いと思うが、俺──進藤しんどう冬樹ふゆきと真夏との間に、そういったものはない。

 もう一度断言しよう。

 恋愛感情なんて、一切ない。



 なぜなら、俺とあいつは──




「冬樹〜! ゲームしようぜゲーム!」

 土曜日の昼──半日授業だった高校からまっすぐ寄り道もせず帰り、自分の部屋で制服を着替えようと思っていた矢先、そんな陽気な声と共に窓をドンドンと叩く音が響いた。

 ちなみに、ここは二階である。

 そして向かいの部屋には、いつでも出入りできるよう、屋根伝いに梯子が掛けれている。

 ここまで言えば、隣の家の住人の仕業だというのは言わずもがなであろう。

 嘆息しつつ、やれやれと窓際に近付いてカーテンを開けた。



「真夏……。まだ着替えている途中だったんだが?」

「よお冬樹。邪魔するぜ〜」



 俺の質問には答えず、勝手知ったると言わんばかりに窓の鍵を開けて──何故かこいつ、外側から鍵を開けられる謎の技術が使えるのだ──ずかずかと無遠慮に俺の部屋へと入ってきた。

「だから、着替えている途中だったんだが?」

「別にいいじゃん。あたしだって制服のままだし。気にしない気にしな〜い」

 言いながら、俺の部屋の棚を漁り始める真夏。世界の中心か、こいつは。

「着替えないとシワができるかもしれんだろ。それに十月に入ったとは言っても残暑厳しいし、汗でシミができるかもしれないんだぞ?」

「大丈夫大丈夫。あたし、大して汗掻かない方だし」

「お前じゃなくて俺の話をしているんだが……」

「お前も言うほど汗なんて掻いてないじゃん。それにオカンがご飯を炊き忘れてさー、昼ご飯までにまだ時間が掛かるみたいなんだよー。その間でいいからゲームしようぜ? な?」

「……しょうがないな。三十分だけだぞ?」

「やりぃ! さすがは冬樹だぜぃ!」

 喜色満面に俺の首へと腕を回して、そのままコアラのように抱き付く真夏。

 そうすると当然お互いの顔が間近に迫るというか、いっそ頬を擦り合わせているレベルまで密着している状態になっているわけなのだが、別段胸がドキドキするような事はない。

 いや、顔は文句なしに綺麗な方だし、スタイルだってそこらのアイドルには負けないくらい整っている。片ポニーにしている茶髪の頭だって、さながら犬の尻尾のようで、ある意味チャームポイントとも言えなくもない。

 しかも運動神経抜群でクラスでも人気のある陽キャ──おそらく真夏を見た十人中の八人は、親しみやすい美人と評する事だろう。

 残るの二人は、まあ子供っぽいとかそんな印象を受けるかもしれない。

 性格が見たまんまというか、自由奔放を絵に描いたような奴だしな。

 そんな真夏を前にしたら──あまつさえ今みたいに体を密接させられたら、男なら誰でも劣情を催すものなのかもしれないが、俺に限って言えばそれは断じてない。



 なぜならこいつは、俺にとって幼馴染であり、そして何より親友でしかないから。



 というか、生まれた時から互いの両親から兄妹同然に扱われてきたせいか、なんかもう、家族に近い存在として認識するようになってしまっていたのだ。

 たとえば、こんなエピソードがある。

 これは二年前──俺たちがまだ中学二年生だった時の話であるが、その日は真夏と一緒に学校から帰る途中だったのが、突然天気が崩れ、大雨に降られてしまった。

 それでずぶ濡れになりながらも、なんとか家に戻れたまではよかったのだが、あいにく真夏の家の風呂は修理の途中だったみたいで、仕方なく真夏だけ俺の家の風呂を借りることになった。

 で、俺が先に入って、それから真夏に交代して少し経った後、うっかり洗濯籠にいれた制服の中にスマホを入れっぱなしだったことに気が付いた。

 それから、自分の家の風呂という油断もあったせいでついノックも無しに脱衣所に入ってみると──



 真夏がいた。

 シャワーを浴び終えた後なのか、全裸のまま頭にバスタオルを巻いて。



 当然ながら、そこには俺と真夏しかいなかった。

 つまり、浴室に二人きり。

 それも、お互い正面を向いたまま。

 そりゃもう全裸なのだから、見えてはいけない部分が丸見えな状態だったわけなのだが、その時やり取りした会話が以下の通りだった。



『あ。すまん。俺の制服の中にスマホが入っているから、取ってもらっていいか?』

『あいよー。これでいいか?』



 こんな感じである。

 冗談や比喩は一切なく、本当にこれだけで会話が終わった。

 正直、自分でも驚きだった。真夏とは幼少の頃から男友達のようなノリで遊んでいたので、中学生になってもふざけて取っ組み合いになる事もしばしばあったのだが、別段胸がドキドキしたりはしなかった。

