第6話:モフモフと開拓者の村
緩やかな斜面をしばらく登り、開けた小高い丘に冒険者のキャンプ場はあった。
キャンプ場を囲むように木の柵が立てられていて、入り口には門番が二人立っていた。眠そうに
アヴァンが歩み寄ると、軽い調子で挨拶を寄越した。
「よぉ、アヴァン。収穫はあったようだな? 森の中で引っ掛けたにしては、随分と可愛い子じゃないか」
アヴァンは七海を隠すようにスッと体を動かして、門番との間に割って入った。
「客人だ、手を出すなよ。ところで、ロッカとミスティは帰ってこなかったか?」
「いいや、帰ってきてないぞ。一緒じゃなかったのか?」
「それが、途中ではぐれてしまってな。てっきり、先に帰っていると思ったんだが……」
アヴァンは神妙な顔つきになり、考える仕草。七海は黙って成り行きを見守っているようで、動くつもりはないようだ。
ムー太は、体が湿っていて元気がない。水分を吸い込んだ綿のように体が重く、身動ぎすることさえ億劫だ。ぐったりと力なく七海の腕の中に収まりながら、早いところ体を乾かしたいと思う。
そんなムー太を、もう一人の門番が不審そうに見つめる。とっさにムー太はボンボンで目を覆った。
「それは魔物のようだが?」
問いに、アヴァンが答える。
「これはただの魔物じゃない。聞いて驚け、かの有名なマフマフだ」
「な、何だと?」と門番たちは、異口同音に驚きの声を発した。
七海がちょいちょいと服を引っ張るのを無視して、アヴァンは若干棒読み気味に、用意しておいたであろう台詞を読み上げる。
「見ての通り、彼女は冒険者じゃないんだ。そこで俺が代行人となって、報奨金を頂こうと思ってな。ハッハハ……痛っ」
背中を思いっきりつねられ、涙目となりながらもアヴァンは耐えた。青筋を立てる七海へは、アイコンタクトで話を合わせろと促す。
門番は信じられないという顔で唸る。
「おいおい、収穫があったって話は冗談のつもりだったんだけどな」
「そういう訳だから、ギール殿に報告したい。彼女も通してもらえるな?」
「あ、ああ。構わないぞ」
道を開ける二人の門番。その視線はムー太に向けられていて、穏やかではない雰囲気を感じる。アヴァンは門番の肩を叩き、顔を近づけると囁いた。
「それと、マフマフを盗もうなんて思うなよ? ギルド内の窃盗は、死を以って償うのが掟だからな」
門番の顔は、ぎくりと引きつり青ざめた。どうやら、アヴァンという男は、脅せるだけの実力、あるいは権力を持っているようだ。
アヴァンに手招きされ、七海が後に続く。
門を抜けると、大きなテントがそこら中に設営されていた。円柱の上に半円を被せたような形状のテントで、天辺からは煙突が突き出ていて、モクモクと煙を吐いている。ほぼ全てのテントから煙が立ち昇っているのだから、周囲は煙臭くて堪らない。
目を引いたのはテント群だったが、耳に入ってきたのは住民の奏でる様々な喧騒だった。髭を剃っている者、顔を洗っている者、談笑している者、剣を研いでいる者、鍛錬を積んでいる者などなど。
好き勝手している男たちとは違い、女たちは食材を入れた大きな籠を抱え、慌しく走り回っている。彼女たちの動きは、戦場を駆ける兵士さながら機敏なものであり、男たちを押しのけ怒号を飛ばす様は猛将を思わせる勇ましさであった。
「ほら、どいたどいた。邪魔だよ」
恰幅の良い女性が男たちの波をかき分けて進んでいく。すれ違いざまに籠の中に野菜が詰め込まれているのが目に入った。すると、女性の去っていった方角から、なにやらおいしそうな匂いが漂ってきて、腹ペコだったムー太のお腹が鳴った。
つぶらな黒目を輝かせながら、ムー太はキョロキョロと周囲を見回して匂いの発生源を探す。体が濡れていることも忘れて一心不乱に視線を巡らせ、とうとう奥にある巨大な鍋を発見。どうやら何かを煮込んでいるようだ。
どんな味がするのだろう。そう思って、興味深そうに鳴いた。しかし、
「もー、ムー太ったら! あれは食べれないからね」
「むきゅう……」
頼みの綱の七海にたしなめられてしまい、しょんぼりと肩を落とす。
そんなムー太を見かねて、アヴァンが苦笑して言った。
「大丈夫、二人分ぐらい頼めばもらえるさ」
「むきゅう!」
