第21話 唯、知る者は独り

「もう、私に秘密にしていることは、ないね?」

「はい。――ありません」


 ――赤坂溜池、山王ホテル。一階の喫茶は、静かで落ち着いた雰囲気である。

 かつてこのホテルで、青年将校達は嘆き、ソ連秘密警察のリュシコフが会見を開き、ゾルゲら国際スパイが暗躍した。

 今や昔。何もかもが変わり、余韻も残り香も、何一つ残っていない。通常の、平和な日常の、ただの喫茶である。


 夕暮れ――。赤坂の周りはお堀、水草、離宮、宮家の森と自然の宝庫だらけであるから、鳥が多く飛んでいる。今もカラスがうるさい。昔からそう思っていたが、これだけは時局がどれだけ変わろうと、変わらない。

 カァカァと、極希にキジのケェ、ケーンが混じり合う。長閑のどかではあるが、――今は寛ぐ気にはなれない。

 目の前に置かれたコーヒーの香りが、鼻腔を擽る。折角の最高のロケエションも、頭を擡げた後悔の前には、ただの背景である。客はまばら。私達三人は、喫茶の片隅で、誰にも聞かれぬように、肩を落としている。


 ――いや、閣下だけは違う。


「ともかくだ、これで良かったのだ」

 重い沈黙――。私達二人にとって、その問いは、きっと死ぬまで続くのだろう。いつまでも、いつまでも、その行いに後悔と懺悔を繰り返すに違いない。


 ――嘘を、嘘をついた。

 それは、一人の青年を犠牲にした。


 ――だが、何の問題があろうか。

 ――国家の一大事に直結した問題なのだ。

 ――市井の一人が犠牲になろうと、今時分、誰が気にしようか。

 閣下はそう仰ってくれたが、胸のわだかまりは、そう簡単には消せない。


「これしか、……なかったのでしょうか」

 甲斐が、静かに俯く。己の手を、強く握られた手を、じっと見つめている。

 涙を堪えながら、声を引き絞っている。


「きっと、全てを知ったら、彼は君達を恨むだろう。だが、――これでいいのだ」

「……お気遣い、痛み入ります」

 迷いがないはずはない。それだけ酷いことをしたのだ。

 コーヒーの水面が、静かに揺れる。


「悪いのは、自分なんです」

 それは、本心。偽らざる、本心。

「自分が、何もかも巻き込んでしまった」

 ――ここにいる全員、いや、広く言えば、この世界を。

 精一杯の慰めは、虚空を舞う。甲斐は、俯いたままだ。


「そう言っても、誰も救われんぞ、黒葉君」

 閣下は、煙草をポケットから取り出す。

「そもそも、君を派遣したのは私なのだ。全てはアレから始まったのだ」


 事の始まりは、あの『神宝』の集会。

 私は、使、参加した。

 今はもう弾圧され、消滅してしまった『神宝』――。


 あの預言者の元市民は、言葉を、記事を受けていたのだろうか。

 団体諸共検挙されてから数ヶ月後、彼は行方不明となり、生活していた借家はもぬけの殻で、何も遺さずに消えた。

 ――確認する術は、もうない。


「新井君は、旧知の院長に長く預けるが、……良いかね?」

「……勿論です」

 行方不明になった私を見つけるきっかけが、元軍医である院長の照会だった。

 ただ、偽名までは伝えていなかったので、照合に時間が掛かった。


「彼は、大丈夫でしょうか。記憶を失ってはいないようですが」

 ――私は、一時的に記憶を無くした。

 取り戻したのは、院長に入院を勧められた翌日である。


 あまりにも突然に、記憶が戻った。

 詳細な理由は分からない。後から思えば、思い当たる理由はただ一つ。

 ――甲斐が、から。


 翌日、まだ日が昇る前に目が覚め、ノートを持って医院に向かった。雨が降りそうだったが、傘も持たずに家を出た。

 ――あの集会からの出来事。

 ――胸に浮かぶ記事。

 ――この世ならざる、荒唐無稽、いや、異なる現実の数々。

 こんなものが、甲斐の手元にあって良い訳がない。

 だから、手に持って家を出た。

 甲斐には秘密で――。


 これ以上、彼女に迷惑は掛けられない。

 名無しのまま消えて、元の軍務に復帰しようと考えていた。

 閣下の自宅に電話を掛け、医院に来て貰うようお願いした。ちょうどこの頃に、閣下も私の存在に気づいていたらしく、時機としては本当に運が良かった。

 私の子細を知っているのは、院長と甲斐だけだ。だから、院長は巻き込む必要があった。

 もっとも、閣下と院長が旧知だったとは、後から知った事だったが。