 もう兄妹のようにしか思っていなかったので、今さら真夏に抱き付かれたところで、動揺も何もなかったのだ。

 たぶん、真夏も同じ考えだろうと思う。

 とはいえ。

 とはいえ、だ。

 いくら兄妹同然の関係で互いに親友同士と認める間柄とは言っても、それなりに体付きも大人に近付きつつある中学生──その頃には真夏の容姿も小学生の時のようなあどけなさが薄れて、艶っぽい雰囲気を醸し出すようになっていた。

 そんな成長した真夏だからこそ、実際に裸を見たりしたら俺もちょっとはムラッとするんだろうなと思っていた。

 だが現実に体験してみると、そんな事はなかった。

 母親の裸を見てしまったようなと表現したらさすがに失礼かもしれないが、しかしながら、それに近いものがあった。

 その時俺は、心の底からこう思った。



 ああ──俺はこいつの事を、同性の親友のようにしか思っていないのだな、と……。



 だからと言って、本当に男というわけではないし、セクハラになりかねない行為は極力避けている。まあ真夏は胸を触られても平気そうな顔をしそうだが、それはそれ、これはこれだ。

 PTOというか、最低限の礼儀は弁えないといけない。

 それ以前に、そんなセクハラめいた真似をしたら、真夏にどんなマウントを取られるかわからなくて怖いというのもあるが。むしろそれが一番の理由まである。



「なあなあ冬樹。マリカーしようぜマリカー」



 と。

 真夏のそんな声に、俺は思案を中断してその手に握られたソフトを見やる。

 マリカーことマリオカート。

 ちなみに、初代SFC版。

「マリカーか。久しぶりだな。前にやったのは一カ月前だったか?」

「そっちは64版だろ〜? こっちは半年近くやってねぇよ。ていうかあたし、ぶっちゃけSFC版の方が好きだし。64版はお前に付き合わされただけだし。ていうか64は赤ドリフト出すのが面倒だし」

「そうだっけ?」

「そうだって。だいたいお前、あたしが昔のソフトの方が好きなの知ってるだろ? まあお前の方がよっぽどゲーム趣味に系統してるけどさ」

 あたしの家は誰もゲームやらないからな〜。ゲーム集めてもやりがいねぇんだよなあ〜。

 そう言いながら、スーパーファミコンを取り出してテレビに接続し始める真夏。

 真夏の言う通り、俺はレトロゲー好きで、よくこういう昔のゲームを集めていたりする。真夏も昔からゲームが好きで、あいつの家にも最新の携帯機や据え置きはあるが、基本的には協力系──それもレトロゲーの方が楽しいらしく、よくこうして俺の部屋に遊びに来ては同時プレイをやらされるのだ。

 まあ俺も二人でやるのは好きだし、勉強とか大事な時間の邪魔されなければ全然構わないというスタンスではあるが。

「まあいいか。マリカーなら一つのレースでもそんなに時間も掛からないもんな」

「だろ? じゃああたしはクッパ選ぶから、お前はピノキオな?」

「……さてはお前、俺を吹っ飛ばすつもりだな? そうはいくか。俺はドンキーを選ぶ」

「あっ。本当に選びやがった。それじゃああたしと冬樹の一騎打ちになっちゃうだろ〜。クッパとドンキーじゃあツートップにしかならないだろ〜?」

「お前がロケットスタートを失敗したら、俺の独走になるから問題ない」

「そうはいくか! 逆にお前を邪魔してやる!」

「てめぇゴラ! もうじきレースが始まるって時に突然抱き付いてくんな!」

 猫のようにじゃれ付いてくる真夏を強引に引きはがしながら、俺はコントローラーを握って画面に集中する。

 そうして始まったレースに、二人してぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながらゲームに一喜一憂する俺達。

 いつもうるさくて、ワガママで、女子なのにやたら男勝りな幼なじみではあるが。

 でもなんだかんだ言って、こうして一緒にいるとすげえ楽しい奴なんだよなあ。

 余計な気を遣わなくていいっていうか。

 だから真夏は、俺にとって最高の親友たりえるのだろう。



 こいつが何かを望むのなら、それを全力で応援したいと心の底から思えるくらいに。


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