しょんぼりしていたムー太はとつぜん元気になって、感謝の印にボンボンを叩いてみせた。それが伝わったのかは不明だが、アヴァンは頷いてくれた。
七海はいくらか警戒を解いて、賑やかな雑踏に目を向ける。
「ムー太に気を遣ってくれて、ありがと。それにしても、すごい数の冒険者だね」
「ああ、そうだな。と言っても、すべてが冒険者ってわけじゃない」
「そうなの?」
「俺と違って、ここにいる多くの冒険者は護衛で来てるんだ」
ほら、とアヴァンが指差したのは、外壁沿いに転々と置かれた木箱だった。分厚い板で組まれた頑丈な木箱で、人が中で寝転がれるほどに大きい。
木箱の一つを覗いてみると、中には大量のスコップが乱雑に置かれている。また、別の木箱を覗けば、大量のクワであったり、斧であったり、ピッケルであったり――と、様々な道具が収納されていた。
七海は納得したように頷く。
「この森を切り開くつもり?」
「ああ、そうだ。差し詰め、開拓者の村ってところだな。内訳は護衛の冒険者が五十六名、開拓者が百十三名だ。周囲の魔物の排除が進めば、これからもっと増えるだろうな」
「そう……何だか寂しいね。冒険できる場所が減っていって、アヴァンは寂しくないの?」
「ナナミの言いたいことはわかるさ。開拓が進めば、冒険者の活動領域は自然と狭まっていく。それに手を貸すのは、冒険者としてどうなんだってな」
「うん」
七海は頷き、アヴァンを見上げる。アヴァンは吐息を一つ、そして寂しそうに目を細めて言った。
「理想は確かにその通りだと思う。でもな、冒険先で手に入れたお宝を売って生計を立てれるのは、極一握りでしかないんだ。駆け出しの冒険者はもちろん、中堅の冒険者でさえ難しい」
一泊置いて、アヴァンは続ける。
「そんな事情から、冒険者同士がお互い助け合えるように、冒険者ギルドは作られた。そして、国や貴族から大口の依頼を受注して、達成することでギルドメンバーに分配金が支払われるって仕組みだ。この開拓もその一環で――」
つまり、彼の言を引き取って続けるならば、この開拓も依頼を受けたから護衛の任に就いたのであって、好き好んでやっている訳ではないということだ。
この世界では、誰よりも早く前人未到の地を踏破することが名誉となる。先人たちが語る冒険譚に子供たちは目を輝かせて、いずれは自分たちがと夢を馳せる。けれど、現実はそんなに甘くないのである。
未熟なまま冒険へ出て命を落とす者。旅立ったはいいが、お金が底を突いて行き詰まり、犯罪に手を染める者。または、早々に廃業を選ぶ者……などなど。
冒険先で手に入る財宝は有限であり、
そのような現状を憂い、一流の冒険者たちが設立したのが冒険者ギルドである。設立時の理念は、冒険者同士が助け合い、次の冒険に繋げるための場であったという。
そして、冒険者たちが団結して一大勢力となった頃、それに目をつけたのは国だった。国は、増え続ける人口の対応に苦慮しており、領土を外へ広げる必要があった。そのため、未開の地を冒険者に切り開いてもらう必要があり、冒険者が減るのは都合が悪かったのだ。
国が支援を申し出ると、冒険者ギルドの方も二つ返事で応じた。開拓や魔物退治の依頼を通じ、冒険者ギルドにお金が支払われる。それを冒険者たちに分配することで、生活に窮することは格段に減ったのだった。
国は領土拡大という恩恵を得たし、冒険者たちは必要な時だけ働いて、気ままな冒険を繰り返した。
「――と、いうわけなんだ。もっとも、冒険者の時代が訪れたのは、魔族たちが侵攻を止めて撤退したからなんだけどな」
真剣に語るアヴァンをじっと見つめ、七海が首を傾げた。
「そうなの?」
「そうさ。魔王軍との戦争はずっと劣勢で、とてもじゃないが領土の外に出る余裕なんてなかったらしい。それでも果敢に旅立つ者はいたそうだが、九割九分が帰らなかったって話だ」
「魔族がいなくなったから安全になって冒険者が増えたってこと?」
「ああ。と言っても、俺の生まれる前の話だから当時のことは全部聞いた話なんだけどな。それはともかく、やつらが北方の本拠地に引き返したからこそ、こうして冒険ができるようになったのは間違いない。こんな辺境の地なら、魔族も滅多にいないだろうからな」
「へえ、そんな恩恵があったんだね。知らなかった」
感慨深そうに七海が頷くと、アヴァンは得意げな顔となり、