 ほどなくして雨が降り始め――、閣下の車が来た。

 院長と面談し、全てを話した。医院は、臨時休館にしてもらった。


「彼なら大丈夫だろう。症状としては安定しておる」


 ――私の症状は、安定していた。それでも、そのまま某陸軍病院へ入院となった。

 閣下は翌日、甲斐に接触した。


「甲斐さん、貴女のお身体こそ大丈夫か」


 ――甲斐は、私が、黒葉であると、その時に知らされた。

 そして、私は入院すること。しばらくは療養のため会えない旨を、伝えた。

 甲斐は戸惑ったようだが、間もなく事実を受け入れた。私の本当の来歴を知り、甲斐は、受け止めてくれたのだ。

 だが、同時に受け渡してしまったのだ。

 ――役目を。


「私は……、大丈夫です」


 今の甲斐も同じだ。役目を移したら、体調の不良はさっぱりと消える。

 だから、私の入院は、事実上の隔離措置。目的は、私の記憶を記録し、検証するため。

 バラバラだった記憶を、既存のノートや情報と照合し、組み上げていく。ノートは、急速に厚みを増していった――。


 だが、全てを書いた訳ではない。記憶が曖昧なもの、或いはは、心の底にしまいつつ、軍事的・政治的に重要と思えるものを抽出していった。

 あくまで、閣下の役に立つための情報整理、である。


「無理はされますな。もし具合が悪ければ、病院を手配する」


 一ヶ月後――、甲斐と病院で面会した。

 甲斐にも記事が浮かび上がるという話を、そこで初めて知った。

 懺悔――。謝罪――。

 涙を拭い、己の非を詫びた。

 甲斐は、静かに、私を抱き寄せ、ゆるしてくれた。


 ――その時、心に決めたのだ。

 身命を賭して、絶対に彼女を守ると。


「お心遣い、痛み入ります。ですが……、お気持ちだけで、本当に宜しいのです」


 ただ、違いもあった。

 甲斐は、を聞いていない。記憶が流れ込むこともない。

 あの風景や意志、言葉は、記事にある記憶の追記は、甲斐には起きなかった。

 その大きな違いはあれど、記事が胸に浮かぶことは変わらず、役目は確実に甲斐に移っていた。


 甲斐は、週に一回程度の割合で、会いに来てくれた。胸に浮かび上がる記事を携え、私の身を案じて。

 だが、私は退院出来ず、自分から甲斐に会いに行くことは出来なかった。

 閣下は理由を告げなかったが、きっとなのだろう。不条理ではあるが、その命を、私は律儀に命令を守った。


 甲斐が記録したノートの原本は、全てではないが甲斐に預けた。

 全てを私や閣下が所有しても良いが、軍人や研究者が何の注釈も入れなければ、原本の

 甲斐が見返すことで、思い出したり、さらなる情報の拡張がされる可能性もあったため、家に厳重に保管する事に決めた。


「まぁ、これから具合が悪くなることだってあるかもしれん。その時は、すぐに連絡をよこしなさい。私は今のところ、東京におる」


 それから、閣下が九州や京都、満州東部へ異動され――、望月書店監視の仕事は、私以外の副官が担当した。

 数ヶ月に一回の異動に合わせて変更され、それが原因で、どうやら嫌な噂が立ったらしい。

 それでも、院長の尽力もあり、噂は急速に立ち消えた。新井君には時間経過で消えたように答えたが、噂を消すにはある程度が掛かるものだ。


 甲斐との結婚も、それである。

 私は入院で家にいない上に、存在自身が半分秘匿されている。私達はこの資料の関係から結婚は出来ないのだ。

 そこで私は――夫である私は、死んだことにするという嘘で固めることにした。いつか、――本当にいつになるか分からないが、結婚出来るその日まで。

 この数年間、甲斐には苦労を掛けっぱなしだ。


 数年の間に――、閣下の許可が下りて徐々に行動の融通が利くようになり、近衛公への連絡や関係団体への連絡も、私がするようになった。2年前には退院と相成り、本格的に軍務に復帰となったが、甲斐との同棲は許可されなかった。

 軍務と言っても、ほぼ閣下の私設秘書である。主な仕事は、――記事の整理。


 記事は海外情報、軍事動向、自然現象、社会現象等項目別かつ年代別に整理ソートされ、中でも新兵器に関するものは、閣下の伝を頼り、東京帝国大学工学部の教授らの知見を参考に体系化していった。そして大本になる、記憶と記事からなる情報群のことを、『M情報』と呼称することにした。


