名誉挽回の処方箋3
ルーム->オプション
公開設定:
マウスを操作し、設定を変更する。
「これでよし」
私は小さく吐息し、もう一度画面に表示された設定を見直してからウインドウを閉じた。
これで他のプレイヤーは、ルームに入ることができなくなった。荒らしの入室は完全にシャットアウトされ、
私の計画はこうだ。
まずは、全プレイヤーの入室を禁じた状態で、荒れ放題となった畑を復活させることに集中する。復興作業中に乱入されては対処がいちいち面倒だし、気が散って作業が
次に、農場全体の復興が果たされた後。この時点でもまだ非公開設定は継続する。なぜなら、私には学校があり、平日昼間はムー太が一人でプレイしなければならないからだ。のんびり屋さんのムー太に素早い操作は難しく、画面上を動き回る荒らしプレイヤーを捕まえてブラックリストへ入れる作業はとても大変だろう。それならば、私が学校へ行ってる間はルームを閉じたまま普通にプレイして貰い、帰宅後改めてルームを開放して、私が荒らしプレイヤーへの対応を行う。同時に、一般プレイヤーへの売却作業を進めれば良い。
必要な時のみルームを開放することで、荒らされるリスクも軽減することができるだろう。
きっと、これでうまくいくはずだ。
振り返ると、ベッドの上でじっとムー太がこちらを見つめている。
私は笑みを作り、手招きをした。
「おいでムー太。一緒に作り直そう」
しかし、ムー太は
よく見れば、重心が後ろへ傾いている。人間でいえば、後ずさりしているような状態だろうか。少し警戒しているようにも見える。
すぐにピンときた。
ムー太は筋金入りの平和主義者で、争いごとを苦手としている。そんなムー太に荒らしプレイヤーが行ったのは、大切に育て上げた農場を攻撃するという悪意に満ちた行為だった。その際限のない悪意には、私ですらも
それは例えるなら、一生懸命作った砂山をいじめっ子に壊されるようなものだろう。自分より力の強いいじめっ子。抗議することもできず、反撃することもできない。できるのは、ただ委縮して嵐が過ぎ去るのを待つことだけ。悔しかっただろう。悲しかっただろう。そしてトラウマを植え付けられ、怯えるようになってしまった。
しかし、荒らしへの対応は今しがた完了した。
もう怯える必要はどこにもない。
「大丈夫だよムー太。意地悪なやつは入ってこれないようにしたから。もう怯える必要なんてないんだよ」
警戒を解くように優しく語りかける。しかしそれでもムー太は動こうとしない。弱弱しくまんまるの体を左右へ振って拒否の姿勢。
仕方なしに私は立ち上がり、ムー太の元へ向かう。その柔らかな体を抱きあげようとすると、今度はボンボンをクロスさせ、バッテンを作って不満げに鳴いた。
「むきゅううう」
絶対に嫌だという意思表示だ。
これほどまでに拒否されるのは初めての経験かもしれない。いつもなら私が「大丈夫」と一言いえば、安心して身を委ねてくれるのに。それとも信用を失うようなことを私はしたのだろうか。もしそうなら一体いつのことだろう。わからない。私は吐息し、強制執行を諦めた。
あるいは、なにもかもを信じられなくなるほどの深いトラウマを植え付けられてしまったのだろうか。
「わかった。わかったからそんなに怯えないで」
いやいやするムー太の頭を優しく撫でる。次に額と額をこちんとやり、モフモフの白毛へぐりぐりと押し付ける。くすぐったそうにムー太が身をよじる。
「隙あり」
一気にムー太を抱き上げて天へ掲げる。
「高い高ーい! からの、メリーゴーランド!」
くるくるとその場で回ってみせる。幼い赤子のようにムー太はきゃっきゃと嬉しそう。ようやく笑顔を取り戻してくれた。
一方、私は
しかし、どうしたものだろう。今まで毎日コツコツとプレイして、せっかくここまで農場を大きくしてきたのに、こんなつまらないことで諦めてしまうのはもったい気がする。私は、ムー太がどれだけの苦労を重ねて、農場を大きくしてきたのか、その過程を知っている。それだけに、簡単に「仕方ない」の一言で諦める気にはなれない。
とはいえ、ムー太は深く傷ついている。そんなムー太に無理強いすることはできない。
「だったら」
そうだ。ムー太ができないのなら私がやればいい。私が、この私自身が、農場を見事復興させてみせればいい。荒らしに屈せず、元の農場を取り戻してこそ、もう大丈夫なのだという証明にもなる。豊かに実った作物を見れば、きっとムー太だって元気を取り戻すはずだ。
「むきゅう?」
思考に埋没し、動かなくなった私の顔を、ムー太が不思議そうに見上げている。クリクリの黒目がもの言いたげに
「なんでもないわ。今日のご飯どうしようかなと思ってね。そうだ、唐揚げなんてどう? ムー太も好きよね」
「むきゅう!」
膝の上でムー太が元気よく跳ねた。着地に失敗して転がり落ちそうになったところをキャッチ。胸に押し付けるようにぎゅっとする。そのまま一緒にリビングへ向かい、夕飯を作って一緒に食べた。ムー太はとても喜んでくれて、機嫌はすっかりよくなったように見えた。さきほどムー太が見せた強い拒否は気のせいだったと思えるほどに。
しかしこの後、私は自分の算段が甘かったことを思い知らされる。
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