「ああ、俺たちは感謝しなければならない。長期に渡る戦争、それも劣勢の中にありながら国を守り通した人たちにな。人間の底力に舌を巻いたからこそ、
七海は「そうね」と気のない返事を返し、話題を変えた。
「ところで、アヴァンは何でここにいるの? さっき言ってたよね、自分は護衛で来たんじゃないって」
ジャラッと金の腕輪を掲げ、アヴァンは得意げな顔のまま応じる。
「俺はA級の冒険者だからな。依頼に頼らなくてもやってける」
「なら、何で?」
「言っただろ? 冒険者ギルドは助け合うために設立されたって。開拓作業で一番危険なのは、ベースキャンプを張るまでだからな。その手伝いに来たって訳さ」
「へー、結構いいやつじゃん。私、アヴァンのこと好きかも」
七海は軽い感じで言ったようだが、それを受け取ったアヴァンはひどく動揺した。具体的にいえば、顔を真っ赤にして手をあたふたとバタつかせて。
「なっ、何を突然言い出すんだ! そういう台詞はもっと親密になってからだな……」
呆気に取られていた七海であったが、アヴァンの言いたいところを察したのか、その頬は少しだけ朱に染まり、
「何、勘違いしてるの! 人間として立派だなって意味だよ!」
と聞けば、アヴァンはがっくりと肩を落とし、
「あ、ああ……。そうだよな……」
と、うな垂れてしまう。
「むきゅう」
茹ダコのように真っ赤だった顔が、一瞬にして平静を通り越して青くなり、その変化が、ムー太は面白かった。なので、パチパチとボンボンを叩き合わせて賞賛した。
それを見て、アヴァンは尚更に肩を落とす。小さくなった背をバンと叩き、七海は朗らかに笑った。すでに、頬の赤みはない。
「アハハ、ムー太は馬鹿にしたんじゃなくて、アヴァンのリアクションが面白かったんだと思うよ」
「それはそれで、悲しいな……」
「でも、さっき言ったことは本当だよ。きっと、ムー太の件も考えがあるんでしょ? 私は信じることにするよ」
と、そこで。長話に耐えていたムー太の我慢が、限界に差し掛かった。湿った体をボンボンでぺちぺちと叩き、不満そうに何度も鳴き始めた。
「むきゅうむきゅうむきゅううう」
「わわっ、ムー太落ち着いて。アヴァン、焚き火とかないかな?」
「ああ、それなら――」
◇◇◇◇◇
二人が駆け込んだのは、大きなテントだった。
大人が五~六人、悠々と生活できるぐらいの大きさだ。
中央には暖炉があり、鉄製の柱が天井に繋がっている。外から見た煙の発生元は、暖炉の灯であったらしい。
下には硬めではあるが、薄い絨毯が敷かれていて、即席で作った割りになかなか居心地がよさそうだ。
早速、暖炉に火を灯すと室内が暖かい色に包まれた。
ムー太は喜び、七海の腕から飛び出すと暖炉の前で丸くなる。正面が乾いてくると、次にはコテンと横になり、違う面を乾かしにかかる。体の湿りがなくなるにつれて、ムー太はだんだんと元気になってくる。
「むきゅう」
横に腰を下ろした七海は、笑顔を向ける愛玩動物を優しく愛でる。
アヴァンは暖炉の火が安定したことを確認すると、すっくと立ち上がった。
「ここは俺のテントだから、自由に使ってくれて構わない。食事を貰ってくるから待っててくれ」
「うん、ありがと」
「むきゅう!」
ムー太はお腹がすいていたので、涎を垂らしながら待った。ものの数分でアヴァンは戻ってきて、その手には二つの深皿が握られている。
七海とムー太の前に皿を置きながら、アヴァンは訊いた。
「マフマフは肉、食べれるか?」
「うん、雑食だから大丈夫」
アヴァンはホッと胸を撫で下ろし、
「それはよかった。朝飯はこれしかないからな」
運ばれてきた食事は二つ。一つ足りないことに七海が気づいて、首を傾げる。
「……アヴァンの分は? もし無いなら、私はムー太と半分ずつ食べるから」
「いやいや、気にするな。えーと、俺はこれから報告に行くから……そう、いらないんだ」
そう言うと、慌てた様子で外に飛び出していった。
七海は苦笑して「ま、いっか」と呟くと、料理をムー太の口に運んだ。肉体労働者のためなのだろう、大きな肉がごろごろと入っていて、食べ応え抜群であった。
ムー太は食べ終わると満足して、転寝を始めた。
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