 ――ひどく安直な命名である。望月書店である。

 M情報は分析情報に変化し、閣下の軍・政活動に翌々利用された。

 髀肉ひにくを嘆じていた閣下である。筆無精の近衛公に送り続けた手紙には、この使ようだ。それが幸いしてか、閣下は興亜院という中央政界に復帰したという次第なのである。


「まだまだ終わりが見えぬ『非常時』だからな。戦局や政治が動けば、私も異動になるかもしれんが、何かあれば黒葉から伝えてくれたまえ」


 結婚出来ないとはいえ、甲斐に会いに行くことは出来た。定休日には必ず会いに行った。

 逢瀬の次第、身体を重ねることもあったが、何故か子には恵まれなかった。

 それでも構わない――。彼女の幸せを、この不条理なる運命を胸に、支えていくことが、私の使命だった。


 ――その甲斐が、体調不良を訴えるようになった。


 一度、院長にも診て貰ったが、原因はやはり不明。考えられる原因は、記事そのもの。

 私が経験した、衰弱――。身体のふらつき、意識の喪失。身体が、この世から乖離するような、気持ち悪さ。

 私は記憶を取り戻してから、早い段階でその症状が現れたが、甲斐は三年以上も健常であった。


 何故今なのか、何故今までなかったのか、理由は分からない。

 ただ、経験者としてすぐに察した。その体調不良は辛く、歯痒い。その癖、医学的な回復の術はない。

 ――時間がなかった。

 私はもう一度、彼女からと、言葉を、意志を伝えたが、役目は戻ってこなかった。

 また、理由は分からない。

 望んでも、記事は胸に浮かばなかった。


 ――そんな時に、彼が現れた。


「新井さんは、……これからどうなるのでしょうか」


 ――甲斐は、大きな過ちを犯した。


 優れぬ身体の具合、私や閣下、院長以外には打ち明けられぬ、膨大な機密の山。

 重責に、寂しさに耐えかねてか、甲斐は。保管してあった、ノートも見せてしまった。


 もっとも――、伝えた事実は一部だけで、私や閣下などの事情は上手く切除されていた。心は伝えたくても、頭ではいけないことをしている自覚があったのだろう。

 しかし、甲斐からの連絡で、その日の内に、私や閣下の知るところとなり、対応が必要になった。


 甲斐は、さめざめと泣き、非を詫びた。

 私には、甲斐を責める気も、そもそも資格なぞ、微塵もなかった。寧ろ、私が職務にかまけず、もっと甲斐の寂しさに向き合っていれば防げたかもしれない。

 閣下は憤懣ふんまん遣る瀬ない風であったが、甲斐の心情を慮ってくれたのか、結婚を制限している非を認めたのか、咎めはなかった。


 一度、秘密を共有してしまったからには、彼をこちら側に引き込むか、完全に排除するしかない。だから、甲斐には秘密を徐々に開示するように、閣下は指示した。

 しかし、それは時間稼ぎ。


 ――真意は排除にあった。


 新井君が、甲斐に好意を抱いていたのは、一個人の感情として許しがたい。閣下も、私の意を酌み取っていただき、彼を排除することに決めた。配属先まで既に決めており、支那派遣軍である第二十一軍で最前線へ行って貰う予定だった。


 ――しかし、甲斐は、それを拒否した。

 己の過ちが原因であったとしても、そのせいで新井君が戦地に送られるのは、見過ごせなかったという。

 その意は、尊重されなければならなかった。

 ――私の愛した甲斐が、そう決めたのだから。


「ふむ……」


 それから、閣下は、妥協案としての強引な解決を図った。

 託宣を残しつつ、を保護する。

 その為に、さらなる嘘が必要だった。


「彼が仕事に復帰し、秘密を守ってくれれば、それでも良い。だが、胸の苦しみに上着など脱いでみたまえ。アレが露見する。君も、新井君に目撃されてしまったのだからな」


 甲斐には、苦しい決断だった。

 彼の徴兵は回避できたが、体調不良は如何ともし難く、託宣を誰かに預けなければならなかった。


 ――そのための、一芝居。

 次に彼に接触する機会があれば、彼をにさせる。

 甲斐は、葛藤しながらも、見事『優れた演者』をやってくれた訳だ。

 もっとも、その指示に甲斐は涙を流し、苦悩した。

 店頭でぶつかった時――、彼には何の涙か全く分からなかったろうが。


 ――さらに、駄目押しのもう一手。


 あの手紙を書いたのは、確かに甲斐だ。

 だが、閣下と私のだ。

 幻聴の件は、真実味を醸すために記載した。閣下から小説的だと批判されたが、これくらい不気味な方が、新井君には響くとの思惑で記載した。

 役目を、確実に継がせるための、悲哀に満ちた、思い人の懇願。

 ――彼は、墜ちた。


 甲斐が本当に、新井君のことを好いていたかは、――分からない。

 いや、きっと好いてはいたのだろう。だから、彼女は今、後悔に震えているのだ。

 しかし、その甲斐あって、役目は確かに引き継がれた。

 ――彼女は解放されたのだ。


「では……」

「なぁに、心配することはない」

 閣下は、煙草を吹かしながら、気楽である。

「額面は言えぬが、機密費がかなりある。彼も、アレが国家の重大事であると分かっておるなら、長期入院にも応じてくれるだろう」


 それは、幽閉と変わらない。

 彼の両親や縁者、友人などに会う時にも、告げ口せぬよう、監視が入るだろう。この非常時に、働かなくても良いし、戦場に行くこともない。ただ、病室が彼の居所となる。彼にとって、それは幸福なのだろうか。


「まぁ、美人の看護婦でも手配して、親身に看護して貰うとしよう」

 ――彼はだからな。

 閣下の思いつきは、酷く彼を愚弄している。そして恐らく、その看護婦は、次の巫女の候補でもあるのだろう。

 上手く行けば、M情報は更に延命出来るのだ。


「それよりもだ。君達のこれからだが――」

 閣下は煙草を揉み消し、眼を細めた。

「今の場所からは引っ越して貰う。名を捨てるのは辛いだろうが、新しい名と、駒込の方に部屋を用意した。在京した方が都合が良かろう。それとも、何なら大陸へ行って貰っても構わん」

「勿体ないご厚意です。感謝の言葉も御座居ません」

 甲斐が、静かに頭を垂れる。私も合わせて目を瞑る。


 ――彼を牢獄に入れ、代わりに脱獄した。

 今この瞬間も、彼は苦しんでいるに違いない。その代償は、この国の平和か、さらなる破滅か――。


「気にする事はない。国家の行く末に比べれば、鴻毛より軽い。今の阿部内閣は、早晩長く持つまい。その次は、私が焚きつけて近衛公に復帰してもらおう」


 やはり、大きな事を言う御仁だ。それが実現するか、風見鶏で終わるか、M情報とその出力に掛かっている。


 ――不安は大きい。

 石原将軍のせいもあるが、作戦優位になった参謀本部を、情報を持って動かすだけの熱量が、閣下にはあるのだろうか。

 元々野心家の人ではあるが、この国を動かし、一筋縄ではいかない国々を相手に渡り合っていけるのだろうか。

 そもそも、政治、軍隊の構造自身が、例の敗戦情報につながるとしたら、国の形そのものを変えなければ、先はないのではなかろうか。


「近衛公には、一度は匙を投げた憲法改正を死ぬ覚悟でやってもらう。指導者らしい指導者を作る政治改革は必至だ。外交の方は、松岡さんの言いたいことも分からんでもない。だが、M情報が別の可能性を向いている以上、現実路線で新英米派に働きかけるとしよう。……あぁ、そうだ、軍制改革も必要だ。必要になるのは、派遣軍連中の黙認と、そうさな、板垣さんや武藤くん辺りの説得よなぁ」


 満鉄総裁、松岡洋右。元陸軍大臣、板垣征四郎。陸軍省軍務局長、武藤章。

 ――口を衝いて出る、取らぬ狸の皮算用。

 今の役職に就いてからまだ一年も経っていない。やっと上昇気流に乗ったばかりなのに、言うことはやはりでかい。

 そのツケやしわ寄せは、私に来る。

 だが、この運命からは逃れられない。


「あの……」

 甲斐が、上目遣いで呟く。

 上機嫌な閣下に、発言する時機を逸していたようだ。

「厚かましいお願いになるのですが……」

 閣下が、己の饒舌を恥じたのか、俄に頭を掻いた。

「言ってみたまえ」

「あの人の……、面倒を見ていただきたいのです」


 ――せめてもの、罪滅ぼし。


「入院がずっと続くのは、新井さんにとってとても大変な事と思います。いつか退院できた時、……新井さんが望むような形で、生活をご支援していただけませんか。新井さんは、ずっとずっと、……叶わぬ想いを抱えて、一人で我慢することでしょう」


 ――

 甲斐が視線を落とし、静かに俯く。


 ――きっと、そうなのだろう。

 閣下は愚弄したが、彼は苦しくとも、うぶと言われようと、狂い死にするまで抱え込む人間かもしれない。

 彼は純粋で、ナイーブで、頑固なのだろう。

 だからこそ、――忍びない。

 一人では絶対抜け出せない牢獄に、彼を入れてしまったのだから。


「自分からもお願い致します。勝手なお願いとは、重々承知しております」

 どういう形の世話になるか、分からない。

 彼が退院した時、――世界はどうなっているか。予断は全く許さないが、それでも、言質が欲しいのだ。生存を約束してくれ、と。


「ふむ。私自身がどこまで行けるか分からぬが、保障しよう。その代わり、監視は君が担い給えよ。――君も、気になるのだろう?」


 ――見透かされていた。

 やはり油断出来ぬ御方だ。


「……はい。あの記事が、これから何を伝えて行くのか。僕も、見届ける覚悟です」

「黒葉さん……」

 僅かに震える甲斐の瞳。

 愛する妻の不安を払拭するように、私は笑った。

「大丈夫だ、甲斐。君に拾われ、助けられた命。決して粗末にはしないよ。僕は、彼を見守るだけだよ」


 それは偽らざる本心――。

 だが、まさしく今、心は揺らいでいる――。

 私は、ただを胸中に潜め、当面の平穏を喜んだ――。

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